第十話 「罪/罰」
夜の帷を突き刺す、舞台照明の閃光。
それが照射せしは、艶やかに輝くガーネットのごとく真紅の垂幕が開いた。
「皆様お待たせ致しました!
今宵もマモン様主催のオークションへお集まりいただき、誠にありがとうございマス!
さあ、お待ちかねの本日の品々は、以下の三点デス!」
「左かラ。
一つ目、生首に王冠。
二つ目、天使の心臓。
三つ目、生きているニンゲン。
それでは、順を追って入札スタートデス!!」
壇上には、司会のカエル頭に人の姿の悪魔。
品々がディスプレイケースに入って、バニーガールの悪魔たちが次々に運ぶ。
そんな中、一つだけ檻に囚われた少女へ、これみよがしにライトが当てられる。
両手足には逃げられぬように枷がつけられており、顔は真っ青で震えていた。
壇上を中心に、席上で取り囲むような円形の会場。
天井の高さに及ぶ六階席から私たちが座る一階まで、辺りは悪魔で埋め尽くされる。
誰も彼もが、釘付けになるのは、檻の中の少女。
声を必死に抑えながら、酷く腫れた瞼の奥の瞳と、目が合った気がした。
(怖い……よね、でも待ってて。必ず私が助けるからね)
隣の悪魔たちが囁く。
「やはり、今回の獲物はあのニンゲンに決まりだな」
「ええ。こんな上質なニンゲン、中々お目にかかれないものねぇ」
段取りよく進んでいく競り合い。
罵倒が飛び交い、口の端から溢れる唾液と血走る眼。
悪魔たちの強欲さに、冷や汗が止まらない。
まるで、皮膚を裂かれて全てもぎ取られそうな勢いに肺が握られたようだ。
「………っふ、ふう。
吸って………吐いて。吸ってー吐いて……、ふう」
深呼吸と自己暗示で、何とか自分を落ち着かせる。
「ごしゅじっ……ゴホン。ねえアリザ。
まさか、この血気盛んな方々を前に、暴れるなんて事はないね?」
アスモデウスが猫をかぶったまま、私に視線を向けた。
「うん、それでも……、もしもの時は」
(もしもの時は、ここに居る全員を敵に回してでも、あの子を奪い返す)
アスモデウスの目を、しっかり見つめた。
ため息をこぼす端麗な淑女さながら、私に限界まで近寄る上級悪魔。
「僕も君と暴れたい。
その時は、マモンを引き摺り下ろそう」
(わざわざ近寄らんで、ええのよ……!)
ちゃっかりウィンクまでしてきて、この悪魔は私で遊んでいるのだ。
けれどそのお陰か、少しだけ緊張が和らぎ酷かった手汗も引いていた。
「それでハ、本日目玉の品!
生きているニンゲン!こちら開始額は、五万ヘルからとなります!
入札スタートデス!!」
私たちがマモンから渡された金額は、九十万ヘル。
ヘルは、この世界の専用通貨だとアスモデウスが教えてくれた。
つまり、この金額に収まれば私たちの勝ちだ。
もちろん挙手をする。
「おおおお!かなりの入札数でございまスネェ〜!!」
この会場の半分を占める悪魔たちが鼻息を荒くしながら、手を上げていた。
「四十万!!」
「おおっと!ここで八倍の入札がありましたー!お目が高い!」
「これでどうダァ!!七十!!」
熱気に包まれて、我先にと食らいつく。
しかし、譲らないという確固たる信念と欲望をはらんだ一人の悪魔が、渋々その手を上げた。
「ぬああああ!これでどうだ!!八十!!!」
「ここにきて、さらなる高額の入札だぁぁア!!これぞオークションの醍醐味ィ!」
そこに沈黙を貫いていたアスモデウスが、その手を挙げ可憐に言い放った。
「九十」
喧騒が止み、皆一様に押し黙る。
彼が提示した金額に驚いたのではない。
相手の悪魔は、有名な富豪。
先ほどの品を両方ともに落札していたし、その合計金額は、数千を超えた。
それが足枷となって手持ちの不足、強欲さゆえの失態を招いたのだ。
「………きゅ、九十万!!!でまシタ!!
他に入札がなければ、これにて終了と致しまスガ……!!!
