神力の暴走
セーレが個室でソワソワとしていると、扉がノックされたので返事をすると、人の良さそうな中年の男性と若い女性が部屋へと入ってきた。その手には分厚い書類を持っている。
セーレの座っている席の前に中年男性が座り、その隣に若い女性が座った。
「本日担当します、役場職員のヤモーと申します。よろしくお願いします」
「同じく、クレイと申します」
セーレは浮かれていたから気が付かなかったが、役場職員が家名を名乗らない時点でおかしい事に気がつくべきだった。
この世界はフルネームで名乗るのが正しいビジネス対応だとされているが、セーレが接した大人は駆け引きで接していた事も多く、セーレはよく試されていたのが仇となった。
「セーレ・キャンベルです!よろしくお願いします!」
目をキラキラさせて大金を持っているだろう純粋そうな幼い少女。服装は普通。お買い上げ予定の家は庶民街。
何処から見ても『カモ』である。
笑いたい気持ちを抑えて、中年男性のヤモーは口を開いた。
「まずは家を買いたいとの事ですが、お伝えになった住所は役場、領主様の管理している土地なので高くなるのはご存じでしょうか?」
「役場の管理している家だとは知っていました!」
元気よく答えるセーレ。
「壁内の土地は領主様が管理している土地なので、どうしても地価が高くなり、庶民街でも賃貸が普通になっております。お買い上げになるのは、もっぱら富裕層の方々でございます。それでも庶民街をお買い上げになりますか?」
心配そうに告げる中年男性ヤモー。
裏の心など知らずにセーレはまたもや元気に答える。
「はい!買います!」
「それでは、ご希望の土地、家付きの値段ですが、アダマンタイト貨2枚になります」
中年男性ヤモーが、カルトンをセーレの前に置いた。
お金を入れるカルトンを出されればお金を入れるのが人である。
セーレは当たり前のようにお母ちゃんが作ってくれた布鞄に手を入れて、収納庫からアダマンタイト貨2枚を取り出してカルトンに入れた。
中年男性ヤモーは素早く手元に寄せて、アダマンタイト貨である事の確認を済ませると、硬貨を素早くポケットにしまい、立ち上がり、女性と一緒に部屋を出て行った。
残されたセーレは、ポカーン、である。
何をされたかの理解が及ばない。
いや、頭が理解するのを拒んでいた。
30分程時間が経ってから、やっと正気になり、何かがおかしいと思い始めて、もう30分程待ったが誰も来なかった。
待つのに少しイラついていたので、素早く立ち上がり部屋を出て、先程対応してくれた受付男性に文句を言った。
「すみません!先程対応してもらったのですが、覚えていますか?」
男性は普通に答えてくれた。
「ああ、薬師ギルドカードを提示してくれた子だね。覚えているよ。用事は済んだかい?」
セーレはちょっとだけ冷静になった。
「個室に案内されて待っていると、役場職員のヤモーさんとおっしゃる中年男性とクレイと名乗る若い女性が来て、土地と家を買う確認をした後にカルトンを出されたので、お金を入れたら、その硬貨をポケットに入れて2人共部屋から出て行ってしまいました。それから1時間程待っていても誰も来ません。どう言う事ですか?」
男性は困った顔をした。
「お嬢ちゃん、役場には中年男性ヤモーもクレイと言う名前の若い女性もいないんだよ。役場での勤めが長いから確信を持って言えるよ」
それを聞いてセーレは焦った。
頭の中に「詐欺」と言う言葉が浮かぶ。
「担当者を呼んで下さい!役場の中で詐欺が行われています!」
初めに受付男性は取り合ってくれなかったが、セーレがしつこく言うと、しぶしぶ担当者を呼んでくれた。
その人達はセーレの知らない人達だった。
犯罪被害者になったセーレは混乱した。役場で詐欺に遭った。通報しないと、と。
セーレは役場を飛び出したが、背中から可愛い声が聞こえてきて、少し落ち着いてゆっくり歩き出した。
ミーアの甘い声が聞こえてきたのだ。いきなりセーレが走ったので少し興奮したらしい。
役場の近くは利便性が良い。
兵士をすぐに見つけて、被害報告をして一緒に役場に戻った。
そして、同じ受付男性の元へ行った。
「役場の中で詐欺が起こるなんて有り得ないですよ。子供が言っている事ですし」
受付男性がそう言うと兵士2人も困り出した。一理ありと思ってしまったのだ。
兵士が優しく話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、嘘を言って無いかい?」
セーレは憤る。
アダマンタイト貨を2枚取り出して見せた。
「お金持ちの準成人の私が嘘をついたとでも言いたいのですか?」
兵士は驚いたようにアダマンタイト貨をまじまじと見た後に、また受付男性に質問をしだした。
