第四話 「ポーション」
「……どう落ち着けた?」
「う、うん。ありがとうルルディア……」
「………。それより、アデルがかなり酷い状態で。ポーションでもあれば……」
「ポーション……?」
「丸底ガラス容器のマークのあるお店に売ってるの……こういう形の」
そう言ってルルディアが地面に描いたのは、そこが丸い形のフラスコだ。
容態が三人の誰よりも酷いアデル。
ルルディアが回復魔法で処置しても、ずっと辛そうで居た堪れない。
「………私、買ってくるよ」
「え……あんなことがあったばかりなのに?……でも」
「私が行かなかったら、ルルディアが行くつもりでしょ?今だって………」
「…………」
伏せられた彼女の眼差しは、こちらを見ない。
そう、あれからずっと一度も目が合わない。
何があったかハッキリとわからないけど、私に魔法を施した彼女の手が震えていた。
そして明らかに私を恐ろしいと思っている。表情を見れば聞くまでもない。
でも、今はそんなこと重要じゃない。
「アデルを救いたい気持ちは、一緒だから」
「これ、ポーションが買える銀貨が入ってるから……」
「わかった。行ってくるね」
「………ア、リザっ。行っては……ダメだよ、危険すぎるっ」
アデルが無理に起きあがり、その白髪を揺らす。
黄金の瞳は、儚げに潤み端正な顔立ちを歪ませる少年の横顔。
「っはは、ぼく……は。
見ての通り……っ、大丈夫だよッ……!」
「神様。こういう時は、猫の手も借りないとだよ。あ、猫っていうかゴリラかも!」
アデルは、口を開けたまま驚いている。
しかしルルディアは、口元を歪ませて視線を逸らした。
「あはは、ここ笑うところ……。
っだってほら、二人をここまで運んできた怪力女だよー?柔なわけないし、そもそも簡単には死んでやらない。
それに、もう何もしないできないは、やめるってだけ!」
そう言って、踵を返す。
振り返らずに、月光が差し込む洞穴の外へ出た。
震える足を、踏み締めるように。
赤々しい暁が目に入った。
初めて不気味以外の感情を抱くーー、とても美しいなどと。
その後ろ姿を、とても冷めた目つきでルルディアは睨みつけていた。
* * * * *
不思議だ。
走って夜闇の森を駆け抜けているのに、先ほどまでの疲れはあまりない。
きっとルルディアの回復の賜物だろう。
本当に彼女様様だ。
「ハァっ………。ハァ、ハァ……」
駆け抜けた森の先に、街明かりが視野に入る。
(硫黄の匂いと、ぬるい感触に湯煙……温泉街だ!!)
しかし、ザッザッザッと重い足音が町をうろつく。
茂みから覗くと、多くの兵士が厳戒態勢で巡回していた。
(……温泉でくつろげそうな隙すらないよね。……って当たり前か)
街中にはざっと数十人の悪魔の兵士たちであふれていた。
(無理!むりむり!もーむり!どうやって、こんな中を潜り抜けるんだよ!!)
一人の悪魔兵が、こちらをじっと見つめる。
(や、やばい。気づかれた?お願い、あっちを向いて!シッシッ!)
バクバクバク
心臓が、喉元まで出てきそうだ。
「おい、なんか、足音が聞こえなかったか?」
「いーや、しなかったぜ?
っ何だよ、そんなにニンゲンの女を味わいたいのか!?」
「まあな。捕まえた者には指を片手分贈呈だとよ」
「いいねぇ!腕がなる」
体格が一番大きい闘牛のような悪魔兵が、ダラダラとよだれをこぼした。
地面は、それで水たまりができる程に。
必死に口元を覆って、抜き足差し足で影に身を潜めた。
どれくらい歩き回っただろうか。
体感は、一時間程度。
(立地が全然わからない。いや、まだ諦めちゃダメだ!隅々まで、探さないと!)
常に緊迫感に襲われる。
冷や汗が背中を伝う。
足音一つさせぬ、繊細な動き。
正直、諦めかけたその時だった。
(………!!これ!ここだ!)
ついにフラスコの看板を発見した。
すぐに辺りを警戒。
悪魔兵が背中を向けて歩き出す。
その瞬間を狙って静かに、薬屋の扉を開けた。
ろうそく一つが頼りの薄暗い店内。
薬品の独特な香りが、鼻を掠める。
出来るだけ、震えないように、堂々と。
さも、私は溶け込んでいて、ここの住人であるかのように。
「ポーションを、十本いただきたいです」
ローブを被って表情の見えない悪魔の店番。
「あぁ、銀貨十枚をいただくよ」
「……銀貨十枚」
「ところで君。ニンゲンがうろついていることは、知っているかな?
襲われたりしたら大変だ!気をつけたまえお嬢さん」
ビクッと思わず肩を揺らす。
麻袋に入れられたポーションを、店番から受け取り手を引こうとした時。
ガシッと手首が掴まれた。
「無防備だなぁ。ねえ?
”ニンゲン”のお嬢さん」
「………ッ!!!!?」
「気づいてないとでも思っていたんだね?
でも残念。他の下級悪魔たちを騙せても、僕のような上級悪魔までは騙せないのさ」
掴まれたままの腕を引こうとするが、
まるでびくともしない。
あぁ、どうかこれが夢であって欲しい。
なんて、思考が現実逃避したがってしまう。
(折角ポーションは、手に入れたのに!!)
「ぅっ、は!離せ!!」
「無理、離さない。あぁ、サイコーだよ!
もっともっと抵抗するんだ!!さぁ!もっと!」
短刀を引き抜いて、悪魔へ目掛ける。
しかし、可憐な身のこなしで避けられてしまう。
こんなことなら、もっとご飯食べとけばよかった。
「……あぁ、このローブは煩わしいね」
ローブを脱ぎ捨て、その全貌が明らかになる。
黒髪の左右に、上を向いた二本の太い角。
紫の瞳は、凛とした知的な眼差し。
スーツを着こなしたメガネ姿の、清楚な立ち居振る舞い。
「君がこの地獄で合間見える。
最初で最後の悪魔となる男さ」
腕を引き寄せられ、顔面が目と鼻の先。
圧倒的強者の宣戦布告は、背筋が凍った。
見下ろす視線は、獲物を捕らえた猛獣さながら。
骨が軋み、粉砕されそうな手首。
「……はっ………。はっ………」
呼吸の仕方さえ忘れて、吸ってるのか吐いてるのかさえ感覚が麻痺する。
心臓を握られたような、異常な動悸。
声から滲む、刺すような威圧。
「僕の名は、アスモデウス。この色欲の層の支配者さ」
震えた足では、退くことすら許されない。
私は、ついに一歩も動けなくなっていた。
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