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第九話 「不平等な柵」



「ねえ。尾行するって言っても、姿を消されたんじゃ、どうしようもなくない?」

「そうとも限らないよ?ご主人様の口から漂う臭いと、マモンのポシェットの臭いは似ているはずだ。そこから辿ればいいからね」

「げ、まさか、私の口をか、嗅がれる……?や、やめて!いくらアンタがMだからって…」



 指をパチンと鳴らしたアスモデウスの触手から分かたれた黒い物体は、俊敏に動き回る。

まるで、投げられた硬球が、高速回転して私の頭へ迫ってくる。


 避ける暇はない――。


「えっ、あ”い”だッ!!」


(何でこうも、痛いことばかり……!!)



 しかも、おでこに激突した黒い塊は、ずっとひっ付いて離れない。

頭を縦や横に振ってみたり、無理やり引き剥がそうとしても微動だにしない。



「アスモ!!こ、これ!!何!?」

「はは、ご主人様が気に入ったようだね?それはね、僕の使い魔みたいなもので、とっても強烈な臭いが好みで、嗅覚が鋭いんだ」

「ぐぬう。私だってあんなゲロまず味二度とごめんだから!腕直すのに仕方なく……。それに、マモンの好意だし」

「僕は気にしないさ?どんな君も、僕のご主人様に変わりはないからね」

「全然フォローになってないから!それ!」



 黒い塊は、みるみるうちに自らの形状を変えて、影で出来たネズミのように姿が整っていく。

私の口元に鼻が近づき、臭いを覚えたのか勢いよく走り出した。



「もう嗅ぎ分けたのか。さすが、僕の使い魔だ。ほら、行くよ」

「ちょ、また飛ぶのぉぉおおお?!!」



 問答無用に、再び抱えられてネズミの跡を追う。

しかし、道中にあるブティックにいきなり押し込まれたかと思えば、ものの数分で買い物を済ませた。



「これいる!!?」

「あぁ完璧だ!恐らく、マモンは自身が主催者であるオークション会場に向かうのさ。でもこのままだとバレるだろう?」


 

 私は男装。

アスモデウスは女装をして、

紳士淑女さながらドレスコードに身を包んだ。 

そして、最後に渡されたのは仮面……豪華な装飾のベネチアンマスクだった。


 

「使い魔は、僕が気配で読み取れるし。その形状も自在に変えられるから、まずはマモンを見つけようか」

「うん。ねえ、アスモデウス。

アンタは、何かあると踏んだからここに来たんだよね?」

「へぇ、そこまで僕を理解してくれたんだ?

……そうだね、以前からここは怪しいとは睨んでいたからね」

「なら、私も覚悟決めた」



 そんな二人が見上げるのは、一際目立つ有名な美術館を彷彿とさせる外観の建物。

城とは異なる美しさと荘厳さに、思わず息を呑んだ。



 壁から床まで大理石が一面に、その光沢と上品にくすんだ白マーブル模様が、素人さえも魅了する洗練さ。


 そのオークション会場の大扉を、開けた。



 シャンデリアに、純白で統一された内装。

一切の曇りなき無垢な、天使のエデン。

強欲の領域に相応しく無い、高潔さがここにはあった。



「目を輝かせているところ悪いけど、マモンが居た。追いかけよう」


 

 扇子で口元を隠しながら、耳打ちされる。

その仕草に色気と優美さが加わり、心拍数が跳ね上がる。

一瞬、面食らうが慌てて頷き後を追った。



 マモンは、迷いをみせることなく、厳重な部屋へ歩みを進める。

魔法で行く先々を開錠しているため、アスモデウスがタイミングを見計らいその施錠を解いていく。



 それを繰り返すこと、三度目。

その扉の向こう側は、湿度がじっとりと肌に絡みつく雰囲気の地下牢が広がっていた。



 丁度入り口がマモンからは死角になる。

息を潜めて、彼女の動向を伺う。



「お願いです、マモン様!リティアは、まだ十にも満たない子供です。罰なら、わたくし共が受けます!何でもしますッ!お願いですから……っ!」

「これは覆せないのだ。恨むなら、貴様ら自身を恨むのだな」

「待ってください!あの子は、希望なのです!!わたくしたちの命など、惜しくは無い!だから、どうか……お考え直してくださいッ」

「なんたる無謀、無駄、低俗な願い入れであろうか?悲劇ぶっているだけでは、何も産まぬと、まだわからぬのか!!

救いようがまるでないな?」



 会話が聞こえる牢屋の方角。

そこには、壮年の男女が涙ながらに必死に訴える姿と、震える声音が私の心を震わす。



 私以外の人間の姿を、初めてこの目で見たからだ。

そして同時に、彼らの主義主張は命のやり取り。

なのに、それを侮辱するようなマモンに、怒りが沸々と湧き立ち、両手を握りしめる。



 今すぐにでも、マモンへ短刀を突き刺して彼らを救出したい。

でも、それが正しいとは限らないことも理解できる。



「あああぁぁあ!!!いやぁぁあああ!!!

リティアぁぁああああ!!!」


 

 マモンが去った後の牢には、悲痛な叫びだけが辺りを冷たくこだました。


「く、僕に……力があれば……」



 その隣の牢屋から、聞き覚えのある少年の声がして、ふと目線を移す。

そこには、アデルと俯いたままのルルディアも閉じ込められていた。



「……!!アデル、ルルディア……」

「アリザ?無事だったんだね!!よかった……本当に良かった」

「………」


 ルルディアは、こちらに顔を向けない。

声をかけたいのに、うまく言葉が紡げない。


「……その人は……?」


 アデルが驚きを隠せぬように、アスモデウスを見据えた。


「あ、コレは………」


 答えようとした。

でも、何と説明すればいいのか。

悪魔と契約したと言うべきだけれど、不審に思われないだろうか。


 私のこの力さえ、きっと恐れられているのにこんな状況を打ち明けて信じてもらえる?



 もし、裏切り者だと思われたら……そう悩んでいるうちにアスモデウスが礼儀正しくお辞儀してみせた。



「ワタクシ、命の危ういところをアリザ様に救われた悪魔であります。

彼女への恩返しのため、この力をお貸しすることを約束したのです」


(……声、変わって?!アスモデウスだよね?!)


「そうだったんだね。アリザをここまで導いてくれてどうもありがとう。

名も知らぬ、悪魔よ」



 不信感を露わにしていたアデルは、その寛大な心でアスモデウスを受け入れた。

そして、優しい眼差しで隣の男女を見つめる。



「助けに来てくれたところ、本当にごめんよ。危険を承知で君たちに、彼らの子供を救って欲しい。

このオークション会場で、今回競り落とされる予定なんだ……」

「………ッ!!!」

「お願いします!!!誰でもいい!!

リティアを、どうか……!!!お救いください!!藍の救世主様!!!」



 この男女の嘆き。

救いを懇願する哀しみで溢れた瞳に。

首を横に振れない。


 アスモデウスは、やめておけとでも言いたげに私を見下ろす。

アデルは、希望をはらんだ黄金の双眸を向ける。



 私は、苦渋の決断を迫られていた。

圧倒的不利な状況。

理不尽なこの世界で、どれだけのことが出来るのか。

それは、わからない。


 でも、二人の叫びを……見過ごせない。


「もちろんです。

その子を、必ず救ってみせます」






 ご覧いただき誠にありがとうございます。

新年あけましておめでとう御座います!今年もよろしくお願いいたします。

内容が重めだったかと思いますが、読んでいただけて嬉しい限りです!

では、また明日!

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