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『アイ』

 深夜。

 インジード領の領都アスペル、全ての門は閉ざされて夜警の兵士しかいない街に、ごく普通の馬車が『ウィアット薬店』の前に乗りつけた。


 緊急の患者がいる場合には、よくある事なので兵士と周辺住民は気にもしない。


 街灯の無い街には馬車から照らされるランプ以外には灯りは無かった。


 人影が馬車から素早く降りて、薬店の中へと入って行く。


 馬車は帰りの為に動き出して、方向転換して戻って来た。今度は目立たない薬店の裏口に馬車をつける。


 薬店の中には店主・ロザリオが来客を出迎えていた。

 防音の商談室へと案内してから、見ていたように妻のハルがお茶を運びこんで、軽食と一緒に、訪れた尊い人の前に並べてから、店主・ロザリオの隣に座った。


 こうして『アイ』の活動中は堅苦しくしないのが普通だが、最低限の礼儀は必要だ。

 とにかく早い報告が求められるので、本当に最低限だが。


 尊き方の許しなくソファに座ったのが良い例だ。


「今日は良い知らせがあると来た。ガッカリさせるなよ?」


 少し楽しそうに告げたのは、インジード領、領主のウィリアム・インジードだ。

 出されたお茶や軽食には手をつけないままだ。


 緊張した面持ちの店主のロザリオが口を開いた。


「はい、本日、貴方様のお求めになる薬、Sランクキュアポーションで、作られたばかりの優良ポーションです。妻と二重に鑑定で確認しましたので、本物にございます」


 これには事態を瞬時に理解した領主の顔に驚きの後に笑みが浮かび、思わず腰が上がってしまいそうになってしまった。


「なんと!!なんとなんとなんと!めでたき日だ!ガロン!早く鑑定せい!」


 ガロンと呼ばれた側近が近づく。文武両道の者で領主の信頼も厚い男だ。


 机の上に置かれた薬瓶をガロンが手に取り鑑定する。


「領主様、Sランクキュアポーションにごさいます。4月20日に製作された物に間違いありません」


「おお!おお!おお!神よ!」


 一同は領主の感情が収まるのを静かに待った。



 ◇◇◇



 ほんの少しだけ、気まずそうに領主が口を開いた。


「すまん。落ち着いた。Sランクキュアポーションを良く手に入れてくれた。褒美を取らす。何が良い?何でも言って見せい」


 店主が頭を下げて言った。


「妻からの要望がありますので、お耳を傾けていたければありがたいです」


「今日は機嫌が良い。何でも言ってみせい」


 妻のハルが軽く頭を下げて言った。


「妻のハルにございます。Sランクキュアポーションを卸しました者と報酬の約束をしています。

 前回の王都クレバーオークションに出品されましたSランクキュアポーションの6割の金額をいただけますでしょうか?」


 領主は機嫌良く了承した。


「それは承知。満額出してもいいくらいだ。6割は持ち込んだ者の報酬であろう?そなた達の報酬はどうする?」


 妻が更に頭を下げて言う。


「どうか、持ち込んだ者を詮索しないでいただきとうございます!さすれば、定期的に高ランクポーションを卸してくれると契約致しました!」


 領主は難しい顔をして黙った。

 ダンジョンに潜った探索者なら功績を誇る事はあれども隠す事はない。いや、どの階層でも偶然に宝箱を見つける事があると言う。実力の無い者が身バレしないように遠方に持ち込み換金したのではないか?財産を持っているのを隠したいのか?

 Sランクキュアポーションを作れる者は限られている。この領内に居を構えているのなら貴族の横槍を嫌ったか?


「怒っているわけでは無いが、理由を述べよ」


「はい!どうやら、取り引きしていた商人が亡くなり、薬師ギルドに持ち込んだ所、300万エンで買い取られ不満に思い、新たな販売先を探している所に弟子の知り合いが私共の店を紹介してくれて、手に入れたSランクキュアポーションにございます。

 どうやら目立ちたくないらしく、契約も弟子の名前でしております。そっとしておいてはくれないでしょうか?新たな高ランクポーションが持ち込まれた際には王都クレバーオークションの落札価格の6割で領主様に卸すことを、ここに約束致します!」


