【星】に誓う約束
私は誰もいない訓練室の隅で、俵相手にナイフを振るっていた。照明が金属の刃を照らし、俵の表面が削ぎ落とされていく。止まればあの光景が蘇る気がして、ただ無心に体を動かすしかなかった。昼間の試験で味わった悔しさが、まだ胸の奥で燻っていた。
コツ……。
乾いた足音が静かな空間に混ざった。
振り向くと、そこにいたのは蓮だった。なんでこんな時に会ってしまうのか。今は話したくないのに。
蓮の冷たい眼差しが、逃げ場を塞ぐように私を射抜いた。
「……さっきの模擬テストの順位、あんたにしては低すぎだろ。理由は?」
あまりにストレートな問いかけに息が詰まった。視線が勝手に床に落ちる。
「実技が、上手くいかなくて……」
言い訳のように聞こえただろうか。少しだけ顔を上げると、蓮は口元に手を当て、何か考え込んでいた。
「あんたのとこは、初級妖魔討伐のバーチャル戦だったな……」
頷くと同時にさっきの試験が脳裏に浮かんだ。
凄いスピードで迫ってくる妖魔。
それをかわすことも、攻撃することさえもできずに、ただ立ちすくんでいた自分。
あんなに訓練してきたのに、結局、私自身は何も変わっていなかった。もし、霧島くんがあの場にいたら、なんて言われていたんだろう。
そんな現実逃避じみたことを考えていたら、彼と目が合った。
蓮は私が訓練用に使った俵へと視線を移した。
「あんたは基礎体力や知識の伸びも悪くないし、応用への対応も早い。だが、妖魔に刃を入れられない精神力では、どれだけ腕を磨いても無駄だ」
その冷静な分析は、不思議なほどすんなりと腑に落ちた。
「だから向いてない。やめろ」
拳を握る手に力が入る。指先に痛みが走るはずなのに、今はそれすら感じない。蓮の瞳が揺れていたのに気づかないほど、私は必死だった。
「……でも、やらなきゃ! やめるわけにはいかないの!! 私はっ……!」
予想外の反論に、蓮は戸惑ったように口を開きかけたが、結局は何も言わずに口を閉じた。
数秒の沈黙。
張りつめた空気の中で、蓮が大きく息を吐いた。
「【星1】のくせに、何言ってんの」
「っ……じゃあ【星2】になる! 次の昇級試験で!」
ーー……はっ、言い切っちゃったよ。
気付いた時にはもう遅い。私の強気な宣言に、蓮の目が一瞬大きく見開かれた。そして、口元が僅かに緩んだ。
やばい。なんかやばい。
「本気か?」
「え、あ……うん」
「そうか。そんなに言うなら【星2】に上がれなかったら、退学っていうのはどうだ?」
「……っ!」
不意に突きつけられた言葉に、私は絶句した。
「そ、それは……いくらなんでも……」
「心配するな。所長は気にしないだろ。援助してやってるとはいえ腰抜けが辞めても困らない」
冷水のように冷たい男だ。
悔しいし、腹が立つ。
でもそれ以上に、今の自分では反論できないと分かっていた。
目的はここに居座ることじゃない。退魔師になること――その先にあるもののために、私はこの学園にいるんだ。
「……わかった」
「交渉成立だな」
覚悟を決めた時、ずっと抱いていた疑問を蓮にぶつけた。なぜか、今なら答えてくれる気がした。
「……なんで、そんなに私をやめさせたいの?」
驚いたように目を見開いたかと思うと、蓮の黒い瞳が、どこか遠くを見つめるように細められた。
再び沈黙が訪れ、蓮は掠れた声で呟いた。
「……無駄な死は、もう見たくないんだよ」
いつもの蓮からは想像できない悲しげな表情に、私は戸惑った。言葉の端々に滲むその感情が、胸にじんわりと伝わってくる。
「あんたは、わざわざ俺が助けてやった。そのことを覚えとくんだな」
蓮はそれだけを言い残し、静かに背を向けた。
「待って!」
私の大声に、蓮は少し戸惑った顔をして振り返った。
「……じゃあ、もし私が昇級できたら?」
「はあ……? 知らない」
「だって、不公平だと思う!」
私たちはお互い一歩も譲らず、睨み合う。
「……はぁ。ほんと頑固だな、あんた」
蓮は呆れたようにため息を吐き、どこか投げやりに言った。
「……昇級したら、俺の任務に付いてきてもいい」
「えっ!? ほんとに!?」
その提案にここぞとばかりに食いついた。期待に満ちた目で蓮を見る。
「ああ。ただし【星1】が【星2】に上がれるのは三年に一人。転入生で覚醒したてのあんたが合格する確率は……限りなくゼロだ」
蓮の正確な指摘に一瞬躊躇するものの、私はひるまなかった。退魔師の任務は、私たちのように資格が無い者は同行できない。自分の危険すら守れないからだ。
でも、付いていきたい。溢れ出る好奇心は止められない。
「やる!! 絶対に昇級する!!」
あんたには無理だ――。
会った時から言われ続けてきたその言葉を、撤回させてやるんだから!




