模擬テスト――開始
地下室での不思議な体験を経て、二日間にわたる模擬テストがいよいよ始まろうとしていた。
――模擬テスト一日目。
朝の教室には薄い光が差し込み、普段とは違った張り詰めた空気が満ちていた。筆記テストが始まり、妖魔の習性や歴史、結界理論が出題された。これまで勉強したことを思い返しながら、私は必死に解答用紙へとペンを走らせた。
持久走では脱落するまで延々と走らされた。こんな地獄みたいなテストを考えた人の顔が見てみたい。発案者を恨まずにはいられなかった。
だが結菜の励ましの声が耳に届くと、あと一歩だと自分を奮い立たせ、最後の方まで残ることができた。足を止めると汗が滝のように一気に噴き出てきた。
そうして一日目の結果が配られ、恐る恐る紙を開いた。
「おおーっ! めっちゃええやん!!」
「ほんとだよ。十分すぎるくらい」
いつの間にか凪と結菜が興味津々に覗き込んでいた。凪は驚いたように目を丸くしていて、結菜は自分のことのように嬉しそうに声を弾ませた。
筆記テストと体力テストはいずれも満点が50点で、私はどちらも40点ほどだった。途中から転入してきたことを考えれば出来た方かもしれない。だが他の人の点数が分からない以上、比べようがなかった。
「ありがとう。二人はどうだった?」
「聞いてや!! オレ、筆記18点で体力は47点やで! 筆記が二桁いっとるんや! 奇跡起こしたったで!!」
奇跡かはともかく、体力がほぼ満点って……さすが最後まで笑いながら走りきっただけある。
「わたしは筆記48点と体力23点ね。はぁ、やっぱり体力が……」
結菜が肩をすくめると、凪がそれを笑い飛ばした。
「心配せんとっても、まだ終わりやないで。最後の最後でひっくり返るかもしれへんし!」
そう。凪の言うようにまだ実技試験が残っているのだ。
――模擬テスト二日目。
「いいかお前ら! 今から試験内容を説明する!」
先生の声が大広間にこだました。ここは学園内の模擬戦闘区画と言われる場所だ。私たちの前に並んでいる5つの扉の先に、今回の試練が待っている。
「一次試験では初級妖魔を一体用意する。それを三人一組で協力して倒せ。バーチャルだが強さは本物と同じだ。油断したら痛い目を見るぞ」
先生はバーチャル試験について話している。本物ではないとはいえ、ついこの間小型妖魔を倒せるようになったばかりの私たちにとって、模擬テストで初級妖魔を倒せと言われたのは衝撃的だった。真っ青になっている生徒も何人か見えた。
この大事な局面で無茶振りが過ぎるだろうと思うが、これくらい乗り越えないと【星2】に上がる資格はないということなんだろうか。
「戦闘中は別室で他のものが監視している。どう動くかは自分たちで考えろ」
そんな無責任とも捉えられる先生のアドバイスを聞き終え、チーム分けのくじを引いた。くじの結果、私は幸運にも結菜と凪と同じチームになった。
「げ……凪と一緒か。一人で倒したりしないでよね」
「おえんの? そんなん気にせんでええやん!」
気にするしないの問題じゃない気がするけど。
私たちはさっそく円になって作戦会議を始めた。その間、仲間の制止を振り切って勢い任せに部屋へ突っ込んでいく者もいれば、私たちのように作戦を立てるチームもいた。
私たちは声が漏れないように小声で話し合った。もっとも、実際は話し合いというより、結菜の作戦を覚える時間だった。
「わたしが最初に妖魔の注意を惹きつけるから、天音は目を狙って攻撃して。凪はその隙にトドメを刺す。単純だけど、これが一番効果的よ」
結菜の声は落ち着いていて、何より的確だった。眼差しには覚悟が宿っているように見えた。
「……うん、それでいこう!」
私の声は僅かに震えたが決意は固まっていた。何よりこの二人がいれば無敵になれる気がした。その意気込みのまま前に進み出ると、先生が人差し指で扉の一つを示した。
「あの部屋に入ったら、試験開始だ」
私たちは銀色の扉を押し開け、足を踏み入れた。そこには無機質な空間が広がり周りには障害物のようなものは一切なかった。ただ、限界が見えない空間が果てしなく続いているだけだった。
「これもバーチャル……なのかな」
「なんやこれ!! 頭の上に青いのが浮かんどるで!」
そう言って凪が急に騒ぎ出した。
自分の頭の上に目をやると横長の青いゲージのようなものが見えた。凪は上下に飛び跳ねると、それも体の一部のように一緒についてきていた。
「それは体力ゲージです。攻撃されると減少し、全てなくなれば終了です」
空間全体に淡々とした女性の声が響いた。
そして、突如として空間が歪み、黒い影がゆっくりと形を成した。
鋭く尖った角が上に反り立ち、重厚な体から低い唸り声を放った。あの角に突かれたら一瞬で串刺しになりそうだ。バーチャルとは思えない迫力だった。
「あれが……初級妖魔……」
結菜が苦い顔をして呟いた。そして、何かに気づいたように前方を指さした。
「……見て!! あの妖魔にも私たちと同じ体力ゲージがある!」
目を凝らすと、上の方に青いものが微かに見えた。妖魔の大きさに対してゲージが小さすぎるのか、頭上に登らなければはっきりと認識できないほどだった。もっと大きめの表示にしてくれれば分かりやすいのに。
「体力ゲージがなくなれば、倒したことになるってこと?」
「まじか! 一気にテンション上がるやつやん!」
凪のテンションが上がったらしい。これが吉と出るか凶と出るか恐ろしいところである。
作戦忘れてないよね? と、そんな確認をする暇はないみたいで、妖魔が猛スピードでこちらに突進してきた。
「みんな!! 左右に避けて!」
結菜の冷静な指示に、私たちは瞬時に左右へ飛んだ。妖魔の角が地面をかすめ、衝撃で地ならしが起こったみたいに空間が震えた。
体勢が崩れそうになったが、作戦通り最初に仕掛けたのは結菜だった。妖魔の注意を引きつけるように「こっちよ!」と叫びながら私たちの前を通り抜けた。
「いまやぁーーーっ!! 目ぇ狙え!!」
凪の叫び声に背中を押された私は、地面を蹴った。そして突進中である妖魔の目の前に飛び込んだ。投げたナイフが妖魔の瞳に吸い込まれていく。
――ゲージが目に見えて削れていき、妖魔が苦悶の唸りを上げた。ダメージは少ないが、その間わずかな隙が生まれた。
「これで終わりやあぁぁぁ!!」
凪の全体重を乗せた一撃が叩き込まれた。
妖魔の凄まじい叫び声が響き、ゲージが青から赤に変わり、やがてゼロになった。体は歪み、まるで最初から存在しなかったかのように消え去った後、空間には静寂が戻った。
「よっしゃぁ!! 倒したでぇぇぇ!!」
凪は拳を天に突き上げ、満面の笑みでガッツポーズを決めた。結菜も小さく安堵して「作戦通りね!」と微笑んだのだった。




