第十三話 「打開の一縷」
生きることを剥奪された人類。
彼女たちは、この地獄に抗う他ない。
そうでなければ、人類は一方的に淘汰され尽くす。
--滅びは序に過ぎず、諦めこそ本物の絶望なのだと。
宝石の装飾が眩しい一室。
その中心で、アリザは瞼をゆっくりと開いた。
右眼に眼帯、腹には包帯。
常人であれば、死に直結してもおかしくない。
「き〜ら、き〜ら〜……」
室内に響く、優艶な子守唄。
満点の星々がせせらぐ天の川を、彷彿とさせる。
それが聞こえるのは、ベッドの端。
そこに、誰かが居た。
ぼやけた視界。
アリザは、ぼーっと見つめていた。
(ん……、なんか居たような)
でもそれは、瞬き一つすると消えていた。
静まりきった部屋の中に、こぼれる陽だまりが肌を優しく温める。
白昼夢でも観ているのかと、アリザは錯覚してしまう。
「………ッいででで」
代償として失った右眼も、刺し傷も、痛みと共に底からこみ上がる熱は、紛れもなくホンモノだ。
(これが夢なら、醒めないでくれ……)
そんな事を思いながら、まだ重たい瞼を閉じる。
「アリザ……アリザ、起きなさい」
現実に呼び戻そうとするその声を無視する。
とても小さな反抗だ。
「いつまで寝てるの?遅刻するわよ、お寝ぼけさん」
既に頭も目も冴えているが、反抗を続けた。
これは、あれだな。
イマジナリー母が、ついに現れるようになったか。
よし疲れてるな、もう少し寝よう。
「ワタシは、お母さんではないわよ。
アナタ自身だもの」
これは困った。
脳内を読むタイプか!
というか、こんなママ味の強い知り合いは、知りません!
え?私?自身?
「ワタシはエバよ」
「んな、アホな……」
「ようやく、こちらを見たわね」
のっぺりな動作で、滑らかな肌触りの薄い布団の上を跨るもう一人。
隔たり一枚を通して、エバの重さがのしかかる。
「な、にして!!」
「アナタが起きないからでしょう?」
エバの白い肌には、包帯が対になるように巻かれている。
それ以外彼女が纏うものは、何もない。
細い指が頬を優しく触れる癖に、少し爪を食い込ませて引っ掻く仕草。
強い刺激でも痛みもない。
むしろ、ゆったりと落ち着きのある動作だ。
「……く、っぁ」
それにも関わらず、ビクッと体が跳ねてしまう。
艶やかに滑りゆく指先は、首から胸。
そして、腹に差し掛かった。
まずいと思った時には、遅かった--。
「ウフフ、痛かったわ。
よくも、ワタシに傷をつけたわね」
ジクジクと裂け目を掻き回され、熱がせり上り電撃が走る。
エバの爪が、そこを抉っていた。
「ッぁぁあああああ!!!!!」
「はぁ……惚れ惚れするほど良い残響ね。
このまま、口付けして。求めあえたら素敵だと思わない?」
キッと睨む。
歯を食いしばり、手はシーツを握りしめた。
「アハハハハハ。
でもアナタの代償のお陰で、こうして視覚を手に入れたわ。
これからもっと、もーっと楽しくなりそうね?」
「ッくそ趣味悪いな!!
楽しいのは、エバだけだよ」
「……楽しい訳では、ないのだけど」
「……ッえ?」
パッと、姿を消した。
部屋を見渡しても、目を擦っても、
もう彼女は見えない。
「何なんだ、あの神出鬼没なドSオカン系女子は。
嬉しくない属性なんて盛らないでよ。
たく、気まぐれにもほどがある……イテテッ!!!」
コンコン
ようやく休める安心感をかき消す、突然の音。
またもやビクッと身体が震えた。
「アリザ、起きたかな?」
「う、うん!!」
「開けるね」
部屋に入ってきたのは
アデルと、リティアの二人だった。
「……よ、よかったぁ。
ちゃんと、ホンモノの二人だ!!」
安堵に、肩の力が抜けていく。
「アリザお姉さん、傷の痛みは大丈夫……?
さっき、痛そうな声が聞こえて。
心配で……」
大きく目を見開いた。
何度も何度もまた目を擦って、これが現実であることを確認する。
なんなら、頬まで引っ叩く。
めっちゃヒリヒリ痛い。
つまりこれは現実だ。
夢じゃない。
生きていたんだ。
今にも泣き出しそうなリティアが、扉の向こうに立っていた。
「……ッ!!!」
思わず、ベッドから飛び起きて抱きしめた。
痛みなんて、吹き飛んだみたいに。
「……よかった、よかったッ!!
