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9.密室の検証


 私の行動原理である興味や好奇心でなく、ましてや密室に対する関心でもない。

 レイチェルの部屋を調べることで得られる全ては犯人へと繋がるものだ。

 

 カチャリと扉を開く。

 前に見た光景が一瞬頭に浮かび、ちょっとだけ身構えるがもちろん部屋に遺体はない。

 先に入ったエリックと私に続き、恐る恐るといった体でローズマリーが部屋を覗く。



「おいローズマリー、さっさと入って扉を閉めろよ」

「…あ、うん、ごめん…」



 慌ててたように部屋に入りパタンと扉を閉める。いつもより大分神妙なのは、ローズマリーにとっては初めて目にする人が亡くなった現場だからだろう。


 

「遺体はもう移動されたのだから大丈夫だよ。 でも気分が悪くなったりしたら言ってね」

「うん…、…でもリリアベル姉様は平気なの?」

「私は――、」

「あー、リリアベルは特殊だから参考にするなよ」

「なるほど」



( ……特殊って… )



 そこで納得されると複雑なんですが?


 コホンと咳をひとつ、気を取り直してまずは部屋の奥、窓際へと向かう。


 窓は、典型的な上げ下げ窓だ。鍵は形は少し違うが前世でも馴染みのあるクレセント錠。それが上下の窓の真ん中の桟についてある。もちろん施錠済みで。

 全ての窓でそれを確認してから振り返る。



「全部閉まってるね」

「だろ。 あ、何か触るなら、はい手袋」

「………、持ってるんだ」

「うん、まあ、一応」



 流石捜査官と言おうか。

 エリックから渡された白い手袋は大き過ぎるが仕方ないのではめてからもう一度窓へと向き合う。

 クレセント錠を解除して両端のストッパーを握り窓を上にあげる。カチッと音がするところでストッパーが側面の穴に固定されて、手を放しても窓は下りない仕組みだ。

 つまりストッパーが効かないところで手を放すと窓は下りてしまうということ。

 ではと、ちょうどいいものがないかと窓横のサイドチェストに視線をやって、私は「…あ」と声を上げる。



「鍵…、だね」 

「ああ――うん、ここの鍵だよ。さっき合わせてみた」

「動かしては?」

「ないよ」

「ふーん…」


 

 サイドチェストの上に無造作に置かれた鍵を眺め、私は口元に手を添える。



( 鍵はここにあったわけだ… )



 なら、私の今考えてることとも辻褄はあう。だけど取りあえずは。


 鍵の後ろに立ててあった本を一冊抜き取ると窓枠の真ん中に立て、上にあげた窓のストッパーを外す。

 当然、窓は完全に下りずに本の上で止まった。



「リリアベル? 何してるんだ?」

「だから検証だって。この本を抜けば勝手に窓は下りるでしょ? だからそうゆうこと。 じゃあ次は窓の鍵ね」

「――えっ、…いやいやっ」

「何?」

「何、じゃないし、次じゃないからっ!」

「…あのー…、姉様ごめんさない、私にも全然わからない」

「ええっ」

「いつも色んなもの端折り過ぎだから」

「そう…?」



 二人の指摘に首を傾げる。でも説明なら纏めてする方がいいかと、「後で纏めて話すよ」と断りを入れてから三度(みたび)窓へと向く。


 まずつっかえになっていた本を外す。思った通りに止まることなくタンッと窓は下りた。その後、見つめるのはクレセント錠部分。

 ツマミ部分をくるりと半回転させれば、対になる金具同士が引っ掛かり施錠するという単純な構造だ。そしてその錠がついている窓の横桟と直角に交わる縦枠の角にそっと手を這わす。



「……ああ」



 ()()()


 指先に感じる、ささくれのような引っ掛かり。その部分を見ると刃物で付けたのだろう傷がある。


 私は振り返り、二人を手招く。



「ここを見て」

「んー…?」

「傷があるね」

「そう。 それでね、ここにゴムを掛けるの」

「ゴムを?」

「ああ、…なるほど。 それで反対側を錠のツマミに掛けると」

「ええそう」



 エリックはこの時点で理解したようだが、首を傾げるローズマリーの為に指先で線を書くように傷跡とツマミ部分往復させる。



「ぐっとゴムを張った状態で、こうやって両方に掛けるの」

「でもそれじゃあ直ぐにツマミが動いちゃうよね?」

「ええそう。 だからそれが動かないように止めとく必要があるってこと」

「どうやって?」



 ローズマリーの疑問の眼差しを受け流すようにしてエリックへと向ける。二つの視線を注がれたエリックは「え、こっち?」と目を瞬かせるが、少しだけ唸りながらも口を開く。



「……多分、氷じゃないかな、痕跡が残ってないし。 板状の氷を窓枠部分に挟んでおけばどの位置にスライドしても止めとくことが出来る」


挿絵(By みてみん)


「あー……なるほど。 で、姉様も同じ意見?」

「そうだね、それしかないと思う。 推測ではあるけど」



 あの時点であれば濡れた窓枠は確認出来ただろうが、一日以上経った今ではもう遅い。 

 ただ――。

 


「完全ではないけど裏付けれる()()はあるよね」

「…ん? ――あっ! そのゴムね!」

「そう、パッとみ見当たらないし窓枠に残ってないってことは飛んでいったんだと思うけど…、 …多分、その壊れたドレッサーの方に」

「ええぇ…、…それも計算の内…?」

「どうだろう?」


 

 「うーん…」とローズマリーと顔を見合わせていれば、パンッと軽く手を叩く音がする。



「取りあえずそれは後でも探せるから。それより、」

 


