第4話 配信者バレの危機、俺は顔出ししない
「葵くん、やばい、めちゃくちゃやばい。朝から心臓の音がバスドラムなんだけど」
言いながら、奏真がスマホを差し出してくる。
「うるさい」
「違う、今回は本当に、洒落にならない。こっち見て」
画面には、見慣れた配信の切り抜き映像が映っていた。
──昨夜、深夜に俺がアップしたやつだ。
「……なんでこれ、こんなに数字伸びてんの?」
「再生が十万超えてる。コメントもめちゃくちゃついてる。“泣いた”“鳥肌”“声だけで殺された”って」
「最後物騒すぎ」
「で──下のほうに、これ」
奏真の指が、ある投稿のスクリーンショットを指す。
《これ、昨日あの俳優が『最高の声を見つけた』って書いてたやつじゃね?》
「……は?」
顔を上げると、奏真はうっすら冷や汗をかいていた。
「昨夜、感動しすぎて……ちょっとだけ、感想を書いちゃって……」
「どんな感じに?」
「世界で一番好きな声に会えた。もう一生聴いていたい……的な……」
「お前が死ぬぶんには構わんが、それ俺のことだってバレてんじゃねーか」
「名前は書いてないもん!」
「逆に分かりやすいわ」
「ごめんなさい……」
ソファに倒れ込む。
顔も名前も伏せてきたはずだったのに、こんな形で身元バレの危機が訪れるとは。
──よりによって、居候の感情ダダ漏れポエム経由で。
「……もう歌えないかもな」
ぽつりと漏れた一言に、空気が変わる。
「やめないで」
奏真の声が、静かで真っ直ぐだった。珍しく、冗談の影がなかった。
「俺のせいなのは分かってる。でも、葵くんの歌が消えるなんて無理だ。俺が無理。守らせて」
「どうやって」
「全部対処する。俺のせいで注目されたなら、俺が打ち消す」
「できるのか?」
「やってみる。……あとで後悔したくないから」
***
朝食:卵雑炊(胃に優しい。胃に刺さる失態のあとに最適)
そして、緊急対応ミーティング開始。
作戦内容は以下の通り:
・昨夜の“感情語り”投稿を削除(魂ごと)
・葵の歌声と人物像が結びつかないよう、あらゆる痕跡を削除
・配信環境をぼかすため、機材配置を変更
・今後の投稿では一切それらしい発言をしないことを契約(口約束)
「これで、少しは安心できる?」
「……たぶんな」
「とりあえず今後は“世界一”とか“生きててよかった”とか、そういう言い回しは控える」
「それ以外にもいろいろ控えろ」
「はい……」
水を飲み干し、ふとため息が漏れる。
「お前さ、なんでそこまでしてんだ」
奏真は箸を置き、少しだけ沈黙したあと、静かに答えた。
「たぶん俺、葵くんの声に救われたって思ってるから」
「……」
「きれいとか上手いとかじゃない。あの一分、ちゃんと胸に刺さった。だから、なくしたくない」
たった一分。
それでも、誰かを動かすほどの力があるなら──
少しくらい、意味があるのかもしれない。
「まあ……今さら全部消す気もねえけど」
「ほんと?やめない?」
「ああ。だから、お前は黙ってろ」
「はいっ」
「声がデカい」
「しーっ」
騒がしい。ほんとにうるさい。
でも、いまこの部屋で、俺の“声”のことを一番真剣に考えてくれているのは──たぶん、こいつだ。
***
夜になると、奏真はそっとソファに移動し、毛布をすっぽりかぶった。
ブランケットの中で、もぞもぞと何かが動いている。
「……何してんだ」
「俺、音を吸収する壁になる」
「ミノムシかよ」
「忍者です」
「黙れ忍者」
「無音にて失礼」
喉をさすり、イヤホンを装着する。
目の前にはマイク。隣には、布にくるまった騒音源。
──たぶんこの先も、バレるリスクはずっとつきまとう。
でも、ここで歌うことをやめたら、それこそ“誰の声でもない”まま終わる。
だったら今日も、一分だけ。
誰にも届かなくてもいい。
でも──もし届いたなら。
その誰かが、ほんの少しでも、笑ってくれたら。
録音、開始。