008 “気”のつかいかた
「知らない方がいいかもしれないけど」
先生は唇の端をわずかに上げ、にやりと笑った。
天音は思わず息を呑む。
「妖魔を見たことはあるかしら?」
「……はい」
「そう。妖魔はいろんな姿で現れるわ」
「放っておけば人に害を及ぼす危険な存在。だから私たちは、それを倒すための知識と技術を学ぶのよ」
先生の声は穏やかだったが、言葉の端に重みがある。
「いずれは資格を取って退魔師になる者もいれば、別の道を選ぶ者もいるわ」
にっこりと微笑む先生。
「ま、今日はざっくりこんなところかしら。細かいことは授業で教えるわね」
「――次は、そうね、“気”を感じるところから始めましょうか」
「……“気”?」
天音はぽかんと首をかしげる。
先生は口元に指をあて、くすりと笑った。
「ええ。人間なら誰でも持っているわ。ただ、感じ方を知らないだけなの」
ゆっくりと目を閉じ、深く呼吸を整える先生。
やがて、周囲に淡い黄色の光がふわりと広がった。
「これが“気”よ、見える?」
天音は目を丸くし、こくりと頷く。
光が収まると、先生は手を差し出した。
「さあ、天音さんの番よ。わたしの手を握って、意識を集中して――体の中のエネルギーを探してみて」
天音が手を握ると、温かな気配が胸にじんわり届く。意識を集中すると、自分の内側から光が芽生え、手のひらを起点に全身へ広がった。
「できた……!」
思わず声を上げ、顔を輝かせる天音。
先生は楽しげに目を細める。
「あら、上出来ね!今度はその状態を維持したまま、一歩踏み出してみて!」
足を踏み出すと、ふわりと体が浮く――まるで飛んでいるようだ。
だが軽さは一瞬で途切れ、重みがずしりと戻った。
「あ……」
落ち込む天音に、先生はくすっと笑った。
「大丈夫よ。少しずつ維持できるようになるわ。
いろんな場面で必要になるから、毎日少しずつ練習しましょうね!」
天音は瞳をきらきら輝かせ、力強く頷く。
「はい……頑張ります!」
先生は微笑み、両手を軽く叩いて声を掛けた。
「さあ、ここまでにして、寮に行くわよ~!」
学校の外に出ると、小ぶりで落ち着いた和風建築が目に入る。
屋根は淡い瓦、白漆喰の壁に木の柱が映える。窓から漏れる光は柔らかく、周囲の木々に囲まれた庭は静かな隠れ家のようだ。
「ここが女子寮よ。男子寮は反対側ね」
中に入ると、廊下は静かで木の香りがほのかに漂う。奥には談話スペースや共同ラウンジがあり、窓の外には木漏れ日が差し込む庭。自然と安心感が伝わる。
先生は階段を指さしながら歩く。
「二階の突き当りが天音さんの部屋よ」
少し緊張しつつも、天音は目を輝かせて二階へ上がった。