 合わせた手を開きエリックが言う。



「今のは鍵が閉まってたことの検証だろ? じゃあ密室については?」

「ああ…。うん、それこそ凄く古典的な方法だよ。 糸とつっかえ棒があれば」

「あ~…、何となく理解した。 確か、この上は空き部屋だったな」

「そう、ウィルお兄様の部屋と跨る感じだけど鍵は空いてたわ」

「…もう確認してるのか」


 

 そりゃあ当然だ。密室であると確認した時に、本の中の知識からいくつかのパターンは想定している。だから簡単に調べられることは既にいくつか確認済みだ。

 エリックとそんな会話をしていると膨れっ面のローズマリーが声を上げる。



「ちょっとー! 二人だけで理解してないで私にも教えてよ!」

「ん? ああ何だ、まだわからないのか?」

「あ、何か腹立つ言い方。兄様こそ鈍感のくせに」

「は? 鈍感ってなんだよ」

「あーあー、ちょっと待って」



 ここで兄妹ゲンカを繰り広げられても困る。



「一応後で全部実際に試してみるから、今はこの部屋だけで調べれること終わらせよう。 それでいい?」

「姉様がそう言うなら…」



 不服そうではあるが仕方ないという顔で頷くローズマリー。了承をもらい次に調べるとこは倒れたドレッサーだ。


 窓から離れ飛散した破片を踏まないように近づく。

 割れて散らばったガラス片、上に乗っていただろう小物たち。椅子も倒れ、もちろん本体のドレッサーも倒れて破損している。

 


「ドレッサーなら衣装ダンス(ワードローブ)よりは軽いから私でも倒せないことはないよね」

「じゃあ、これって被害者が倒したものなの?」

「いいえ、これは――、」


「ちょっと…、あんたたち何してるのよ?」


「――っ!!」



 急に割り込んだ声にビクリと背を揺らし、皆んなして扉の方へと向く。



「ボ、ボーデンハイトさんっ」

「ああ、びっくりした」

「……なによ、何かやましいことでもしてたの? あんたたち」



 リアナが開けられた扉の前に立ち胡乱な目を向ける。それにエリックが大きく手を振る。



「やましいって…、部屋を調べてるんですよ」

「調べる?」

「ええ、密室の解明です」

「…は、何? 探偵ごっこ?」

「ちょっとっ! 兄様は鈍感だし強くはないけどこれでも捜査官だからねっ!」

「妹よ…、それ貶めてるから」



 妹の流れるような貶めに肩を落としたエリックの背をポンポンと叩き、丁度いいとリアナに尋ねる。



「それで、ボーデンハイトさんは何でこの部屋に来たんですか?」

「え? …そんなの、私の部屋は隣だもの。 部屋の主が死んだっていうのに物音が聞こえたら…――て、えっ、ちょっ、レイチェルの遺体は!?」

「移動しましたよ。 お兄様の…遺体と共に地下に」

「ああ…、…そう…」



 ホッと息をつくリアナに、逆に怪訝の目を向ける。



「でもボーデンハイトさんこそ、ここに遺体があるってわかってたのによく来ましたね?」

「え、あ、それは…」

「昨日は無理だと言って部屋を出たのに?」

「………、――…は、大丈夫なの…」

「え?」

「オカルトは! ……興味が…、あるから、大丈夫なのよ…」

「……ああ――…」



 霊的なものがいると思ったと? 

 つまりは、死体は無理だが幽霊ならイケるということか。

 ………うん、話を戻そう。



「ええっと…、今は私たちの声が聞こえたってことですよね?」

「声じゃないわ、物音と気配よ」

「じゃあドレッサーが倒れた音なんて当然聞こえますよね」

「そうよ、だから部屋に行ったのだもの」



 リアナはその通りだと頷く。確かにそれはあの時も聞いた話だ。



「ちなみに、それは私たちが来るどれくらい前でした?」

「え、…どうかしら? そんなに時間は経ってなかったかと思うけど」

「それは確実に?」

「…何よ、疑うの?」

「いいえ、そんなことは」



 そう、これもまた、本人以外は『違う』とも『そうだ』とも証明出来ない。

 でもエリックが言う限りレイチェルの遺体は亡くなってから最低でも一時間は経っていた。ならばやはりドレッサーは時間差で倒されたということ。

 

 それは、何の為に?

 

 振り返ると、エリックがドレッサーの近くにしゃがみ込んでいる。一点に注目したまま。



「何かわかったの?」

「これ、足部分なんだけど」

「…ふーん、折れてるね」



 四つある内の一つ、床に接してる――要するに前側に当たる足の一本が、中程でポッキリと折れている。



「これは加工されたもの?」



 わざわざ注目してるくらいだからそう尋ねればエリックが頷く。そして折れた足を繋げるように並べてみた、――ら。



「…なるほど、寸足らずだね」

「ああ…。 それで多分だけど、ここにも氷を使ったんじゃないかな、その寸足らず分を。――ほらここ、わかる? シミがあるだろ」



 エリックの指差す部分、微かだが床に濡れたまま放置しただろうシミがある。窓枠部分とは違い、こちらは日が当たるところではなく、乾くまでに時間がかかってしまったようだ。



「それと、――これ」



 ハイと、エリックから渡されたもの。

 ブカブカの手袋をはめた手のひらに置かれたのはゴムだ、千切れてしまっているが予想通りのもの。



 そしてこれで、全部の条件が揃った。




 


最果館【間取り】



挿絵(By みてみん)

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