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第一話 『 』

よろしくお願いします。


「お願い!もう奪わないで!殺さないで!

私はもうこんなことしたくないの……」

「…………」


ほの暗い一面。足元はドブ川。

暗闇の中、よく目を凝らすと、それは何かを突き刺す挙動に見える。


 ズチュ…ザチュ…と耳障りな何かが聞こえる。

それに気づいた時、ギョッとした。


返り血で濡れた私が居たのだ――。


「ただの祖神輪アリザ、そう、私はただのアリザ……」


でも、なんで、どうして。

泣いているんだろう。



悲痛なその声は脳内で静かにこだまし、徐々に遠のいていく。



視界が霞み、完全にブラックアウトする寸前。

温かい光の導きと、口に広がる甘味料。

そして、拷問されているのか、とめどなく喉に流れ込む水…?




「…ガハッ!?」



正月に餅を詰まらせて以来の、異物の詰まり方だ。

下手したら、お陀仏だろう。


「………!」


涙目で、諸悪の根源を睨みつける。



「……あ!目が覚めた〜、良かったあ!」



女騎士が、饅頭のようなものと木製のコップを持っていた。

窒息を狙って殺されそうだったのか、それとも助けようとしたのか。

表情は一切読み取れない。


わかることと言えば、一つ。

何故かその声音は、嬉々として弾んでいるということ。



兜に口元以外全て覆われて素性が見えない。

正直女性かどうかも怪しいと思ったが、華奢な体付きとその声に確証を得た。


こちらに殺気を向けられては……いないようだ。



「アデル。この子で間違いなさそう?」



女騎士がもう一人の少年に尋ねる。

私を置いてけぼりに、二人にしかわからない話が進んでいく。



「…‥うん、恐らく。僕が呼び寄せた転生者、その人だと思う」

「そう!見つかって良かった。ねえ、あなたお名前は何て言うの?」


「わ、たしは……」


自分の名前を名乗りそうになって、ふと思った。

明らかに素性のわからない相手に、個人情報を開示するのはいかがなものかと。


大体、いきなりぶっ倒れていた相手に饅頭?と水を、人が寝ているまま、口に放り込むような危険思想だ。

そんな人が怪しくない訳ない。

はっきり言って、悪魔の所業だ。



「……ぼーっとしてまだ、気分よくない?ええと私はルルディア、この少年は神様のアデル」

「ッルルディア!シー!声が大きい」

「あ!そっか、今は秘密だもんね。ごめんなさい」


いや、貴女のせいで死にかけが逝きかけに変わりそうだったんだけどね。

この騎士のあの危険行為は無自覚だったようだ。

なおのこと、恐ろしい。


まあ、だからって信用出来るか否かは別問題だろう。



「なんだか訳ありのようだけど、私はとある神様を探さないとだから」


正直、何を信用したらいいかわからない状況で、こう言い放つしか無かった。

心身共に余裕はない。

疑心暗鬼は、頂点を達している。


「ま!待って、フラフラじゃない!」


「………」


よろめく私をルルディアの胸が抱き止める。

意識が朦朧とする中。

最後の悪あがきにと、彼女の腰に携わる剣を奪おうと手を伸ばした時。



グギュルルルルル


静かな森の中で盛大に腹の虫が、泣き叫んだ。

本当にタイミング最悪だ。


そんな事お構いなしに、ルルディアが顔を覗き込む。

顔面が、沸騰したように真っ赤に熱が上がる。


「あなたの探すその神様は、きっと。多分アデルの事だよ!だから、一緒に……」

「……!?」


一瞬、剣を盗もうとしたのがバレたと思い、ビクッと肩が震えた。



「一緒に、ご飯食べよーよ!」


彼女は両手を握る。

そして、口元が弧を描く。

包容力の滲む彼女の声が、荒む心に光を差し込むように。




「……え?」


鳩が豆鉄砲を食ったような顔を、今の私はしているだろうな。

しかし同時に、意外な誘いに驚きが隠せない。




「そこで!これ被って?あと、水筒と残りのお饅頭も歩きながら食べるといいよ!」



渡されたのはフード付きのハーフマント。

確かにこれなら、地獄でも上手く溶け込めそうだ。




それから私は、二人の後をひたすら追いかける。


悪い人?たちではないんだよね?

でも他に探す宛もないし、この少年が神様ならついて行かない訳にもいかないだろう。




* * * * *



三人が辿り着いたのは、一番人気のないポツンとした小屋だった。

カランコロンと扉を開けるとベルに歓迎される。


ほの暗いこじんまりとした喫茶店のような内装。

カウンターから離れた家族席で腰を下ろした。



「あなたはまだ慣れ無いだろうから、私が注文しちゃうね!アデルは、パンケーキとぶどうジュースでいいの?」

「うん、僕の大好き尽くめ」

「……………」


私は、ゆっくりと頷いた。

と言うかこの少年が神様とか、にわかに信じがたい。

だって見るからに、私より一回りくらい年が離れているようにしか見えない。



十五分ほど経過して、テーブルに並べられた温かな食事。

悪魔たちが作るご飯がどんなゲテモノだろうか、お腹壊したくないなと、内心覚悟していた。


しかし見た目は、馴染み深いものばかりで、美味しそうな食事に喉が鳴る。


両手を合わせて、いただきます。



「……はむ!モグっ!ゴクン。はふっ!むぐ、あむ!」


年がいもなく、がっついて頬張る。

口に広がる旨みの数々に、食事のありがたさに。


気づけばポロポロと目から、涙が溢れる。

せきをきったように止まらない。


「……あ、あああっ!美味しいよう……ううあああっ……!」



この数日。

本当に死ぬかと思った。

最初こそ、雑草や花を食べたものの嘔吐。

何とか、泥水で水分を補給するもやはり嘔吐。


寝る間も惜しんで、必死こいていたこのサバイバルの数日間。


それが報われた。

いや、救われた。

この二人のお陰だ。



「辛かったよね?早く見つけてあげられずごめんね」


「違うの!私は死に損ないで、無様にも生きたいと望んだ。

自分のこともままならない。

一人じゃ何にも出来なくて、それが悔しくて……。

でも、何とか生きていて良かったってあなたたちのお陰で気付けたの。

ありがとう……。

命の恩人です。このご恩は必ずお返しします!」


「………やっぱり君は、僕が呼び寄せた転生者だね。

本当に、助ける事が出来てよかったよ」


「うん、ありがとう。

………私は、祖神輪アリザ。あなたの悲痛な願いを聞き、自ら魂を差し出した。

今度こそ贖罪を果たすために、この身も心も捧げる覚悟でこの数日を……生き抜いた」


「うん。君の魂の煌めきと決意は、紛れもなく本物だ。

なら君は、魂を賭けてまで成し遂げたいと何を願う?

その贖罪のために、一体何を望むんだい?」


それは、魂を捧げたあの日から。

今も変わらず根付く、私の心からの願望と贖罪。



「……私は、強くなりたい……ッ!」



心の燈は、色褪せない。


「もうニ度と、自分が弱いせいで大切な人を失いたくない!

今度こそ、助けられるようになりたい。手を差し伸べられるように、必ず強くなってみせる!」



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