楽しい夜間授業
こんな洞窟でどんな授業をするのか。
生徒たちが口々に憶測を飛ばす中、洞窟の周囲に散って立つ数名の教師の姿が目に入った。月明かりに照らされたその顔には濃い影が落ちていて、表情が読み取れない。
「さて、ここで問題よ。妖魔は昼間よりも夜に活発になるわ。それは何故かしら?」
しん、と静まり返る。
「……えっと、月の……影響、とかですか?」
おずおずと上がった答えも、闇に吸い込まれた。
「惜しいわね。正解は“不安や恐怖が増す時間帯”だからよ。妖魔はそういう不安定な感情が大好きなの。だから恐怖心にのまれないように、気をつけて」
玲司先生は軽くパチンと指先を弾いた。
乾いた音が鳴り、生徒たちの間にひんやりした緊張が漂う。
「――今夜の課題は、この奥にある”封印札”を持ち帰ること。洞窟には何かいるって噂もあるらしいけど……さて、どうかしらね?」
玲司先生が指をさした洞窟から、冷たい風がごぉぉ、と吹き抜けた。背筋にゾクリとした寒気が走る。
「お化けとか余裕や! 怖がるなんてありえへん!」
凪の余裕綽々の台詞が盛大なフラグにしか聞こえない。
「はいはい」
結菜は小さくため息をつき、私の肩に手を置いた。
「そういうこと言う人ほど、最初に叫ぶんだよね。天音は……大丈夫?」
結菜の表情はいつもと変わらず落ち着いている。なんでこんなに余裕を持てるのか教えて欲しい。
「……ほんとに、出ないよね?」
私はというと、見て分かる通り怯えまくっていた。ここ最近で妖魔への恐怖は克服できたと思うが、得体の知れないものが出るとなると、また別の怖さがある。
「天音、大丈夫だよ! 幽霊なんていないって!」
「せやせや! 幽霊でも妖魔でも関係あらへん、倒すだけや!」
さすが、もうベクトルが違う。
幽霊までも倒そうとしているのはこの世界で凪だけだろう。
先生がくじの入った箱を持ち、生徒たちが順番にそれを引いていく。
「チームを組み、間隔をあけて洞窟に入っていく」そういうルールらしい。
くじ引きの結果、私は凪と見慣れない少女、紗代と組むことになった。メガネにおさげといった一昔前のスタイル。こんな子いたっけ? と思うほど全体的に影が薄く、話しかけなければ気づかないほど存在感が控えめな子だった。
「話したことなかったよね。私は天音! よろしくね」
「凪や! よかったな紗代ちゃん、オレがいれば最強やで!」
胸を張って高らかに宣言する凪を見て、紗代はくすくすと笑った。和やかな雰囲気に、緊張が緩んでしまう。
少し離れた場所で、結菜がくじを持って周りを見渡しているのが目に入った。私はそんな結菜の元に駆け寄った。
「結菜! 誰と一緒になったの?」
「あー、それが同じ番号の子が見つからなくて……まあ、先生と組むかも、聞いてみるよ!」
はぁ、結菜と一緒じゃなくて少し残念。
落ち込んでいたらすぐに私たちの番になり、洞窟の奥へと足を踏み入れた。
私たちの足音が岩壁に反響しているのか、コツコツと響く。ライトを上に当ててみると、天井の高さは私の二人分はありそうだ。これなら頭をぶつける心配もない。再び足元を照らすと、上から雫が垂れてきて、私の首元へ落ちた。
「ひぁっ!!!」
「うわぁぁ!! なんや!!」
「ただの水よ。二人とも」
冷静な紗代の声に、私と凪は落ち着きを取り戻したが、声を上げてしまったことが少し恥ずかしかった。
「せ、せやな、天音ちゃんの声に少し戸惑っただけやし、びびっとるわけやないで!」
「そうでしょうね。そんなことで怖がってたら、退魔師なんて無理だもの」
意外と毒舌な紗代ちゃん。
凪を言い負かすなんて結菜だけかと思ってたのに。
私の視線に気付いた紗代は微笑みを浮かべた。そしていつの間にか紗代を先頭に、私たちはどんどん奥へと進んでいく。
その頃。脅かし役として洞窟内で待機していた玲司先生は、周囲の様子をひっそりと観察し、獲物が現れるのを確認すると札を取り出した。
「この札は”具現札”。幻を一時的に具現化するもの。この内容は授業で教えたけど、分かるかしらね?」
私たちの足はぴたりと止まった。
なぜなら正面に、ぼうっと白い何かが浮かび上がったからだ。
「うわぁぁ!! なんじゃありゃぁ!!」
「きゃゃああ!! で、でたぁぁぁ!!」
私は反射的に腰に常備していたナイフをそれに投げつけた。白い何かを貫通し、ナイフはそのまま大きな岩の向こうへと消える。一瞬遅れて「きゃあ!」という声が反響した。
「なんや! だっ、断末魔か!?」
「さ、紗代ちゃん、走るよ!」
脚がもつれながらも紗代の手を引き、私たちは全力疾走してその場を離れた。
「はぁ…はぁ…ほんとに出た…お化け……」
やがて、紗代が肩を震わせて笑い出した。
「あははは! あれは幽霊じゃないわよ。誰かが隠れてるのが見えたもの。だいたい幽霊はあんな分かりやすく出てきたりしないわ」
私と凪は顔を見合わせ、思いっきり息を吐いた。
「な、なんだぁ……よかった〜」
辺りを見渡すと、薄暗い洞窟の奥には小さな湖があり、水面は月明かりを受けているようにかすかに光り、静けさがさらに異様な気配を増していた。どうやらだいぶ奥まで来てしまったようだ。
「……ここはよくないわ、早く行きましょう」
紗代の険しい顔に違和感を感じた、その時。
――ぷつ。
「えっ……」
懐中電灯が消えた。
「こんな時に電池切れかいな……!」
闇が私たちを包む。暗い、怖い。
みんなが傍にいるのか不安になる。
「こっちよ」
紗代の落ち着いた声が聞こえ、うっすら見えるゴツゴツした岩壁に手を触れ、彼女の声を頼りに慎重に足を踏み出した。
その背後から
なにかの気配がじわりと迫ってくるのを感じる。
私の、すぐ後ろに。
「……凪、くん?」
「だめ!! 振り返らないで!」
紗代が叫び、緊迫した声に背筋が凍った。
凪じゃない。私たち以外に、なにかいるんだ。
そう思った瞬間、こめかみから汗が伝った。叫びそうになるがぐっと堪え、私たちは振り返らず、ただ紗代に従い静かに進み続けるしかなかった。
そして広めの空間に出ると、後ろについていたものの気配が消えた。
紗代がぴたりと足を止める。




