003 退魔師事務所
中に入ると、すぐに受付の女性が立ち上がった。
「お疲れ様です、霧島様」
「…ああ」
蓮は軽く頷くだけで、視線はまっすぐ前を見据えている。
「この方は?」
受付嬢の視線が天音に向いた。
「こいつは、客人だ」
短く告げる声に、無駄な温度はない。
「それは、失礼致しました」
慌てて頭を下げる天音。
蓮はすたすたと奥へ進み、天音は必死にその後ろを追う。
すれ違う人々の視線が鋭く、まるで天音の存在を測るように突き刺さる。
あるドアの前で立ち止まり、蓮はノックした。
「所長、蓮です。連れてきました」
「入れ」
ノブを回し、ドアを押し開ける。
冷たい重圧が天音の胸を締めつける。
部屋の奥には、座っているだけで空気を支配するかのような、所長らしき男の姿があった。
ゆっくり立ち上がり、微笑みを浮かべて手を差し出す。
「ようこそ、天音さん。私はこの事務所の所長、
霧島彰だ。よろしく」
天音が手を握ると、一瞬だけ所長の表情が硬直した。
「……?」
「天音さんは蓮の友達かな?」
ニヤリと蓮に視線を向ける所長。
蓮は小さくため息をつく。
「…いいえ、ただの知り合いです」
手を放した所長は微笑み、軽く首をかしげる。
「ごめんね、天音さん。うちの蓮がちょっと冷たいね」
天音は首を横に振り、肩の力を抜く。
「いえ、何度も助けてもらったので……気にしていません」
「へえ……」
所長は興味深そうにつぶやいた。
蓮は眉をひそめ、軽く所長をたしなめる。
「所長、からかうのはやめてください。それに、こいつに優しくする理由はありません」
その反応に、所長はくすくす笑った。
天音は二人のやり取りをぼんやり眺める。
――霧島……どこかで聞いたことがある名字だ。
胸の奥で疑問が確信へと変わる。
少し躊躇しながら、確かめるように口を開いた。
「あの……お二人、家族……ですよね?」
所長は肩をすくめ、目を細める。
「あぁ、まあ育ての親って感じかな」
蓮が軽くため息をつき、促す。
「…所長、早く本題に」
「ああ、そうだったね」
所長は真剣な表情に変わり、天音をじっと見つめる。
「さて、天音さん。君には退魔師としての適性があるようだ」
「……え?」
思わず声が漏れる天音。
蓮が静かに口を開く。
「あんたがさっき投げたナイフ――命中したのは偶然だとしても、一般人じゃあいつらにダメージは与えられない。だから、退魔師の家系でないとすれば、覚醒した可能性が高い」
「私が…?」
胸が高鳴り、瞳が輝く。
所長は微笑み、落ち着いた声で問う。
「退魔師を目指しているのかい?」
「…はい!」
天音は背筋を伸ばし、強く頷く。
「ふむ。退魔師になるにはいくつもの試練がある。その試練を乗り越えた者だけが、正式に退魔師として認められる。……覚悟はあるかね?」
「あります!」
天音は迷わず答えた。
胸の奥に、熱い決意が燃え広がる。
所長は微笑み頷く。
「では、望むなら退魔師学校に通ってみるかね?
蓮も同じ学校にいる。実力次第で、いずれ同じクラスになれるだろう」
蓮は驚いた顔で所長に視線を移し、
怪訝そうに眉をひそめる。
「所長…冗談はやめてください」
そして天音に鋭い視線を送る。
「…あんた、やめるなら今のうちだ」
「危険は大きく、いつ死んでもおかしくない――それが退魔師の世界だ」