 領主はふむ、と、考えた。

 自領に腕の立つSランクキュアポーションを作れる者がいるのだ。『アイ』は裏切らない。どうやら、この薬店の『アイ』はとても無欲のようだ。

 だが、褒美を取らせずに原価の6割でポーションを譲ってもらうのは貴族の風上にも置けない所業だ。

 【功績には褒美を取らす】普通のことだ。

 そうやって『アイ』との信頼を築いている事実もある。

 だが、『アイ』は薬の作成者を探るなと、守ろうとしておるが、緊急時は……知ってしまったからには頼りにしたい。要は『縁』を繋ぎたいのだ。


 うーん、どうしたものか。


「とりあえず契約書を見せい。それから考える」


 妻の方が立ち上がり、備え付けの棚を探った後に1枚の紙を持って来た。

 魔力を纏っているので魔法契約をしたのだろう。


 妻がそっと領主に差し出した。


 領主は魔法契約書を読み込む。


 ふむ、普通の契約書だ。

 この店に6割で卸すと書いてあるし、身元の詮索はしないと書いてある。

 魔法契約の抜け道は、こうして契約書を他者に見せれる事だ。契約者本人では無い者が契約者を探せば罰則は無い。

 この魔法契約をした者は無知だな。

 魔法契約を知り尽くした者は最後に一文を追加する。


【この魔法契約書を誰にも見せない、教えないこと】と。


 契約者は弟子だな。この者を監視させれば身元が分かる。

 名前は『セーレ・キャンベル』。


 ん?何だ?何かが頭に引っかかる。初めて知った名前のはずなのに、なぜ、聞いた覚えがあるのだ?

 何処だ?何処で聞いた?


 領主は記憶を辿るように頭を押さえた。

 領主たる者、直感や勘は馬鹿に出来ない。


『神の怒りです!!』


 そうだ!神の怒りが落ちたと教会から報告があったので、緊急に大司教と会談したのだ!


 その中で、大司教に「関わるな。見守れ」と言われた10歳の少女の名前だ!「神子やもしれませぬ」と言っておった。

 それで、「関わるな」と教会からおふれがあったのを忘れておった。我が領民の話なのに……。


 どこまでがタブーだ?遠目からみるだけなら神の怒りに触れないか?


 一度、教会に聞きに行くか。

 確か「教皇案件だ」とも言っておったからな。不自然ではなかろう。


「契約は問題ない。詮索はしないでおこう。その上で、褒美は何が良い?私を不実な領主にしないでくれよ」


 頭を下げたままだった夫妻は目をまあるくした。


 要望が全て通った上での褒美だ。考えてもいなかった。


 時間をかけられないので、要望が無ければ金銭での褒美となった。

 とりあえずの取り決めは、王都クレバーオークションの落札金額の6割を製作者に。2割を『ウィアット薬店』に報酬として支払う取り決めがされた。


 そして、翌日。

 領主の長男にSランクキュアポーションが与えられ、その場で飲み干した後に、目が見えるようになり、すぐさま上手く動かない体と長年離れていた書類作業のリハビリを開始した。


 復帰にはもう少し時間がかかりそうだ。



ーーーーーーーーーー



 今日は、家を買いに行くんだ♪


 収納鞄の報酬を手に入れたので、きっとアダマンタイト貨4枚で家が買えるはず、と役場まで行く道をミーアをおんぶして歩いていた。

 ミーアは自分で歩けるし、手を繋いでやれば楽しそうに小走りもする。

 だが、遠出はさすがに疲れるし、時間もかかるので、セーレがミーアをおんぶしている。


 今日の朝は、おばちゃん家に梨を3つ、持って行った。

 最近おばちゃんは、セーレが持って行く果物を嬉しそうに受け取ってくれて、楽しみにしているようでもある。


 今日はあいにくの曇り空だが、セーレの胸は温かい。いや、熱いかもしれない。

 とにかく、家を買うんだと、当初の目的が達成されそうで燃えている。いつもより早歩きだ。気持ちが早いている。


 お母ちゃんが馬車の事故で亡くなったから、セーレは道を渡る時は慎重だ。ミーアをおんぶしている。自分1人の命ではないのだ。日本の小学生になったみたいだ。


 役場に着いて、受付に用件を伝える。


「家を買いに来ました!」


 セーレは嬉しさが声に出てしまった。


 受付の男性は二度も用件を聞いて来た。

 そして、身分証の提示を求められたので、薬師ギルドのギルドカードを見せてやっと信用してくれた。


 大きな買い物で大金のやり取りがあるので、別室の個室に案内された。


 それはもう、ソワソワとにまにまと。


 浮かれた心が砕かれるまであと少し。

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