生きててくれて、本当に……」
「えへへ、アリザお姉さんのお陰です。
だって、あの時あの場所で唯一、諦めてなかったあの瞳は。私に戦う勇気をくれました」
春の調べで心が温かく満ちていく。
小さな蝋燭の灯りが、胸の中でそっと照らし出し、優しく耳を撫でる。
「まだ、休ませてあげたいけど……アリザ一緒に来て欲しい。僕らにとっての兆しが見えたんだ!」
「それはもちろん!山々だけど……そのー。
突然起き上がったからか、足が痺れちゃって……」
「それなら、僕らの肩にもたれかかるといいよ!」
「そうです!頼ってね、お姉さん」
「……う、うん!!ごめんだけどありがとう」
嫌な顔一つしない二人の優しさに心も体も支えられたまま、広々とした廊下を出た。
ひんやりと白い大理石の壁が、前も後ろもずっと続いている。
足元には、ゴミはおろか塵芥一つない赤い絨毯が敷き詰められ、
備え付けられた時計や照明というごく一般的なインテリアにさえ、際立つ黄金の装飾が散見できる。
こんな「自分大富豪です」と言わんばかりの悪趣味さは、たった一人しか思い当たらない。
でもあえて名前は伏せておこう。
名前を呼んではいけない人。
あれは、そう呼ぼう!
そうこれは、あえて生存しているか否か聞かない手法で、心の安定を計る作戦。
というか、今は聞きたくない。
思い出すだけで、吐きそうだから。
「ちなみにここは、マモンの根城だよ」
「今その名前は死語だよッ!!」
「えっ!?死?え?!!僕なんかやっちゃったかい!?」
「うぷ………い、いや、大丈夫こっちの話」
思い出せば、ゾッとして首につけられた枷の感触が蘇る。
もう二度とあんな体験は、ごめんだ。
「え、でも震えてるよ?」
「はは、心のトラウマは消えないってことだよ。……ところでアデルは、あの後大丈夫だったの?」
「あぁ!!見ての通り、万全だよ!
苦労をかけてしまってばかりで、不甲斐ない。頼りにならない僕を、救ってくれてありがとうアリザ」
ぽかぽかで、ふにゃっとした微笑みと少年の無邪気さ。
威厳も風格もあるわけではないのに、側にいるだけでホッと安心する。
「ふふ、よかった。
でももう無茶しないでね神様」
「アデル様に代わりは居ませんもんね」
リティアが、ぴしゃりと事実を述べればアデルは肩身が狭そうに萎縮する。
確かに、これは誰も言い返せない。
「でもリティアもアデルのこと言えないよ?」
「……うっ」
「もう無理は禁物!リティアにだって代わりは居ないんだから、わかったね?」
『……はぁい』
少年少女の素直さと純真さが、たまらなく愛おしく感じた。
だだっ広い廊下の端に辿り着けば、これまた長蛇な螺旋階段まで現れてさらに気が遠のく。
「ね、ねえこれ降りるの?こんなほぼ九十度な角度の階段、まさか降りないよね?先見えないし……不安じゃない?」
「任せてアリザお姉さん!」
「任せてよ!アリザ!」
何故か意気揚々に私を担ぎ上げる二人。
「え」
『せぇーーのっ!』
長い髪が後ろへなびくほどの風を切って、下へ向かって落ちている。
アデルとリティアの靴裏には、魔法の光で、
何かコーティング加工が施されているように見える。
これが猛スピードで降下している原因か!!
何段も飛ばし、アスレチックさながらの勢いで降りる若者たちに、まるでついていけない。
アリザの足元は、実質宙を浮いており、犬かきならぬ人かきしながら無意味に動かすしかない。
担いでいる二人は、そんなことお構いなし。
「ええええええええええあああああああ!!!?」
「アリザ安心して、怪我することはないし
これが一番早く降りる方法なんだ!少しだけ耐えて」
「そういうことは先に言えええええ!!!!!!!」
階段を降り切った頃には、目が回って視界が定らない。
それどころか立つことさえままならない。
お星様が、見えるぞ……!
