000 プロローグ
満月の夜――妖魔が活発になる時間帯。
二十一時を過ぎ、外出は厳禁だった。
それでも、天音は公園へ向かっていた。
影がうごめく。
背筋が凍りつき、次の瞬間、真っ黒な影が姿を現す。
「……っ!」
心臓が喉までせり上がる。
必死に走るが、行き止まりに追い詰められた。
そのとき、バンッと銃声が響いた。
妖魔は一瞬で撃退され、静寂が戻る。
「あんた…一般人?外出禁止だよね」
月明かりに浮かび上がったのは、漆黒の黒髪に黒いコートに身を包んでいる。
目は無表情だが、すべてを見通すような鋭さを持っていた。
「…死にたくなければ、さっさと帰ったら」
「あっ……す、すみません。ありがとうございます」
我に返った天音は、慌てて小さく頭を下げる。
彼は無言のまま、影のように夜の闇に溶けていった。
――翌日の放課後。
天音は、昨日妖魔に襲われたあの公園に足を向けていた。
怖さはあった。けれどそれ以上に、助けてくれた彼の姿が忘れられなかった。
「……おい、あんた」
不意に背後から声が落ちる。
気配はなかった。
振り返れば、あの少年。夕風に黒いコートの裾を揺らしている。
「昨日みたいに、また夜に出歩くつもりか?」
低い声が、冷ややかに問いかける。
「い、いえ……き、昨日はたまたまです。
その……次からは、気をつけます」
慌てて答えると、彼は一つ息を吐いた。
「…そう。ならいいけど」
その言葉と同時に、彼はポケットから小さな札を取り出した。
白い紙片に淡い光が揺らめく。
「これを持ってろ。雑魚くらいは寄ってこない」
「えっ……こんな、貴重なものを……どうして私に?」
天音が戸惑うと、彼は視線を逸らしながら短く吐き捨てた。
「…別に。あんたに死なれると仕事が増えるだけだ」
冷たく切り捨てるような言葉。
けれど――その奥に、不器用な優しさを感じてしまう。
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げる。
天音が頭を下げると、彼は背を向けた。
思わず声が出る。
「――あのっ!」
彼の足が止まる。ゆっくりと、怪訝そうに振り返った。
「あなた……退魔師なんですよね?」
「……だったら?」
冷たい眼差し。
けれど、天音は勇気を振り絞り、言葉を重ねる。
「私……退魔師を目指してるんです。どうしたら…なれますか?」
必死な声。
彼はしばし黙り込み――そして冷酷なまでに突き放す。
「あんたには無理だ。首を突っ込むな」
それだけを残し、彼は闇に溶けるように姿を消した。
残された天音は護符を握りしめ、胸の奥を締めつけられていた。