世界の名前は『ファンタジー』
本当は大通りまで来たら『リザルト革店』で鞄を買いたいけれど、おばちゃん家で昼食をご馳走になるから一度家に帰る。
お漏らししたミーアに浄化を掛けて、ゆっくりと歩く。
領都で商売をするなら『南門の大通り』と言われている。
各種ギルドや有名店や優良店が集まっており、地価も高く人気の大通りだ。役場や奴隷商もこの通りにある。
土地の真ん中には領主館と領主邸と教会と孤児院と学校があるので一等地だが、その近隣も貴族や富裕層が住んでいて価値の高い土地だ。
領都は広いので『南門の大通り』だけで商売をしている訳じゃないけど『成功者の地』として有名な為に商売をする人にとっては憧れの土地だ。
実際に、この大通りに店を構えているだけで信用があると見なされて、商人や旅人に人気がある。
土地勘のある人は、やっぱり近場で安く買い物をしたいから、西・東・北の地域で買い物をする。
東地区は職人街が有り、職人達で賑わっている。
北と西地区は、食肉と各種素材を取り扱っており、商人や食肉屋さんが多い。あと、地価が安いので住宅が集まっている。
おばちゃんに元気よく迎えられて、昼食をいただく。
「あれよあれ、セーレちゃん、変な人が歩いているって言ってたでしょう?どんな人達かが分かったのよ!」
ミーアの食事を手伝いながら、おばちゃんが言った。
知っているけれど、知らないフリをする。
「変な人は誰だったの?」
おばちゃんは興奮した顔で言った。
「幼年学校で習っただろう?神学で。【世界の改変】を!その奇跡が起きたのさ!私達の世代で神の奇跡が起きるなんて夢みたいだねぇ」
おばちゃんは、ほうっと、熱のこもった息を吐き出した。
「それでね、今まで隠れていた『犯罪者』が変な人の正体だったって話だよ!たぶん、詳細は教会か領主様が発表するんじゃないかって言われてるみたいだよ」
「わぁ!凄いね!」
「そうだろう!凄いだろう!歴史の目撃者だよ!」
おばちゃんは興奮しているけれど、私が棒読みになるのは許して欲しい。嘘は苦手なんだよ。
「きっと、この領都も暮らしやすくなるねぇ」
おばちゃんは平和主義者だ。
多分、探索者や兵士以外は大抵の人は平和主義者だと思う。私も平和主義者だからだ。
世界を大体創り終えた所で、地球で私が死んだ後の小説や漫画の内容が知りたくて、地球と細く繋がっている道を辿って情報を仕入れて読み込んでいた。
……第三次世界大戦が起こるまでだったけどね。
当然日本はアメリカについたけれど、ロシアと中国との結託が強くて、大惨事になった。
第二次世界大戦の広島・長崎の悪夢が各地で行われたのだ。
【核の使用】
日本人も平和ボケしていて、アメリカの言いなりだったので、小蠅を潰すように核をばら撒かれて、地震どころの騒ぎじゃなかった。
『政府の機能停止』
が、当然のように起こり、食料自給率が低い日本の生活は成り立たずに、農村部の人達だけが生き残り、細々と目立たずに生きてきた。
日本人の約8割が死んだのだ。
日本国の終わりである。
結局世界大戦は泥沼の戦いになり、自然消滅するように戦争は終わった。
争いを知らない世代は戦争の終わらせ方を知らなかったのだ。
核の汚染を受けていない地域で日本人は生きて、明治・大正・昭和の農村部のような生活が始まった。
娯楽は子作り。
人工減少を補うように大家族に発展していき、独自の文化を築いた。
まあ、人間が、がむしゃらに生きればなんとかなるものだ。
私は平和な時代の地球で生きれたことを幸運に思えた。
第三次世界大戦が起きるまで約100年近く、日本のオタク文化が花開いたからね。
心の渇望が無くなるくらいに読み漁った。
まあ、地球の話は置いておいて、この世界は私の夢見た『ファンタジー世界』だ。
世界の名前はいつのまにか【ファンタジー】となっていた。世界の住民よ、ごめんよ。私が悪かった。
神託はしていないから、各大陸の名前だけが独自に名付けられたようだ。
大航海時代は、まだ始まっていない。
たまに漂流者が海岸にたどり着くので、他大陸が有るのは知られている。
海にも魔物がいるので、大航海時代は起きないかもしれない。
ちなみに、海の魔物の魔石は貴重品だ。水揚げされない限りは手に入らないからね。
小さな魔石はクズ魔石だが使い道はあるので最後まで使用されている。
