第十二話 「逆転協奏劇」
握り潰した枷は粉々になり、その残滓は淡い桃色の光を失いながら消滅する。
「………」
悪魔たちが、血肉を貪ろうとまとわりつく中。
アリザは、マモンに身体が干渉されようとも決して藍ノ助を手放さなかった。
ゆっくりと、その短刀を目前で構え
--呟いた。
「白刃石火」
瞬間。
藍色の閃光が走る。
邪魔する悪魔の群れの中心で、
アリザの右眼は――紅焔のように赤々と燃え上がった。
熱と痛みにより、目から血が滴る。
代償は大きい。
しかしアリザの攻撃が、悪魔たちに致命傷を与えていた。
「何が、起きておるのだ!!
何故アリザを縛り付けた余の魔法がッ!!
枷が、解かれたのだッ!!」
マモンは力任せに剣を振り上げ、弱々しく震えた少女の首を目掛けた。
「リティアッ!!!!!」
(私じゃ、この距離からは間に合わないッ!!!)
「死ね。忌まわし血統のニンゲンよ」
(いや、まだだ!!!
まだ諦めない!!!!)
「アスモデウス!!触手だッ!!!」
「フフ。ご主人様の命令なら動かない訳にはいかないね」
「……なにッ」
マモンが振り向くよりも早く、
紫のオーラが無数の触手となり、マモンを捻りあげた。
そしてそのまま、投げ飛ばす。
ドゴォオン
一階から二階席上を巻き込みながら壁を突き破るように損壊し、砂埃が舞う。
逃げ惑う悪魔も居た。
しかし、大半はアリザたちへその殺意をむき出しにする。
「少し気持ちがスッキリしたよ。
あぁでも、強欲の悪魔たちは、そう簡単に逃がしてはくれなさそうだ」
「……ねえ、アスモデウス。
もしも、マモンを倒したらこの強欲は私のモノになる?」
「まあお察しの通りだね。というか、その眼……いや今はいいか。その算段があるのかい?」
「いいや、ない!!でもやるしかない。
アスモ、アデルと二人を頼んだ。
あと、出来れば悪魔たちも惹きつけて!!
私はマモンを倒す!!」
「やれやれ。人遣い荒いね」
最低限の触手を使い、可憐に浮き上がったアスモデウス。
紫のオーラが、彼の背中で大きく膨れ上がる。
「この拳、君たちはどこまで耐えられるか。
我慢比べだ」
前方に、アデルたちを拘束する悪魔。
後方は、アリザの行手を阻む悪魔。
一斉に無数の拳が放たれた。
「グァアッ!!」
「クソ!!マモン様を助けられねぇ!!」
「増援を呼べ!!」
「まずいぞ!!目が燃えるニンゲンの女が、マモン様の元に!!全力で阻止しろ!!」
ヒュンヒュンヒュン
光の弓矢が次々とアリザに向かおうとする悪魔へ目掛けて射出される。
「良き悪魔。君の拳のお陰で僕も、少しは動けるよ!!ありがとう……ルルディア?」
「……………」
「ルルディア、しっかりするんだ!!
とにかく、リティアを守れ!!」
「……………」
「大丈夫だよ。
藍の髪のお姉さんたちが、守ってくれるもんね。私も逃げない!」
俯くルルディアを、鼓舞するようにリティアは落ちた剣を手に握る。
その眼差しは、覚悟を決めた戦乙女のようだった。
みんなのお陰で、アリザの活路が開かれた。
場外にまで飛ばされたマモンが、崩れ落ちた瓦礫を押し破るように顔を出す。
「ガハッ!ゴホッ………。
ハァ、ハァ………。余が、こんな、押されるなど!!!あり得ない」
独り言のように呟く彼女の威勢は、剥がれ落ちた。
しかし口から血反吐を溢しながらも、それでも立ち上がろうと粘る。
その間合いを、少しずつ詰めながら刀の切先を向けた。
「マモン覚悟!!!」
「ぐッ!!!まだだ。ハハッ……ニンゲンごときにここまで押されるなど、想定してはおらんかったがな……。
……奥の手は、取っておくものだな」
「………ッ!」
「魔法が効かぬならば、世界の禁忌にすら手を出そう。そうこの鍵を触媒にして……屈服しろアリザ」
取り出された強欲の鍵が、業火を放ち、あっという間に灰となる。
そこから湧き上がる膨大な黒き霧が、マモンと私を覆い尽くす。
ヒリヒリと焼けるような感覚。
灰燼を吸い込めば、肺を潰されたような激しい痛みが襲う。
「屈服しろ。
余と共に、この地獄を掌握しようではないか」
呼吸すらままならない。
マモンの鎖が体に這い上がり、がんじがらめで、逃げられない。
「………………」
しかし私はそれから逃げない。
滑らかに、清らかにその瞼を閉じ、刀を構えた。
静かな夜の湖畔に、ゆらりと、足取り軽やかに降り立つように。
水面は、たちまち無音で広がりを見せた。
私は、アスモデウスとの、対峙の時を思い起こす。
広がりの、その先。
黒霧と荒ぶ灰の中から、大きな桃色のオーラを感知。
どこを断ち切るべきか、その道筋を捉えた。
屈服させようと迫る干渉魔法を、反転させるべく。
膨大なこの霧を、切り裂く。
一刀両断ーー。
「逆転協奏劇」
真っ二つに割れた黒霧。
その魔力の糸は、マモンに向かって繋がっている。
その糸の繊維を辿り、熱く焼き尽くすように桃を藍の炎で転覆させていく。
視界が眩み、立ってはいられない。
「くッ余の、全力を……!
支配者の権限を、投げ打ち織りなす魔法を。覆されている……のか」
その異様な圧迫感に、血管も心臓も腫れ上がり、アリザに侵食されていく。
勝利を確信した原罪。
エバが、せせら笑う声が辺りをこだまする。
【まさか、ワタシの真似事をするだなんて。
なんたる、愚かさ……ウフフアハハハハハハ】
会場を包んだ藍の発光。
それが収束し、沈黙が流れた。
アリザの目の前には、倒れ伏したマモン。
この状況に、悪魔たちも戦意を喪失したように、膝から崩れ落ちた。
マモンに勝った。
そう確信した瞬間。
燃える右眼の奥から、突き刺すような痛みが走る。
光すら見るに耐えない。
遠ざかる音。
ぼやける視界が、やがて途絶えた。
ご覧いただき誠にありがとうございます!!
一章、半分まできました!!
自分の見せたい世界を、少し少しずつ磨きながらお見せすることができ光栄です。
また、お越しいただけたら、幸いです!