詐欺が役場内で、起きた起きてないの応酬になってきたので、セーレは提案した。
「役場の職員を全員集めたらいいんです。どうしても初回の犯行には見えませんでした。手口が手慣れてます」
大事件になりそうだと、もう1人の兵士が外に飛び出して応援を呼びに行った。
受付男性は役場長を呼びに行き、役場長が来たら兵士が説明する。
そうして、仕事をしていた職員達が集まり、兵士も集まって来た。
その中で、セーレは兵士と共に犯人を探し始めた。
「実は役場で騙されたと言う人はお嬢ちゃんが初めてじゃないんだ。犯人がいるなら捕まえたい。頑張ってくれ」
兵士さんが応援してくれた。
セーレは俄然やる気を出して、職員を1人1人見て行くが、犯人が見つからない。
どうして?どうして?とセーレが焦り出すと頭がぐるぐるとして気分が悪くなってきた。こんなの初めてだ。
紹介された職員を最後まで見たら、セーレは虚な表情になった顔で周りを見渡した。
全員に注目されている中で、何故か勝ち誇ったような顔の役場長がハッキリと見えた時に、セーレの張り詰めた糸が切れた。
初めはゆらっと皆が立ちくらみを起こしたのだと思ったが、次第に役場全体が揺れ始めて、日本で言う震度6強並の大地震になって、人々はパニックになり、棚が倒れたり、真っ直ぐ立っていられなくなった中で、セーレだけが立っていた。いや、正確には浮いていた。
『創造神!落ち着いてください!犯人は捕まえますから!創造神!?』
地脈がセーレの創造神の神力のせいで乱れて、気がついて焦った母神の言葉もセーレには理解出来なくなっていた。
その時、父神が初めての神降ろしを行使した。
浮いていたセーレは男性に抱きしめられた。
それは、セーレと一緒に犯人探しをしていた兵士だった。
「『創造神、落ち着きなさい。君の肉体と君の妹が死んでしまうよ。さあ、私と神力を同調させて』」
地震はセーレ(創造神)の神力の暴走で起こった。
人の身で神力を行使し続ければ受肉した身体が壊れてしまう。
父神は創造神によって創られた。
創造神の神力に創られたので、父神の神力は創造神の神力そのものだ。
父神として創られただけあって包容力は世界一だ。
泣き叫びたいのに、泣き方が分からなくなって暴走してしまった創造神を父神の神力が包みこみ、セーレに安心感を与えていく。
ついでに、地上に降りたおかげで鋭敏になった感覚で、我が子(創造神)を害した犯罪者に【奴隷】としての見せしめを行う。そして、創造神が頑張って儲けたお金を取り戻して、セーレの母が作った布の鞄に入れた。
父神の神力とセーレの神力が同調して、揺れは、段々と収まってきて、それと共にセーレの意識が遠ざかっていく。
人の身に神力の暴走は耐えられなかったのだ。
「『お眠り。愛しい子よ。目覚めたら、全て片付いているから』」
父神が乗り移っている兵士にセーレは身を預けた。
建物の揺れは、いつのまにか終わっていた。
その時、いつもセーレの近くで、大司教命令で監視、もとい、セーレを見守っていた神官2人(内1人は聖騎士)に神託が降りた。
地震は役場だけが揺れていたので、近くに居たが役場の中に居なかった神官2人は無事だったのだ。
何かが起きている事だけは見てわかったが、激しく揺れている役場には近づけなかった。
【私は父神だ。我が子に害なす犯罪者に目印をつけた。役場の悪事を徹底的に追求せよ!役場の職員を許すな!】
唐突に神託を受けた神官は蹲った。
いや、普通の信託なら蹲るほどの衝撃は受けないが、神託は頭に響き、神の声を焼き付ける。怒り混じりの父神の信託には神力が微弱にのってしまって神官には負担が大きかったのだ。
「ゔ、ゔゔっ、き、聞こえたか?」
蹲っている1人が声を掛けた。聖騎士だ。
蹲っているもう1人の神官が声を出す。
「ぎごえだ」
2人共ダメそうだ。
2人は、よろよろと立ち上がり、神官である誇りを胸に大司教まで信託を伝えて、領主協力の元、領主館兵士を総動員して役場に向かい、役場の職員を捕らえていった。
その中で、気味の悪い者達が22人居た。
光っているように見えるのに、身体が黒いモヤに包まれているのだ。
領主館兵士は神託の内容を聞いていた。
【犯罪者に目印をつけた】とはコレじゃないか?と。
この22人には徹底的に追求がされた。多少、拷問になってしまったかもしれない。ステータスを調べたら【奴隷】になっていたのだ。遠慮は無用だ。使えなくなっても構わない。だって神託を受けた重犯罪者だからだ。
セーレは父神の力によって、リーバ家に運び込まれた。
ミーアは潰れないように保護されていたので無事だ。
父神が天界に帰ると、父神が乗り移っていた兵士が倒れて、丸2日間、目を覚さなかったが、起きたら全身筋肉痛で動けなかった。要介護である。