魔石は使用すると小さくなり、やがて無くなり空気に溶ける。
魔力が形を持った物の事を魔石と言い、魔物の身体に魔石が出来るのは『結石』のような物だ。体内の魔力が固まり、生きた年数だけ大きくなる。あ、ダンジョンには適応されないけどね。
人種にも勿論あるが、骨と共に埋葬される。
地面に埋められて、地脈を通り、世界に帰る。
この世界では自然な事だ。
ある地域では【形見】として大切に死人の魔石を持つことがあるが、人の魔石は風化するので空気に帰る。
人も、魔物も、最期には世界に帰る。
そのように、創造神たる私が創った。
そして、採掘資源も無くならない。
『生き物』の数だけ魔力パターンがある。
使用した魔力は流れて、山に吸い込まれて、鉱物が出来る。
そして、世界は広い。
一つの山を切り崩すだけで何十年もかかる。
そのうちに、放棄された土地を創造の力で隆起させて、新たな山を創る。
私が死ななければ、この世界は安泰だ。
だから、転生の渦に私が飛び込んだ時に、他の神達は悲鳴を上げたのだろう。【世界の終わりだ!】と。
私は人に生まれ変わったが【創造神】なのは変わらない。
10歳で創造神として覚醒したのを誰よりも喜んだのは神々だろう。
少し、魂、というか、私の内面は変質したが、それだけだ。
神々はいずれは私が天界に帰って来ると思っているだろう。
でも、今の私は天界に帰りたくない。
今後どう気持ちが変わるかはわからないが、自然に身を任せればいいだろう。
「おばちゃん!今日も料理、おいしかったよ!ありがとう」
「いーよ、いーよ。そう言ってくれると、作り甲斐もあるものさ」
ミーアを素足エリアに座らせてから、食事の後を片付けてくれる。
私も素足エリアに行き、ミーアを構う。
少し口元が汚れていたので浄化を掛けて、ミーアの小さい手を握る。
爪が小さすぎて神秘だ。
幼い子の身体には沢山の可能性が詰まっている気がする。
まだ、表情の乏しいミーアが、好きに感情表現出来るようになればなと、未来を夢想する。
成長すれば、どんなレディになるかな?
「お姉ちゃん。お姉ちゃんって言ってみて?」
「むー、にゃんにゃん!」
「にゃんにゃん」「にゃんにゃん」と、ミーアは楽しそうだ。小さな足で弾んでいる。
ミーアは転んでも泣かない。
頑張って、自分で起き上がって、よちよちと幼児歩きをする。
30分ほどミーアのお腹を落ち着けさせてから、おんぶ紐でおんぶして立ち上がり、おばちゃんに声を掛けて家を出る。
行き先は『リザルト革店』だ。
役場が機能していないので、家が買えないから、もっとお金を貯めて安心が欲しい。
収納鞄をたくさん作って、儲けるぞ!
地球で暮らしていた頃は30分歩くのも辛かったが、この世界の住人になれば40分歩くのも苦ではない。普通のことだ。
建物だらけの壁内は、死角が多くて危ないから、慎重に歩かなくてはならない。
ミーアをおんぶしていて転けたら、私1人の怪我で済まないのだ。
『慣れた道ほど気をつけろ』
とは、昔の人は良い事を言うものだ。
危険とは日常の中に潜んでいるものだから。
南の大通りは人も馬車も多い。
馬糞で足が滑ることもあるので注意が必要だ。
馬糞の片付けは早朝の兵士の仕事だ。見回りと兼用して行われる。
古い馬糞があれば、そこは人通りの少ない場所。新人兵士が領都の土地勘を鍛える為と、人件費削減の為に兵士がしていると言われる。
まあ、兵士は無駄に多いからね。
無駄ではないんだろうけど。
領内で問題が起これば近くの兵士が動員される。
領都の兵士は優先的に動員されるから数が多い。
領主様が年一回、王都に行っている時は大変だ。何故か街の空気が違う感じがする。
魔物被害が怖いから、領主様には精鋭の兵士が警護して旅立つ。
お父ちゃんとお母ちゃんと、お祭りみたいに見物したから教えてもらった。
なんだか空気が緊張していて、子供心に不安になった。
領主様がいない領都は、騒がしい。
お母ちゃんがいつも以上に「一緒に出かけるからね」と言っていた。
今なら分かる。
領主様、街で一番偉い人がいないから、みんな浮かれているのだ。
そして、犯罪が増える。
兵士が忙しくなり、治安が悪くなる。
でも、多分、今年は大丈夫な気がしている。
だって、母神が頑張って『犯罪者』を炙り出してくれた。
魔物被害だけに注意したらいい。
母神には感謝だ。




