地下室の封印標本
チャイムが鳴り終わると同時に、玲司先生がいつものように軽やかな足取りで教室に入ってきた。
「ふふっ、今日は特別授業よ。地下の展示室を案内してあげるわ!」
一瞬の静寂のあと、教室内には好奇心と不安が入り混じった空気が流れた。
地下の展示室って……。
「何があるんだろうね」
結菜も初めて知ったみたいで首を傾げる一方、凪はこれから冒険する子供のように瞳を輝かせていた。
「おっ、いいやん! 謎の地下室!!」
目的の場所に辿り着くと、玲司先生は分厚い扉の前で立ち止まった。そして、何重もの鍵を外していく。その異様な光景に私たちの不安は高まっていった。
やっとすべてを開錠し終え、ぎい、と低い音を立てて扉が開いた。石造りの階段を一歩ずつ下りるたびに空気が変わっていく。ひんやりと冷たく、重たい。
なんだろう、胸の奥がざわつく。
足音が吸い込まれるように地下通路を進み、地下室に入ると薄暗い空間の中央には、黒く光る巨大な結晶が鎮座していた。
その中に、人とも獣とも似つかない“ナニカ”が浮かんでいる。
「……これは……妖魔……?」
誰かの震えた声が、静かに響いた。
「そうよ。正確には、妖魔だったもの」
玲司先生は落ち着いた声でそう答えた。
「残骸にすぎないけれど……力だけは、まだ残っているわ」
よく見ようと少し前に出た瞬間、背筋に寒気が走った。
――なに、これ……。
「うわっ、すっげぇ! 見てみぃこの禍々しい感じ!」
はしゃぎながら結晶に顔を近づける凪のテンションは、警戒する私たちとは明らかに温度が違っていた。
「不気味ね……」
結菜は腕を摩りながらそれを観察していた。
ただ、そこにあるだけなのに結晶は不気味なオーラを放っていて、心臓をじわじわ締めつけられるような威圧感に、私は自然とこめかみから汗を滲ませた。
玲司先生は結晶にそっと手を翳して語り始める。
「三百年前。この妖魔は最上級まで力を高め、世界を滅ぼそうとしたの」
ごくり、と誰かが息を呑んだ。
「討伐は不可能とされていたわ。でも、ただ一人。命を代償に封印した退魔師がいたの。彼は“光の使い手”と呼ばれ、光を操って妖魔を討伐していたそうよ」
「“光の使い手”……! 聞いたことある!!」
一人の生徒が声を上げると、他の何人かからも同じ反応が返ってきた。玲司先生の視線がゆっくりと生徒たちをなぞった。
「本来ならこれは極秘の封印標本。外に置けば必ず狙われる。だからこそ、この学園が選ばれたの。強固な結界に守られていて外部から見つかりにくい」
声のトーンが少しだけ低い。
「……でも、もし結界が破られるようなことがあれば、この学園でも防ぎきれないでしょうね」
場の空気が凍りついた。それを打ち消したのは、凪だった。
「もし出てきよったらオレがぶっ飛ばしたるわ!」
凪の無鉄砲な宣言に、結菜がため息をついた。
「……あんたにできるはずないでしょ、ばかね」
「そんなん、やってみんと分からへんやん!」
玲司先生の肩は小刻みに震えていた。どうやら笑うのを我慢しているようだ。
「安心して。そんな簡単に壊れたりしないわ」
玲司先生は人差し指を口元に当て、意味ありげにウインクをした。
「――誰かが故意に何かをしない限り、ね」
胸の奥がさっと冷える。玲司先生の話は私たちを刺激するスパイスみたいだ。
「さあ、他にも展示物があるわよ。順番に見ていきましょう!」
みんなは玲司先生に続いて、ぞろぞろと移動し始めた。
「天音! 私たちも行こ!」
「あ……うん」
返事をした後、一度だけ後ろを振り返った。結晶の奥で何かの気配が、ほんの僅かに揺れた気がしたからだ。
だが、そこには変わらず”ナニカ”が浮かんでいるだけだった。私はその違和感を振り切り、先に進んでいく結菜の背中を追いかけたのだった。




