昇級試験――結果発表
私は悲鳴のする方へ駆けつけた。
目に飛び込んできたのは、木の上から垂れ下がる妖魔だった。
初級妖魔、影蛇。
黒い光沢を放つ巨大な胴体がうねり、威嚇するように揺れていた。
「でっ、でか……!」
誰が見てもデカいと言うだろう。
さっきまで相手にしていた妖魔が急に可愛く思える程だ。
やっと遭遇した初級妖魔。
だけど見た目が……なんというか苦手な部類かもしれない。
木の下には、恐怖で固まったクラスメイトが座り込んでいた。
「や、やばい……」
「こんなの死ぬって!! リタイアだろ!!」
「くそっ、せっかく4位だったのに……あんなの無理だ!」
叫び声と同時に、数人が光に包まれた。
どうやら強制送還されたみたいだ。
だが、一人だけがまだそこに残っていた。
恐怖で声も出せないようだった。
私は一歩前に出て、影蛇の注意を引くように叫んだ。
「……こっちよっ!!」
影蛇は新しい獲物(私)に狙いを定めた。
走り出した私の後ろをくねくねしながら追ってくる!
私は必死に走った。
やがて、足がもつれて地面に膝をついた。
シャアァァ……。
頭上から低くねばりつく鳴き声が聞こえた。
ゆっくり顔を上げると、別の影蛇と目が合う。
影蛇は口を大きく開けて、私を丸呑みにする体制だ。
私を追ってきたもう一体の影蛇も合流。
あ、終わったかも。
二体に挟まれるという絶体絶命の状況。
数秒の間。
そのコンマ1秒。
地面に触れていた手から何かを感じとった。
目を閉じる。
冷たい土な感触。
その先に……何か見える。
観客席の誰もが息をのんで、その光景に釘付けになっていた。
「なぁ、あれは何をしているんだ?」
「さあ……」
「自ら囮になった白瀬天音さんですが、さすがに追い詰められて為す術がなくなったのか!?」
実況の声が響く中、蓮はスクリーンを見ながらぼそりと呟いた。
「……いや、違う」
「違うって、どういう……」
隼斗が質問する間もなく、周囲は声を上げた。
「おおっと!? 白瀬さん、逃げる!? 影蛇二体が追っている! 体力勝負をするつもりなのか!?」
私は影蛇を避け、再び走り出した。
ぐるりと円を描いて元の場所へ戻る。
勢いをつけて木へ飛び跳ね、枝にしっかりと掴まった。
背後から私めがけて影蛇二体が口を大きく開けて飛び掛かってくる。
「……いまだっ!」
二本のナイフを投げる。
狙いは影蛇の尻尾。
「ギギャッ!!」
動きを封じられた二体が、同時に体勢を崩す。
ドシャアァァァ!!
地面が崩れ、影蛇はそのまま落とし穴へ。
「な、なんと……白瀬天音さん、まさかの二体同時討伐成功だー!! 罠だ!! 罠を利用して二体を倒したぁぁ!!」
実況の絶叫が会場を揺らした。
観客席から興奮した生徒たちが立ち上がった!
「うおおおおおお!!」
「すげぇぇぇっっ!!」
隼斗が息を呑む。
「蓮……ああなるの分かってたの?」
「いや。あんなの、知るわけないだろ」
蓮は腕を組んだまま、スクリーンから目を離さない。
「なぁ……隼斗なら、どうやって罠を見つける?」
「は? なんだよ急に……。
えっーと、そうだな。落とし穴だったら暗眼察知で地面のどっか、空洞になってるとこを探すしかないだろ」
「……ああ、それしかない。つまり、あいつはそれが使えるみたいだな」
「まさか!! あれは……俺だってマスターするまで半年近くかかったんだぞ!?」
周りにいた【星3】もその言葉に絶句し、一人がぼそりと呟く
「だが……それなら落とし穴を見つけた辻褄が合うな……」
ピリッとした空気を残したまま、試験終了のブザーが鳴り響いた。
「ここでタイムアップだぁぁ!!!」
*
「さぁぁ! お待ちかねの結果発表だあ!!!」
比良坂先生の声に、会場のざわめきが一斉に引き締まった。観客席では当初の殺伐さはなくなり、誰が一位になったのか? という憶測を駆け巡らせていた。
大型スクリーンに得点ボードが映し出され、【星1】の生徒たちも会場に集められている。
「まずは、第1位!!」
―――お願い……!
祈るように目を閉じ、胸の前で手を握りしめる。
蓮との約束が、頭の中で何度も再生された。
『昇級できなければ、退学だ』
それだけは、どうしても阻止したい。
だけどそう思うのが遅かったのかもしれない。
スクリーンに文字が浮かび上がる。
1位 早川凪 52点!!
会場が一気に沸いた。
凪の実力が証明されたのだ。
あの後、結菜との初級妖魔の奪い合いは凪が制し、10点を手に入れていた。その後も時間が許す限り小型妖魔を狩り続け、この得点に到達していた。
「さすが昇級候補者!!」
「スピードも攻撃も凄かったぞー!!」
凪は息を整えながら、勝利の雄叫びを上げた。
「よっしゃぁぁーーー!! これで昇級やーーーー!!!」
私の心の中で、言葉にできない感情が渦を巻いていた。
凪が一位なのは喜ぶべきこと。
でも、私が昇級できる可能性は?
三年に一人上がれるかどうかだって、霧島くん言ってたよね。
視界の端に蓮の姿が映る。
目が合いそうになって、私は慌てて視線を逸らした。
「続きまして、なんと!!! 同点で2位がふたりいます!」
2位 篠宮結菜 31点
2位 白瀬天音 31点
「あんなことしながら2位かよ……」
誰かの呟きを比良坂先生が拾った。
「そう! 白瀬さんは試験中にも関わらず、クラスメイトの救助を優先していました! これは点数以上の価値がありますよー!!」
その言葉で自分が間違っていなかったとようやく思えた。
凪と結菜が目を見開いて、同時にこちらを振り向く。
息がぴったりだ。
「ちょっと天音!! そんなことしてたの!?」
「……そりゃ、得点伸びへんわけや」
「はは……」
苦笑いしていると不意に肩を叩かれた。
振り返ると、私が助けたクラスメイトたちが数人立っていた。
何も言われなかったけど、目で感謝を伝えてくれている気がした。
……でも、せめて一人くらい何か言ってよ。




