【星1】の足跡
「ここからは自分の“気”を周りに放つの。集中すれば暗闇でもある程度見えてくるはずよ」
“気”をつかうことで暗闇が見えてくるものなの?
そう疑問に思ったが、この数時間で紗代のことを信用しきっていた私は、言われた通りやってみることにした。
“気”を意識する訓練は、もう日課だった。
そのおかげで最初は何も分からなかった感覚も、今では数秒で引き出せるようになり、一日くらいは維持できるようになっていた
周囲に放つということは、放電に近い感覚なのかもしれない。
そんなイメージで“気”を外に放つこと数分。
次第に闇の中に、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がってきた。
足元の岩。
壁の凹凸。
そしてこの先に、微かに感じる気配。
「見えた……」
「ほんまか!? オレ、全然やで!? なんでやねん!!」
凪が騒ぐ横で、紗代が感心したように小さく微笑んだ。
「そんなすぐに出来るものではないんだけど……天音、あなたの“気”はとても安定してるわ。芯がしっかりしてる。きっとたくさん積み重ねてきたのね」
褒められた。
もちろん嬉しい。
でも、素直に喜べない自分がいる。
「でも……この先、もっと強い妖魔と戦うことになったら、また体が動かなくなるかもしれない……そんなことを考えちゃうの」
せっかく前に進めたはずなのに。
その一歩が、また止まってしまうんじゃないかと。
「大丈夫よ」
その声は、静かで柔らかい。
「天音は階段を駆け上がってる途中なの。不安が出てくるのは当たり前。変わりたいって思った時から、もう一歩は踏み出してる。あとは迷いなく登っていくだけよ」
「……私も、もう少し頑張れていたら――」
しかし、その言葉は途中で途切れた。
「おおぉぉ!! あったでーーーー!! こんなとこさっさと退散や!」
本堂の灯火に照らされた、古びた札。
それを掲げて、凪は子供のようにはしゃいでいた。
その様子に思わず笑みが溢れた。
「……よかったね」
紗代がぽつりと呟いた。
その横顔は、何故か少しだけ寂しそうに見えた。
「さっきの話……」
「遅すぎることなんてないよ。私もみんなよりスタートは遅かったけど、最近ちゃんと追いついてきてるって感じるの」
紗代に何か言いたかった。
諦めないでって。
「変わりたいって思った時から、一歩踏み出してる……でしょ?」
「……ええ、そうね」
紗代の言葉を使っちゃったけど、私の想いが伝わったのが嬉しかった。
新しい友達ができた。この洞窟に入った時は、あんなに怖かったのに、今はるんるんでスキップしながら出口に向かっている。
「そうだ! 私たちと今度一緒に訓練しようよ! 紗代も一緒だったらきっといい訓練になると思うし!」
私は紗代も交えて四人で訓練する光景を思い浮かべた。紗代は驚いた後、照れたように頬を染めて微笑んでいた。
洞窟の出口が見えてきた。
外に出ると、みんなが集まっていることに安心した。
やっと暗闇から解放された。
だが、そんな安堵はすぐに破られた。
みんなは私たちに視線を向けた。
全員と言っていいほどの視線が向けられ、自分たちが何かしたのかと、凪と顔を見合わせた。待機していた教師たちがこちらへ近づいてきた。
「……君たち、二人で入ったんだっけ?」
その言葉に、私は首を傾げる。
「なに言うとんのや、三人に決まっとるやろ。なあ?」
凪の返答に私も頷く。
そして隣にいるはずの紗代に話しかける。
「ねえ、紗代……」
いない。
さっき一緒に洞窟から出てきたのに。
「あれ? 紗代は?」
「おらへんな……どこ行ったんや?」
私たちの会話を聞いていた結菜が、顔色を変えた。
「……天音。入る時も、出てきた時も……二人だけだったよ」
血の気が引いた。
じゃあ、紗代は……。
その瞬間。耳元で、声が聞こえた。
潮の匂いとともに、淡く優しい響きが。
『天音……凪……ごめんね。楽しかったわ、ありがとう……これでやっと前に進める』
凪の顔が青ざめ、そのまま糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
私の鼓動が止まった。
視界がぐにゃり、と歪む。
意識が、遠のいていく。
「天音!! 凪!!」
結菜の叫びだけが、最後まで残った。
*
翌朝、その出来事は学校中の噂になっていた。
『夜間授業で【星1】の白瀬天音と凪が“封印の札”と一緒に、誰かを持ち帰った』
その噂は、【星3】クラスにも静かな波紋を広げていた。窓際に座る隼斗は楽しげに笑った。
「……成仏、か。面白いね。あとで結菜に詳しく聞いてみよっと」
一方、机に突っ伏したままの蓮は目を閉じ、興味を示すこともなかった。
隣の席では、別の生徒が鼻で笑う。
「たまたまだろ、ただのビギナーズラック。【星1】が幽霊退治したくらいで調子に乗んなよな。俺らが相手するのは妖魔だぜ」
だが、教師陣の目は少しだけ違っていた。
【星3】の担任、神崎教官は教室で報告書を閉じながら“ある一点”にだけ、興味を示していた。
報告書
『懐中電灯が使えなかった為、【星1】である白瀬天音が、暗眼察知を使い封印札を持ち帰った』
――暗眼察知
退魔師の家系の生徒なら知っている者もいるが、扱える者は限られる。
視覚からの光ではなく、“気”を使って周囲を視るこの能力は、暗闇での活動に必要不可欠だ。
さらに熟練すれば、壁の向こう側でさえも何があるか察知できる。ただし、それには "気“を正確に放出し続けられる高い集中力と、気を枯渇させないだけの器が必要だ。本来なら二年生から段階を踏んで習得するものであり、現時点で扱えるのは、このクラスのやつらだけだ。
「……白瀬天音、か。覚醒者とは聞いていたが……」
半年前に転入してきた少女。
成長速度が異常だとでもいうのか?
それとも、何か……あるのか?
その小さな違和感は、やがて確かな注目へと変わっていく。
すべては、そのきっかけにすぎなかったのだ。




