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どうしてだか、何故だか、泣けた話。

作者: ninjin

 深夜23時30分の少し手前、僕は電車を降り、駅前のドラッグストアに向かっていた。




 ――随分遅くなっちゃったなぁ、でも、まぁ何とか終電前、御前(午前)様にならずに帰って来られたし、明日は休みだ、ビールでも買って帰ろ・・・




 そんなことを考えながら、県道沿いの24時間営業のドラッグストアを目指してとぼとぼと歩く。




 辿り着いたドラッグストアは、週末の夜だからなのか、思った以上に店内にはお客の姿があった。




 ――週末、皆、暇か? まぁ、俺も他人のことは言えないけどさぁ・・・





 目的のビール、それから麻衣子さん用の缶チューハイ(ほろ酔い「カシスオレンジ」)、そしておつまみの6Pレアチーズケーキを買い、またとぼとぼと家路に就いたのだった。






「ただいまぁ」


「おかえりぃ、遅かったねぇ・・・、疲れた?」




 麻衣子さんがスリッパをパタつかせながら玄関まで出迎えてくれたので、「うん、少し疲れた、かも」、そんな風に答えてから、手に持っていた買い物袋を手渡した。




 靴を脱ぎながら、何だか不自然な視線を感じた僕は、ふと顔を上げ、麻衣子さんを見遣ると、彼女はビックリなのかキョトンなのか、それとも首を傾げているのか、はたまた目を見開いているのか、何とも不思議な様子でこちらを見ている。




 ――どうしたの?


 僕の言葉より麻衣子さんの方が先だった。




「どうしたの?」


「え? どうしたのって・・・、どうもしてないけど・・・」


「ううん、だって、目、真っ赤よ。 泣いてたの?」




 言われて僕は、慌てて手の甲で自分の右目を擦ってみた。




 確かに涙で濡れた後の感じがする。




「・・・そうだねぇ・・・、なんかあったって言えば、あった気がするなぁ・・・」


「大丈夫?」


「ああ、大丈夫。 大したことじゃじゃいんだ、恐らく、は。 ・・・さっき、そう、今しがたあったことなんだけど、多分その所為・・・」


「嫌なこと?」


「ううん、全然、多分。 嫌なのことではない、よ・・・」


「なら良いけど・・・」


「聞いてくれる? 何があったか」


「うん、勿論、聞くわ」





 缶ビールと缶チューハイのプルタブを開けて、レアチーズケーキと麻衣子さんが剥いてくれた梨を挟んでダイニングテーブルに向かい合った麻衣子さんと僕。




 僕は話し始めた。




「このビールとチューハイを買ったドラッグストアでさ、そう、県道沿いの、24時間の。 でね、そこでさぁ、週末だからなのかなぁ、結構お客さん居てさぁ。 そんな中にね、明らかにちょっと不釣り合い? いや、言葉が変だなぁ、『釣り合い』とかじゃなくて、『居ちゃいけない』っていうのかな、そんな親子連れが居たワケ・・・。 少し疲れた感じの母親と、男の子は幼稚園児くらいかなぁ。 深夜0時にもなろうって時間に、そんな小さな子どもを連れ出すんじゃないよ、って、そんなことを思いながら、あんまりいい気分じゃなかったのは確かなんだけどさ・・・」




 そこで言葉を切った僕は、思いの外真剣な眼差しを僕に向けてくる麻衣子さんに、ちょっと焦ってしまう。




「いや、大したことじゃないんだよ、本当に。 でね、僕がお酒コーナーの冷ケースに向かおうとしてたらさ、ほら、あそこの店って、お米のコーナーがさ、お酒コーナーに向かう途中にあるじゃない? 分かる?」


「うん、何となく・・・、そんな感じだったかしら・・・」


「そう、そうなんだけどさ。 それでさ、最近『米不足』とか『令和の米騒動』とかって、騒がれてるじゃん。 まぁ、うちは君が『まだうちは有るから大丈夫。 新米が出るまで多分大丈夫』って言ってたから、あんまり気にもせずにその前を通り過ぎようとしたんだけどね。 それがさぁ、有ったんだよ、お米、今日は。 24時間営業だから、あの時間に入荷したんだと思うけど、お店のスタッフがさ、せっせとお米を並べてるワケ」




 麻衣子さんが『うんうん』と頷きながら、話の先を急かしてるみたいな様子で、僕は更に気が退けてくる。


 だって、この話、何のオチも無いのだもの・・・。




「あんまり大した話じゃないんだけど・・・」


 もう一度僕はハードルを下げる試み。


「良いから、続けて」


「あ、うん。 それでね、僕はカゴにビールとチューハイとチーズを入れて、レジの方に戻ってたらさ、そうしたら、さっきの親子がお米―コーナーに居てさ、男の子がね、ニコニコしながら、5キロのお米を抱しめるみたいにして抱えてるんだよ。 その笑顔がさ、何ていうのかなぁ、とにかくさぁ、嬉しそうっていうかさぁ、所謂『満面の笑み』っていうのかなぁ、可愛らしいのか、喜ばしいのか、初々しい・・・、いや、言葉が違うな・・・、何て表現すればいいか分からないけど、とにかくさ、その子の表情、笑顔がさぁ、何とも言えなくてさぁ・・・。母親に向かってさ、ニコニコしてるんだよ。 母親はさ、他のお客に対して気恥ずかしいのか、息子にさ、声には出さないけど『ちょっと、落ち着きなさい』って、目で合図してる感じなんだけど、息子のニコニコにやられて、母親も微笑んでるのが分かるんだよ。


 でね、それを目の当たりにしてさ、僕は、何だか、微笑ましいのと、嬉しいのと、でも何故だか切ないのと・・・。そう、何故だか、切ないんだよ・・・


 そうしたらさ、どういう訳だか、帰り道、思い出しながら、涙流しちゃったみたいなんだよね・・・。バカだよね、俺・・・」





「・・・・・・・・・」




「ただ、それだけの話・・・」




「分かる・・・。分かる、カズくんの気持ち・・・」




 どうしてだか分からないけれど、麻衣子さんの声が心なしか震えて、涙声に聞こえる。




「そう、そういえばね、今日、うちの実家から、新米が届いたの、宅急便で。 今から直ぐ炊くね。 明日、お休みでしょ? お米炊けるまで、もう少し飲みながらお喋りして、新米ご飯少し食べてから、寝ましょ。 ね、そうしよ」


「あ、うん。 そうしよう、か」




 麻衣子さんが少し目頭を親指で抑えながら立ち上がり、流しに向かう。







 炊き立ての新米ご飯と、豆腐とワカメの御御御付け、味海苔、卵焼き。




 朝食みたいな、深夜2時の二人の晩餐。




 お米の甘みが口いっぱいに広がり、僕は、そして麻衣子さんも恐らく、幸せな気分になる。







                 おしまい

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