昇級試験――走り出した運命
昇級試験の朝。
春の陽気な日差しが、四方を囲む観覧スタンドから闘技場を淡く照らしていた。
今日は一年生のみ集められている。かつて、上級生の技を真似して命を落とす事故が相次いだ為、学年を越えた観覧は禁止とされた。
――最上段【星3】指定席。
学園内の立場と実力は、スタンドの位置によって明確に分けられていた。七人の【星3】が並ぶ一角だけ空気が妙に静かだった。
広々と間隔が空いた席。蓮はあくびを噛み殺し、足を組んだまま無表情でフィールドを見下ろしていた。隣では豪腕で有名な男子が腕を組み、反対側の女子はスマホを操作しながらぽつりと呟いた。
「……今年の【星1】は、誰が一番マシかしら」
そこにあるのは期待ではなく、選別だった。
一段下の【星2】指定席は、空気が荒れていた。
「おい! 飲み物買ってこいよ。全員分な」
「……っ、今、行きます」
パシリにされた男子が階段を駆け下りる。
命令した生徒の袖を友人が慌てて引いた。
「やめろって……今日は【星3】の目があるんだぞ」
「チッ、だからだろ。見せつけてやるんだよ、俺が“あの席”に近いってな」
その発言は【星3】指定席へ自分はもうすぐ辿り着く男だと豪語しているようなものだった。
他の生徒たちは【星3】の視線を気にしながら、真剣な眼差しで開始を今か今かと待ち構えていた。闘技場の大型モニターには【星1】の姿が映し出される。ドローンが森の上空を旋回し、生徒と妖魔の動きを俯瞰で捉えている。
「はあーーーい!! 皆さん、お待たせしましたぁーーー!!」
比良坂先生の声がマイク越しに響く。
観覧席のざわめきが一瞬で止む。
「実況はこの私、比良坂が務めさせていただきます! 【星1】クラス昇級試験、いよいよ開幕でーーーす!!」
歓声があちこちから上がり、ドローンの光が白く瞬いた。
「ルールは簡単! 森の中には小型妖魔と初級妖魔が放たれています! 小型妖魔は1~3点、初級妖魔は5~10点! 最後にトドメを刺した人にポイントが入ります!」
モニターにルール映像が流れた。
「制限時間は1時間! 慎重かつ迅速に行動し、最高得点を目指してくださーーーい!!」
テンションの高い実況に煽られ、観客席は盛り上がりを増した。数十台のドローンがそれぞれのスタート地点へ向かう。
昼でも薄暗い森。枝葉の隙間から落ちる光が、足元をかろうじて照らしている。私たちは一人ずつ決められた場所で待機し、開始の合図を待っていた。
「よっしゃあ! 全部オレが倒したるで!!」
凪が腕を回して気合を入れる。
「ふふ、ルールは想定通りね。私だって負けないわよ」
結菜は微笑みながらナイフの柄に手をかけた。
指先は、ほんの少しだけ震えている。
私は目を閉じ、深く息を吸った。
(霧島くんとの約束……昇級できなきゃ、退学)
失敗、できない。
でも、大丈夫。
私はもう逃げないから。
「さああぁあーーー!! 開始だぁぁ!! 合図とともに走り出せーーーっ!!」
生徒たちは一斉に森の中心部へと駆け出した。四方八方から落ち葉を踏みしめる音が聞こえる。私も遅れを取るまいと走り出した。
……が、この時点で私はまだ気付いていなかった。自分が逆方向、つまり中心部から外れた方向に進んでいることに。
「おおっとーーー!? 白瀬天音さん、スタート直後からコースアウトだぁーーー!!」
「おいおい、逆方向だぞ! 森の外れに進んでる」
「あれ、噂のやつだろ!? やらかしてんな」
観覧席が爆笑に包まれた。
比良坂先生もこの事態にノリノリだ。
「白瀬天音さん、森の外れへ進行中ーーー!! そして小型妖魔の群れと遭遇だぁーーー!! これは作戦なのかぁ!?」
【星3】席で、蓮が頭を抱えた。
「……あのバカ」
「やばっ、天音ちゃん、面白すぎる!」
隼斗は腹を抱えて笑っている。
席でくつろいでいた玲司先生も「あっ」と声を上げた。
「あら〜。天音さんが方向音痴なの、完全に忘れてたわ〜」
笑いで騒がしくなった観客席。
だが、徐々にその異様な光景に目を疑う。
「……おい、あいつ。妖魔の群れに突っ込んでいったよな?」
モニターに映し出されている白瀬天音は、小型妖魔の群れをナイフだけで切り裂いていく。一振りで三体の妖魔が消える。ポイントがどんどん加算されていく。
「倒しながら、進んでる……?」
「もう20点!? でもまだ逆走してるぞ!?」
【星3】の何人かが、興味の声を上げた。
「ふむ……あれが、噂の覚醒者か」
「はっ、でも雑魚しかいないんだから、余裕だろ」
白瀬天音の活躍を捉えた後、ドローンの視点が他の【星1】に切り替わった。
初級妖魔に出くわしたら詰む。そのことを理解している生徒たちが選んだ作戦は、「初級妖魔を避け、小型妖魔を倒して地道にポイントを稼ぐ」ことだった。
そのため行動は自然と統一される。身を潜めて慎重に進み、小型妖魔を見つけたら背後からナイフで仕留める。もちろん同じ小型妖魔を狙えば、生徒同士の取り合いが始まる。その様子を見ていた観客席からは、当然ながらブーイングが飛ぶ。
「つまんねぇ、やっぱ【星1】は腰抜けばっかだな」
野次がヒートアップする中、モニターが別の生徒に切り替わる。
「おい! 見ろよ!! あいつも走りながら倒していってるぞ!」
「あれは……早川凪だ! 唯一の昇級候補!」
凪は風のように森を駆け抜け、次々と得点を重ねていく。小型妖魔なんて彼にとってはその辺の枯葉と同じだった。進むスピードは上がり続けていた。
「よっしゃああ!! 25点やぁぁ!! 強いやつ出てこいやぁ!」
「唯一の昇級候補、早川凪、絶好調ーーー!! そして篠宮結菜さんも無駄のない動きで、得点を地道に積み上げていくーーー!!」
「蓮、見て見て!! うちの結菜がカッコ可愛い!!」
隼斗がスマホを構えて結菜の動画を撮る。それを無視して蓮は腕を組んだまま、モニターを見つめていた。
「おっとーーー!! 早くも脱落者が出始めましたーーー!! 今回は一定以上の負傷、または自主申告でリタイアと判断します! リタイアになった生徒は所持している札で強制送還され、救助テントに送られますのでご安心くださーい!!」
明るい声とは裏腹に森の中では次々と生徒が姿を消していく。
昇級試験は、まだ始まったばかりだ。




