昇級試験――落ちる者、掴む者
私はとある場所で盛大に足止めを食らっていた。
「……あれ? なんで行き止まりなの……」
目の前には岩壁。
おかしい。中心部に向かってきたはずなのに行き止まりだ。
ここは一体どの辺りなのだろう。
私の辞書には”方向音痴”という言葉は存在しなかった。
「うそでしょ〜、絶対こっちだと思ったのに……」
元の道に戻ろうと後ろを振り返った。すると、視界の端でかすかに人影が揺れた。
「あっ、え? 人だぁ! よかったぁぁ!」
反射的に声が弾む。
すぐさま駆け寄る。
しかし、そこの先にいたのは地面に座り込み、顔を伏せて震えるクラスメイトだった。
「おーーい! 大丈夫……」
声をかけたその瞬間。
ガリッ……。
爪で地面を引き裂く、嫌な音がした。
「……え?」
気づけば、その生徒の周囲には小型妖魔が三体。逃げ道を塞ぐように、じりじりと円を描いて距離を詰めていた。
「――た、たす……け……」
掠れた声に私の足が止まる。
「助けなきゃ……!」
でも、どう攻撃する?
相手は三体。しかも屍鼠だ。腐敗した鼠型の妖魔で、群れで行動する。この近くに仲間がいるのだろうか、呼ばれたら結構な数になる。座り込んでいる子を守りながら戦うのは無謀だ。できればこの三体で終わらせたい。
一気に倒すことができるのか……まあ、突っ込むのみ!
息を整えて、地面を蹴った。
――ズルッ。
足裏の感覚が、ふっと消えた。
「えっ!? うわっ!? お、落とし穴ぁぁぁ!?」
土が滑り落ち、地面にはポッカリと底の見えない穴が姿を現した。反射的にそれを飛び越え、木の幹から垂れる太いツルを思いっきり掴んだ。
私の重みが加わり、ツルが大きく揺れた。
ぶらん、と身体が宙に投げ出される。
「ちょ、ちょっと!? そこどいてぇぇっ!!」
その勢いのまま妖魔の一体に激突。さらに、二体目、三体目と連鎖的に巻き込んでいく。
「うぅ……いったぁ……!」
勢いのせいだ。
決して私の体重が重いから、というわけではない。
私の下敷きになった哀れな屍鼠にトドメを刺した。
仲間を呼ばれずに一気に片付いた。
”不幸中の幸い”ということにしよう。
黒い影は、まるで煙のように溶けて消えた。
「あ、天音ちゃん……ありがとう……!」
助けたクラスメイトが、目に涙を溜めていた。
「あはは、よかったよ……ほんと」
格好悪いところを見られたけど、良しとしよう。
その頃。上空に浮かぶドローンが、次々と罠にかかる生徒たちを捉えていた。
「今回は罠もあるようですねぇ! 特に落とし穴がえげつない数ありますよぉ! 全員、足元には気をつけろーーっ!!」
比良坂先生のあまりに軽快な実況に、観客席がざわついた。【星2】の生徒たちが顔を見合わせる。
「なあ……俺、まだ初級妖魔一体も倒せてないんだけど……」
「俺もだよ。罠まで避けながら戦うとか無理ゲーじゃね? 昇級試験ってレベル高くねえか……?」
ぷはっと噴き出す笑い声。
【星3】席。赤髪をかき上げた烈がニヤついている。
「マジで言ってんのかよ? 情けなさすぎて聞いてらんねぇな」
「そんなんだから、お前ら【星2】なんだよ。罠避けながら妖魔倒すくらい普通だろ。そんなこともできねぇなら……死ぬぞ? つーか、死ね」
喧嘩腰な烈の元へ、隼斗が割って入る。
「はいはい、喧嘩しないよ。ほら、集中してる人もいるんだから静かに観戦しろよ」
烈は舌打ちをした後、再びモニターへ視線を戻した。
画面は別のエリアへ切り替わった。
木々を飛び越え、軽々と移動する凪。
「よっしゃあ! ええ感じや!」
そこに結菜が合流した。
「あら、凪じゃない。今、何点なの?」
「31点や! 結菜ちゃんは?」
「私は――」
結菜が口を開きかけた時。
ーーバサァッ!!
頭上から落ちてくるネット。
「うわっ!?」
結菜の頭上に落ちる寸前、凪が結菜の腰を抱え横へ飛んだ。
ネットは何も捉えられず、ガサ……と乾いた音を残して地面に落ちた。地面を覆い尽くしているネットを見て、結菜は凪の腕の中で呆気にとられる。
「……助かったわ。でも、落とし穴にネット、振り子の丸太なんて、罠が古典的すぎない?」
「なんやて!? 仕掛けあるなんて聞いてへんぞ! そんなもんどこで見たんや」
少し進んだだけで出てくる罠。
それを結菜は慎重に回避してきた。
それに、気づかない者がいるのだろうか。
一度も罠に当たらないほど運が良かったのか、凪の移動速度が早すぎて罠に気づかなかったのか。
結菜の心境は、「もうどっちでもいい」ということで落ち着いた。
その背後。木の影から背中に針を生やしたサル型の初級妖魔、針猿が二体、ギギ……と姿を現した。
「……おお、お出ましやなあ。とりあえず――」
「「どっちが倒すか勝負や(よ)!!」」
二人はほぼ同時に飛び出す。
針猿に刃が降りかかる!
「おっとぉぉ! こちらは早川凪さんと篠宮結菜さんのエリア! 二人は初級妖魔相手に得点を奪い合っているーーー! ちなみに今戦ってる妖魔の点数は8点だぁーーー!! どちらが倒すのか!?」
スクリーンに上位10位までのランキングが映し出される。
「途中経過の発表だぁ!! 現在は早川凪、圧倒的トップ!! 篠宮結菜さんも追い上げ中!! そして白瀬天音さん、序盤の2位から一気に10位まで転落だぁ!! 救助を優先している為、順位がどんどん下がっている模様ーーー!!」
「マジかよ……せっかく上位にいたのに」
「いや、でも助けに行くとかカッコよくね?」
「得点にはならないんだろ? 無駄ムーブじゃね?」
ざわざわと議論が広がる中、誰かが嘲笑うように声を上げた。
「ヒーロー気取りかよ。昇級試験だぞ? 仲間助けて順位落とすとかさぁ」
「――黙れよ、クズ」
空気が一瞬で凍りついた。
言葉を放った当の本人……蓮は、腕を組んだまま視線をスクリーンから一切逸らさなかった。
本当に……この場所には向いてない。
現場で仲間の救助を優先すれば、敵は倒せない。仲間を見捨てるしかない状況になったら、あんたはどうするんだろうな
*
森を走りながら、ドローンの機械的な声が響いた。
『制限時間20分、20分!』
「もう時間がない……」
頭の中で蓮との約束がぐるぐる回り、全身が締めつけられるようだ。
点数の高い初級妖魔を探さなきゃ。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
遠くから悲鳴が森にこだまする。
また誰か罠に引っかかった?
それとも妖魔に襲われてる?
私が行かなくても、救助される。
それよりポイントを稼がないと。
そんなこと分かってる。
でも……見過ごすことは、できない。
気づけば、私の足はもう走り出していた。
得点も、蓮との約束も。
頭から消えていた。
今はただ誰かを助けることだけが、私を動かしていた。




