模擬テスト――バーチャル空間
私たちは初級妖魔を倒した。つまり、模擬テストを通して次のステージに上がることができたのだ。今まで見てきた妖魔とは違い、凄まじい迫力だった。
あれで初級妖魔。なら、その上位種は一体……。
「天音! 余韻に浸りたいのは分かるけど、もうここから出なきゃ」
結菜の声で我に返ると、いつの間にか入ってきた時と同じ扉が出現していた。これはあの声のお姉さんが自動で操作しているのだろうか。そんなどうでもいい憶測が頭をよぎった。
凪と結菜の後に続いて部屋を出ると、外からどよめきが起こった。
「あいつらもう終わったのかよ」
「すげぇ……!」
「早すぎだろ」
称賛の声に凪が自分の手柄のように胸を張った。
だが、喜びも束の間。
先生の発言が、この場にいる生徒たちを絶望へと追い込んだ。
「次は二次試験だ。一人ずつ同じく妖魔を倒してもらう」
「……ひ、一人で!?」
思わず声が裏返り、私の顔は一気に青ざめた。
さっきのチーム戦とはわけが違う。一人であんなものを倒すなんて、到底無理な話だ。
冷静になろうとする自分が必死に現実逃避を始めている。結菜は私を見て暗い表情を浮かべた。考えていることは、私と同じなんだろう。
――そうなるよね、普通。
私たちは別々の扉の前に立たされた。同じ銀色の扉なのに、さっきより何倍も威圧感があるのは気のせいじゃない。入りたくないと本能が叫んでいるみたいに、心臓の音が大きくなってきた。
「ほな、いっちょ暴れてこよかー!」
動揺という言葉を知らないのかと思うくらい、流れるように扉に入っていく凪。その姿を目で追った後、私は結菜と顔を見合わせた。
「……この状況を楽しんでるのは凪くらいね」
ぽつりと呟いた結菜の声は、私の本音そのものだった。あのメンタルが今はうらやましい。
結菜は深く息をついて、覚悟を決めた表情に変わり、自分にも私にも言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「こういう場面はこれから何度だって出てくるわ。大丈夫、さっきできたんだもの。自分を信じるしかないわ。落ち着いて行動しましょう」
そう言い残して結菜もまた、扉の向こうに行ってしまった。取り残された私は深呼吸をしてから、与えられた試練に挑むのだった。
背後で扉が重く閉まり「ガチャン」という音が、やけに大きく響いた。
広く無機質な部屋。
でも、さっきまで隣にいたはずの仲間は、もういない。
「では、開始します」
合図とともに、またしても空気が歪んだ。次に現れたのは影を纏った狼型の妖魔だった。大きさは私より少し大きいくらいで、頭上のゲージがよく見えた。
牙を剥き出しにし、私を射抜くような赤い眼をじっと向けたまま威嚇している。体勢が低くなり、いつでも襲い掛かれるぞと言っているようだった。
怖い、という感情がじわじわと全身を侵食してくる。
私は恐怖を前にすると足が動かなくなるみたいだ。今までの経験でそれが分かってきた。でも、残念なことにそれを自覚したところで、いつも通り動けるようになるわけではない。
さっきまでは、みんなと一緒だったから動けた。こんなんじゃ、退魔師になることなんて夢のまた夢だ。なんとか一人で倒さないと。
覚悟を決めて半歩だけ足を擦るように、前へと踏み出した。
次の瞬間、それが合図だったかのように妖魔の爪が雷のごとき速さで振り下ろされる。
――ズガァァッッ!!!
衝撃が身体を貫く。なんとか後ろへ転がり直撃は免れた。それでも、肩に爪で引き裂かれた跡があった。
ふと自分のゲージに目をやると、残りは三分の一まで減り、黄色く染まっていた。
「くっ……!」
すごい速さと威力だった。あれが頭にでも当たれば一発で終わっていただろう。本物じゃないから痛みは感じない。だが、全身に焼けつくような恐怖が走った。
ナイフを持つ手が震える。頭の中では『戦え!』と叫ぶのに、足がすくんでその位置から動けない。
……お願い、動いて……!
再び迫りくる黒い影が、私の体に擦り傷程度のダメージを負わせた。まるで、簡単にはリタイヤさせないという意志を持っているかのようだった。
私の体力ゲージは徐々に減っていき、赤い点滅が視界に映った。その場でナイフを振るうが、当然、全てかわされてしまう。
「いやだ……まだっ……!」
私の余裕のない声だけが周囲に情けなく響いた。頭の中は真っ白で、何をどうすればいいのか分からない。
妖魔の眼が鋭く光った瞬間、牙が私のお腹に突き刺さっていた。
私の体力ゲージがゼロを示した。
それと同時に、体が光に包まれる。
――――
目を開けると、私は扉の前の大廊下に倒れていた。呆然と自分の手を見つめ、奥歯を強く噛みしめた。
「……怖くて……動けなかった……」
口から溢れ出た言葉は、誰に向けたものでもなかった。
視線を感じて顔を上げると、すでに外に出ていた凪が立っていた。私と目が合っても何も言わない。ただ静かに視線が交差するだけだった。いつもとは違う沈黙が居心地悪く感じた。私は視線を逸らし、拳を作った。
悔しさや焦り。
――そして、自分はまだ“戦える側じゃない”という現実が、胸の奥でじわじわと広がっていったのだ。




