005 初めての退魔師学校
天音は個室のドアを閉め、鍵をかけると大きく息を吐いた。
今日一日で起こったこと――妖魔との遭遇、無意識に放ったナイフ、彰や蓮との出会い。
胸の奥はざわついていたが、それ以上に実感があった。
――やっと、退魔師のスタートラインに立てたんだ。
胸の奥で小さな炎がじんわりと広がる。
不安と期待が入り混じった心臓の鼓動は、どこか心地よくさえ思えた。
「……私、できるよね」
小さく呟き、天音は静かにまぶたを閉じた。
――翌朝。
「行くよ」
部屋の前で待っていた蓮に頷き、天音は後を追う。
森の中の道を抜けると、朝日に光る葉の隙間から木漏れ日がこぼれた。
やがて森の向こうに大きな建物が現れる。
「……あれが学校ですか?」
蓮は無言で頷く。
中央に石造りの旧館があり、その両脇に近代的な校舎。
窓ガラスが光を反射し、校舎全体が淡く輝いて見えた。
「…見える?」
「はい」
短いやりとりの後、蓮が口を開く。
「ここには結界が貼られている。外からの攻撃を防ぎ、一般人には見えない」
天音は息を吞み、校舎の壮大さを改めて見上げた。
単なる学校ではなく、力を持つ者だけのために存在する城のようだ――
胸の奥でわくわくする気持ちを抑えながら、ゆっくりと一歩を踏み出した。
校舎に近づくと、ざわめきが広がる。
「きゃー!!蓮様よ!」
「今日もかっこいい……!!」
黄色い声援に天音は居心地が悪くなり、思わず蓮を横目で見た。
さらりと揺れる黒髪は朝日に照らされ、光の粒を散らす。
端正な横顔は息を呑むほど整っていて、冷静な瞳は人を寄せつけないほど凛としていた。
ただ歩いているだけなのに、周囲のざわめきさえ吸い寄せる。
「……なに」
低く投げられた声に、天音の肩がびくりと震えた。
視線が交わった瞬間、慌てて顔をそらす。
「い、いえ……」
「……」
蓮はそれ以上言わず、淡々と歩みを進めた。
重厚な校舎に足を踏み入れると、広いロビーが広がる。
高くそびえる天井、磨かれた床、大きな窓から差し込む光。
すべてが圧倒的で、天音は息をのむ。
「…まずは校長室に案内する」
短く告げられ、天音はこくりと頷いた。
心臓が早鐘のように打ち、緊張が体を包む。
やがて目の前に、木製の扉が立ちはだかる。
蓮が静かにノックすると、すぐに落ち着いた声が返ってきた。
「入りなさい」