居ない様ですネ!!!それでは、落札終了となり……」
「まだだ」
「……へ?」
その声の主に、静まり返る会場。
司会のカエル悪魔に語りかけるは、真っ赤なドレスを着こなす銀髪の少女。
「……マモン」
まさか今になってその声を上げるとは、思いもしなかった。
この強欲の支配者の登場に、悪魔たちは口々に、『マモン様!!』と拍手大喝采の渦。
マモンが細腕で終止符を打つと、彼女の言葉を静かに待ち侘びる。
「まだこのオークションは終わりではないわ!
何故ならば、今回最大のお宝がまだおるのでな。そうであろう?アリザ!!」
刹那。
私に無かったはずの首枷が現れ、マモンに吸い寄せられ体の自由が奪われる。
「此度の最大のイチオシは、このニンゲンの女の方だ!!
神のみならず、上級悪魔までもを欺く力を持ち、余をつけ狙う不届き者である!!
何よりここへ潜入し、オークションを台無しにしようと企む。ああ、なんと小賢しいことか!」
同情を誘う迫真の訴えは、悪魔たちの殺意を煽る。
こちらの動向は、全て見抜かれていたのだ。
「離せ!!マモン!!この枷は何だ!!」
「これは罪と罰である。
アリザよ、この領域へ来た際に何を犯した?
余の、可愛いワイバーンを皆殺しにしたな?」
「あれは!!正当防衛のようなもので……」
「言い訳は、見苦しいぞ!!
ふん……ならば聞き方を変えよう。
あの娘の命は儚く見える様だが、ならば何故ワイバーンの命は無碍にしてよしとなれるのだ?答えてみよ」
「………ッ!!!」
「ふ、言い返す言葉も無しか。
そもそも、子供の命とどう違うのだ?
同じ生命であるのに、差が生じるのか?
それならば、貴様にも罪と罰がなければ不平等であろう?」
(マモンの言う通りだと思う。
言い返せないのが、事実。
でも、違う!そうじゃないだろう!!)
悪魔たちの殺気が、痛い程刺さる。
でも、私にも言いたい事は山ほどあるのだ。
「でもな、無実の子供をこんな非道な茶番に巻き込んで良い理由にはならない。
例え人間が悪くても、別の何かのせいであっても。
命は、弄ぶためにあるんじゃないだろ!!」
「黙れ!!ならば事実を教えよう。この枷はな、貴様の罪の具現化である。
つまりは、余のワイバーンを殺した罪は明白」
「そうか、なら今すぐ罰してくれ。
潔く、受け入れるよ。
でもな、その次はお前たち悪魔の番だマモン!!
清算すべき罪と罰。その全てを受け入れ、あの子と私の仲間を解放しろ!!」
「………ッ!!!?」
「他人を咎めるなら、自らも律するべきだと思うけどな。……違うのか?マモン」
「その減らず口を二度と動かぬ様、
今すぐに引き裂いてやる!!!!!!ニンゲンごときがッ!!!!」
私を縛り付ける枷が引き寄せられれば、マモンとの間がゼロ距離になる。
顔面スレスレで、青と緑の瞳に吸い込まれればこの重責を手放してしまいたくなる。
「や、めろ!!!
私の………!!私の心に、土足で入るな!!!!あああぁぁッ!!!」
【アリザは、余のものだ。
貴様は、余を欲し。
余を愛している。
誰よりも、何よりも。
貴様の優先すべき、最も愛する者こそ強欲のマモン様であるのだ】
脳内が、マモンへの愛情で侵される。
彼女の囁きは、何よりも甘美で誘惑する。
駄目だ。
心が、マモン一色に侵食される。
「……ワタシは!!!!お前を、許さない!!絶対にッ!!!」
もっと、大事な使命が……私にはあるんだ。
そのはずなんだ。
アデルとルルディアを、そしてリティアを救いたい。
手が届くところに居る。
ようやく辿り着いた希望。
だから、こんなところで、終われるものか……!!
そう思うのに、足がまるで前に進まなかった。
底知れぬマモンへの恐怖ゆえなのか、それとも――
ご覧いただき誠にありがとうございました。
アリザ、葛藤が止まらない!!
彼女が、どうか自分の道を歩めますように。
私(作者)も、戦い抜きます。
寒い日が続きますので、暖かくお過ごしください!
では、また明日!




