第十四話 「ほころび」
本来敵対しうる神と悪魔が、同じテーブルを囲むなど前代未聞だろう。
それこそ天と地がひっくり返っても、起こるはずがない異様な光景がここでは繰り広げられている。
「余は、アリザに倒された。
しかし殺すのではなく、味方に引き入れるという愚かしくも共存の道を選び抜いたのだ!そう、まさしくロミオとジュリエットではないか!!」
「どこにその要素あった?!!」
目をキラキラさせて主張しているのは、ツインテが愛らしいゴスロリ少女。
こう見えても、私を魔法でコントロールしてきたやばい悪魔だ。
「なんせ、余の大技を覆してみせただけでなく、運命の糸で縛り付けてみせたのだからな。きゃー!!思い出すだけで、キュン死にするではないか!」
「誤解だよ。これは運命の糸じゃなくてたぶん契約の糸だから!!」
「同じである!!!!!!(異論は認めん)」
腕に絡みついたこの悪魔を、どうにか引き剥がそうとする。
しかしテコでも動かない。
華奢な体のどこにそんな力があるんだ。
「いいからとりあえず離れてよッ!!」
柔なものが当たる感触。
何がとは言わないけど気が散るから、本当に離れて欲しい。
「アリザがそう言うのであれば、し、仕方あるまい……」
しょんぼりする姿に、なんだか胸が痛む。
いや、これが悪魔の手口なのだろう。
惑わされては、ダメだ。
強欲の支配者の座は、私なのだから。
「え、ええと!気を取り直して、皆さんご、ご機嫌麗しゅう……」
「そんなに緊張しなくていいんだよ?」
「そ、そうだよね……神様もこう言っているので、気楽にや、やります!!」
燭台が並ぶ大人数向けの真っ白なダイニングテーブルを囲むように、生存者と上級悪魔が揃った。
自分がまとめる役だなんて、生きててこのかた無縁だと思っていた。
なんせ、苦手とする役割だからだ。
今だって手と顔の筋肉が震えている。
どこを見たらいいか見当もつかない。
人、悪魔、神様からも、全ての視線が私へ注がれる。
期待と不平不満が入り乱れた混沌な眼差し。
それらは、言葉を交わす前に空気を勝手に重くさせた。
「まず、ここでみんなに知っておいて欲しいことがある」
意を決して、取り出したのは藍ノ助だ。
鞘から抜き出た刀身から藍の光の糸が、マモンとアスモデウスの体へと確かに線が通う。
アスモデウスは、首のチョーカー。
マモンは、左胸に繋がっている。
「これはたぶん、私と悪魔二人との契約の証」
「確かに糸から魔力を感じる。
そもそも君の力は自覚症状がないと発現すらしないのか?」
アデルが糸の魔力を興味津々につついたり、指先で弾いたりして触れている。
「な、なんかくすぐったいからそれやめて!!」
「つい、ごめんよ!可視化された魔力の糸って珍しくってね」
触れた指を離しながら、にっこりと屈託ない微笑み……そのはずなのに。
こちらを覗く瞳の奥は、深淵の底のようで体の芯が震える。
――違和感が、拭えない。
「つまりアリザは、この二人が悪さをしないんじゃないかと思うんだよね?」
バンッ!!!
ルルディアの震えた拳を受け止めたテーブルには、削れた跡がくっきりと残っていた。
「アデル正気?!
人類を蹂躙したような奴らなんだよ!」
沈黙を貫いてきたルルディアが、その怒りを発した。
アスモデウスもマモンも、否定はしない。
私ももちろん。
誰もがそれを、理解している。
「許せないのも、当たり前だよね。それに反省させるだけじゃどうしようもない……」
煮え切らないこの気持ちに、簡単に終止符が打てず堂々巡りの思考。
けれど、神は私を肯定するのだ。
「利用出来るものは、使うべきだよ」
少年の純粋さは消え、無慈悲に決断を下す裁定者のように。
初めて見せた、神としての威厳に背筋が凍る。
「勘違いするなよ。余はあくまでもアリザに味方するのだ。神なんぞ、一番信用ならんからな」
「うん。僕も全てを理解し合えるとは思っていないさ」
私に張り付いたままのマモンは、人畜無害なフリをしているかもしれない。
でも、それでもいい。
私の大切な仲間を殺めようというのなら、真っ先にコイツらを殺す。
それこそエバにどんな代償を払ってでも、私はそうするだろう。
「そういえば、マモンは元々私たちと協力しようとしていたけど、それはなんでなの?」
マモンの表情と声音が、まるで一変した。
「……余は、エルブラッドを殺したいのだ。
地獄の絶対的な王。
あやつは、悪魔とは違う」
「悪魔とは違う?どういう意味……」
「今それは関係ないわ!!