もはや、こんなの罰ゲームだろ……気持ち悪い。
なんとか、喉元から迫り上がる異物を気合いで引っ込めたは良い。
子供というのは、無邪気だけど時に勇敢で恐ろしい存在なのだと思い知ったのであった。
無事?階段を降りた先には、広い部屋が何やら賑わいで漏れている。
ひりついた空気はなく、ここに流れる穏やかな時間は、久方ぶりの安穏を取り戻したようだ。
天井に立てかけられた黄色の大きな結晶石が、淡い光で部屋を照らす。
「ご主人様!目が覚めたんだね?」
変装から、メガネにスーツ姿に戻ったアスモデウス。
彼の周りには、兵士の悪魔たちが一瞬躊躇いながらもすぐに礼儀正しくこちらに敬礼してみせた。
「あ、アリザ様!!
この度のご無礼、お許しいただけるとは思いません」
「………ッ?!!!」
この場に居る数十の兵士たちが皆、同じように跪き、首を垂れる。
「ですが、新たな強欲の支配者であるアリザ様に、この忠誠を誓うことをお約束いたします」
「……へ、あ、ん?」
金魚が餌を求めるように、口をぱくぱくするしか今の私は能がない。
落ち着け。
誰か、頼む。
ちゃんと説明してくれ。
「……ええと、そこの悪魔、さん?
私が何だって?」
「は、はい!ですから、忠誠を……」
「それより前のところ」
「あ、新たな強欲の支配者アリザ様……」
「ストップ!!何で私が支配者なの!!?
いつ、どこで、地球が何回廻ってそうなんの!!」
「は、はぁ。そう言われましても〜」
「つまりこうか!!
元支配者のゴスロリ娘は、私が!!倒した!!?
そうだな!?」
(一応、昨日まで敵同士だったんだぞ!
コノ、空気読めんのかニンゲンめ!!)
何故顔を引き攣って、陰険なんだこの悪魔兵。
と、周りを見てもみんな揃いも揃って私から距離を置く。
「え、私支配者なんだよね?!!!
事実確認って大事だよ!!?」
「ご主人様。わからぬようだから僕が教えてあげると、ほら言い方ってものがあるだろう?
そこらへんは、てんで頭硬いんだね」
「……そ、そうか。それはごめん」
「それに、マモンはまだ生きているよ?」
「へ?」
「あれ、聞かされていたと思っていたけど。
君の主人は、そんなことも教えてくれないのか?」
「……余を、呼んだな」
振り向けば、名前を呼ぶのが渋まれるあの人が、背後で仁王立ち。
アリザよりも包帯だらけのその体で、一直線に目指した先は--。
「そりゃやっぱ私に、文句言いに来るよな!!
起きて早々トラウマの再来は、ご勘弁ぁぁあああああ!!!」
穏やかな時間は、終わりを告げる。
アデルと、リティアを守るように前へ出たはいいものの。
腕を振って、全速力で走るマモン。
怪我酷いくせに何故走れるんだ。
ああちくしょう、悪魔は、治りも早いのか。
「え、何で止まんないんだよ!?やっぱりお馬鹿だ、この子!!」
ぶつかる……!!!
「……ッて、あれ痛くない?」
むしろ暖かいし、柔らかい。
マモンの体の体温が感じるほど、強く抱きつかれていた。
「ヒッ!!何考えて!!
は、離れろ!!まさかまた、魔法で」
「……がう」
「……?」
「ッ違うのだ。余はアリザがだぁいすきだから、もうあんな酷いこと絶対にしないと誓う!!」
「信じるわけないでしょーが。
ねぇ、いい加減誰か説明しろください……」
今のマモンに効果音をつけるなら、
キュインキュインという小動物が発しそうな甘い声と同等かもしれない。
けれど、忘れてはならない。
この強欲は瞳こそ清廉潔白ではあるが、リティアを殺そうとした。
許さない。許せるわけない。
底知れぬ恐怖を目の前にして震えながらも、
決して目は逸さなかった。
それが、支配者として最初の決意となるだなんて知りもせずに。
ご覧いただき、誠にありがとうございます!
いやあ、ようやくまともなところでアリザ少し休めたかな?休めていたらいいな。エバは、致し方なし……。 通常運転です笑(笑い事ではない)
そして今回、日常パートが盛り盛りだったかな……?と一抹の不安がありますが、いかがだったでしょうか?汗
また来よ!と思ってもらえたら、そんな嬉しいことはありません。
また、お気軽にお越しくださいませ。




