第三話 「介入」
ルルディアとアデルの表情を見るまで、背後を取られている事にすら気づかなかった。
「オマエだな?ニンゲンの女ってのは……良い匂いがするナァ?
おっと、動くなよ」
「……!!」
「動けば、爪が間違ってオマエの喉元をカッ開くカモナ?」
まずい。
アデルもルルディアも押さえ付けられている。
これじゃ、どうすることも出来ない。
死ぬの?
いや考えろ。
でも私が持っているのは、短刀だけだ。
ッやるしかない!!
「ッあああぁぁ!!!あそこ!!!!」
いきなり大声を出して、空を指差す。
もちろん、何もない。
でも、コレで良い。
「ゔぉおおおおおお!!」
ガンッ
持っていた水筒を、悪魔の頭を目掛け思い切り振り翳す。
踵を返し、
短刀を鞘から抜き出す。
しかし、頭が真っ白になる。
どちらを先に助ければいいのか、わからなかったから。
アデル?
それとも、ルルディア?
走りながら、短刀を構える中。
この迷いが、私の足を引っ張る。
「ああああぁぁぁあ!!!」
拘束する悪魔目掛けて、振り回す。
意を決し、アデルの方へ。
「……ふん、ニンゲンは弱いナ」
まるで、当たらない。
それどころか、アデルを盾にされて無闇に刺せない。
「アリザ!!後ろだ!!!」
振り向く前に、首が捻り上げられる。
「ぐっ、あ!」
血がしたたる瞳と、かち合う。
「よくもまあ、頭かち割ってくれたナァ?
イテェ!イテェなぁ!!?」
首を絞める手に力が入る。
宙に浮いた足でもがくが、びくともしない。
首の皮膚と骨がぎちぎちと軋む。
力を振り絞って、何とか短刀を突き刺そうとするがもう片方の手に阻止された。
「……ガハッ!ぐぁ!!!」
刹那。
アデルの悲痛な声が森を轟く。
頭を踏みつけ、腹を蹴り上げる悪魔。
「ぐぁああああッ!!!!」
剣を抜き出し、少年の肩を貫いた。
「ッや、……めろ!!」
「誰に口聞いてんダ?オマエは、コッチだヨッ!!ふん!!」
「がはっ!!!」
めり込む、腹打ちが私を襲う。
「アリザ!アデル!!」
ルルディアも必死にもがいて抵抗するも、
地面に組み敷かれ動けない。
ふと、空気が変わったような気がした。
遠のく音と視界。
苦しみも、痛みもない。
誰もその変化を理解していない。
何かが、来る――。
「……ハっ」
「…………可哀想なアリザ。
また、何も救えないのね?」
辺りは暗い。
とても暗くて、何も見えない。
体の半分は、泥に浸かっている。
ここに、希望は感じない。
「………私に任せて?全て差し出すの。
全て委ねなさい」
声だけが、私を誘う。
有象無象が泥から手を伸ばし、私の体は奈落へ引きずり落ちた。
「グァァァァアア!!!!」
雄叫びが、響く。
森は騒然と化し、鳥や生き物が怯えながら去っていく。
まず、アリザの首を絞める悪魔が異変に気付いた。
先程、完全に意識が途絶えたはずだった。
息の根を止めたと、確信していたからだ。
なのにこの人間は、何の施しも必要とせず息を吹き返したのだ。
普通ではあり得ない。
「……っな、何が起きてやがル!
きもちわりい!」
「…………………」
――沈黙。
「はは、ハハハハハハハハ!!」
アリザの声に重なるように聞こえる。
もう一人の声。
そして、狂った微笑みは
悪魔の腕を簡単に捻り上げた。
真逆に変形。
バキバキと異様な音と、叫びがその悪魔を襲う悲惨さを物語る。
「………ぁあああああがぁぁあ!!!」
「次は……、お前だ」
「い、いつの間に!?」
アデルを殴る悪魔の背後には、アリザが居た。
「クソ!同じ手が通用するかよッ!!」
「アハ。少しは手応えありそうね」
剣を構える悪魔。
短刀を構えるアリザ。
目にも留まらぬ速さ。
一糸乱れぬ、手捌き。
ガギィン
宙を舞う剣。
武は、アリザにあった。
カツカツカツ……
ヒールの音がやけに耳に残る。
「はぁ、こんなものなのね。
つまらない!あぁ、つまらない!」
「オマエ、何モンだ?!
まるで動きも、人格も、何もかもが……変質しただと?ありえねぇ!あり得るわけがねぇ!」
ルルディアを取り押さえていた悪魔と、アリザは向かい合うように対峙した。
「……ねぇ、ここの支配者さんによろしくね?合間見えることを、心から愉しみにしているわ」
「何を言ってやがる!
あの方々は、最強の御仁だぞ!!オマエのような奴に務まる相手ではないわ!!」
「……は?居ない?!!だと?!!
クソ!!!!!どこ行きやがった!他の二人もいねぇじゃねぇか!!覚えていろ!!ニンゲン!!!」
躍起に熱く語る悪魔を尻目に、アリザは二人を抱えて森の中を駆ける。
そこに会話はない。
アデルは、酷く暴行されたことで気を失っていた。
ルルディアは無傷ながらも、心に傷を負っているようだった。
無理もない。
いずれ訪れるかもしれないと、わかってはいてもやはり恐怖が勝つからだ。
「……ハっ、ハッ、ハッ!」
とにかく遠くへ走る。
どこへ向かえばいいかもわからない。
気づけば、辺りは暗い。
森の最奥。
その突き当たり。
「……はぁ、はぁ!はぁはあ!ここならっ、隠れ……られそう?」
岩肌が剥き出しになった洞穴へ、感覚がほとんどない足を何とか動かす。
そして、ようやく二人をそっと下ろした。
バタン
横たわるように私は倒れた。
もう足に力が入らない。
覚えているのは、悪魔に首を絞められた後……そうだ。
何か、声が聞こえた。
そこからの記憶が朧げで気付いたら、二人を抱えて走っていたのだ。
どこに、二人を抱えられる力があったのかも。
どうやってあの場を切り抜けたのかもわからない。
次の瞬間――。
緊張の糸が解けて、安堵と引き換えに吐き気と動悸、めまいが襲いかかる。
「ぅううおぉえええ」
苦しい。
辛い。
怖い。
耐えられずに吐き出す。
心臓が痛んで、早鐘を打つ。
頭が割れそうな痛みと歪む視界。
悶える中。
耐えられずに、短刀を自らの足を刺して
楽になろうとする。
唇を噛み締めて、血の味がした。
「フーーッ、フーーッ!!
フーーーーッ!!!!!」
目をつぶり、思い切り振り上げる。
しかし、痛みはやってこない。
「……やめてっ、アリザ。
自分をっ!傷つけるようなこと!二度としないで!!こんな事のために、アデルはあなたに武器を授けたわけじゃない!!」
ルルディアに手首を掴まれ、短刀がこぼれ落ちる。
彼女の言葉にハッとする。
「………はっ、はっ、はっ………?わたし……あ、ご、ごめん。ごめんっ、ごめんな、さい」
「っ怒りたかったんじゃないの。まだ私も、この状況に混乱していて。
………苦しい、のよね?少しなら、楽にしてあげられるかもしれない」
そう言ってルルディアは、私の体に手をかざす。
暖かな青い光が彼女の手を覆うように、輝きだす。
それと同時に、何だか少しだけ苦しさが和らいでいくような気がした。
ご覧いただきありがとうございました!
もしよければ、感想などいただけたら励みになります。