それよりも、マモンの処遇は……!!!」
「追放も処刑もしないよ。
もちろん、許すつもりもない」
「僕もそれに賛成。契約を通しているなら悪魔は、協力者になり得ると思う」
パンパンに張り詰めた風船のようなルルディアの感情。
一つでも何かが触れてしまえば、今にも弾けてしまいそうで落ち着けない。
思わず早鐘を打つ心音に、耳を塞ぎたくなる。
大事なものが、壊れてしまいそうだ。
この決断が正しいか否かわからない恐怖に息が詰まる中。
それでも、私は選ばなければならない。
「……それが余計なことだと、何故わからないの?」
「……?」
「……少し外の空気を吸ってくるわ」
「待って、ルルディア!!」
「今は、そっとしておこう」
「……でも」
「仲間割れでお開きですか?
そんなご主人様へ、一つ提案が!
今すぐマモンに契約の行使を試すなんていかがだろう?彼女の気も少しは晴れるのでは?」
「う、うん……」
ルルディアを止めようとして伸ばした行き場のない手は、虚しくも胸の前で握りしめるしかなかった。
仲間同士でのいざこざの収め方なんて知らない。
こんな時、どうしてあげたら良いのか。
何が最善なのか。
どうして、そんなことすら分かってあげられないんだろう。
* * * * * * * * * * *
木々が優しく風に揺られ、鳥の囀りだけが静けさを賑やかす。
誰も居ない昼下がりの庭園。
「……なんで、マモンへ罰をくださないのよ」
兜を外し、それを怒り任せに投げつける。
初めて露わになった彼女の素性は、何から何までアリザと酷似していた。
違いは髪の長さのみで、ルルディアはショートカットヘアの隙間からその藍の瞳を曇らす。
「アリザばかり特別扱い……。
兄さんは、いつになったら思い出してくれるのよ!!
……本当に、私が模倣品だって言うの?」
冷たい地べたに、ただ力無く落ちた。
独りよがりの独白は、誰にも届くことはないとわかっている。
けれど、今にも沸騰点に達しそうな感情を飲み込んでおけるほど、静穏を保てる余裕もなかった。
それにまるで呼応するように陽が陰り始めた。
色鮮やかな花々、茂る草木が萎れるように頭が垂れるように力尽きていく。
大きく伸びた彼女の影が、うねる波のように芝生に揺らめく――。
「いや、君が素であるのは間違いない。
……ただ神の方が完璧だっただけのこと」
ハッと、視線を向けるとそこには仮面に黒ローブ姿の二人がルルディアの影から這い出るように現れていた。
「……ッい!!!」
影はそのままロープのように、彼女の足から胴体までをキツく締め上げて自由を奪った。
「吾輩の錬金術は、君を傷つけるためにあらず……少しだけ大人しくしていたまえ。じきに解放する」
穏やかに諭すのは、左右が白と黒に分たれ、黄金の目が散りばめられた仮面の男。
彼はローブを頭深く被り、髪色すら見えない。
身長は、三人の中で丁度中間くらいの大きさ。
「全く甘ちゃんですねぇ!
ワタクシどもが、わざわざ足を運ばざるを得なくなったのは……彼女のせいだと言うのにぃ!」
皮肉に語るは、ピエロの仮面に、赤色のボサついた長髪。
一番長身で細身。
しかしその佇まいに、気品を感じさせた。
「仕方あるまい。文句を言うのなら、吾輩一人で十分である」
「えぇ?つれないですねぇ!エバの器に接触を試みたいと貴方言ってましたよねぇ?目前の淑女を差し置いて、浮気ですかぁ?」
ピエロの仮面の男が、大袈裟に肩をすぼめて見せる。
吐き捨てるようにルルディアは睨みつけた。
「貴方たち、何しに来たの。
アリザのことは、私に任せる手筈よね?」
「ソレハ、こうするためですよぉ?」
「使い魔ッ?!離して!!離しなさい!!」
揺らめく影の中へ、二匹のピエロはルルディアを引き摺り込むように消えていく。
「お役御免ですねぇ〜彼女。
まだ利用価値はありますがぁ!」
「……あまり、手荒な真似はしないでくれたまえ」
「おー怖ァ!善処はしますよぉ、たぶんねぇ!」
くるっと踵を返し、軽快で大股なスキップで建物の影へと差し掛かる。
「さてはてぇ……、ショータイムといたしまショーか?」
仮面に手を重ね、そこが歪むように形状を変えていく。
顔を覆った手の中から現れたのは、ルルディアと全く同じ顔面。
背丈は縮み、体格さえ彼女と全く瓜二つ。
「ンヒィ、ギヒヒヒィ……」
嗤い声は、心臓を逆撫でする道化の戯言。
暗く重く空気が澱み、晴々とした晴天から一変。
陽はかげり、どんよりとした黒雲が今にも雨をもたらそうとしていた。
ご覧いただき誠にありがとうございました。
更新日程を決めた瞬間に、出来ないという失態をかましました。
……申し訳ありませんでした。
とりあえず、この調子で進めてまいりますのでよろしくお願いいたします。
楽しんでいただけたら、幸いです!!




