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8.ジョンの証言、トレファスの後悔


 取りあえず、まずはレイチェルの遺体を移動することとなり他に男手を募る。



「じゃあロイデンさんと僕とトムで行くよ。 ああ、ジョンは妹とリリアベルと一緒にいてくれ」



 年下のエリックの指示に別段誰も意見を言うこともなく。私とローズマリーと、居心地悪そうなジョンを残し、三人は連れ立ってサロンを出て行った。


 結局、トレファスに更に突っ込んだ話しを聞くことは出来なかった。

 だけどもう一人話しを聞きたいと思ってたいた相手が、こちらから訪ねなくともやって来てくれたのは幸先が良い。



「ねえジョン、そんなところに立ってないで座ったらどう?」

「あ…っ、はい、いえ…」



 入口付近で所在なさげに立ち尽くすジョンにそう話しかければ、どっちつかずの返事で私たちから少し離れた席に座る。だけどそれでは遠すぎて話しがしづらい。

 私は杖を使い立ち上がるとさっさと席を移動して、改めて向き合うこととなったジョンはぎょっと驚いた顔をする。



「お、お嬢様!?」

「ちょっとジョンと話しがしたいの」

「――そ、それは…」



 私の言葉にジョンはぎゅっと眉を寄せた後、急にテーブルにぶつかる勢いで頭を下げた。



「申し訳ありません! お嬢様!」

「え…?」

「ウィリアム様をっ、…ウィリアム様を守れずに…っ」

「…ああ…」



 ウィルお兄様とあの夜共にいたのはこのジョンだ。その最期を見ているのも。



「僕が…っ、いえ…私が死ねば…、代われれば良かった…っ」



 そう嘆くジョンのつむじを私は静かに見下ろす。

 伏せてしまったからジョンの顔は見えない。だけどもしかして、こうやって誤りながらもその顔はほくそ笑んでるかもしれない。

 

 そう、疑うべきは全員。

 お兄様を殺した憎むべき対象。


 ただ、だからといってその一人一人を憎しみをもって接していては、私自身がきっと耐えられない。

 だからまずは感情に縛られない目でそれを絞り込む必要がある。

 憎むべきは、裁くべきは犯人だけだから。



「……ねえジョン、取りあえず顔を上げて。 命は誰とも代われるものじゃないわ」

「…お嬢様…」



 そろりと上げられた顔は涙やらの色んな水分でなかなかの惨状だ。これが演技であるならとんだ役者である。

 私はハンカチを取り出しジョンへと渡すと小さく笑みを浮かべる。

 


「あのね、聞きたいのはウィルお兄様のことなの。 あの夜、あの時、何があったか」

「リリアベル姉様…」



 気遣うように私の名を呼び、ローズマリーも席を移動し横へと来る。

 だけどそんな心配をよそに、私の心は不思議なほどに凪いでいる。


 私の差し出すハンカチをジョンは躊躇いながら受け取り、だけど遠慮なく使い倒すと、どもりながらもポツリポツリと話し出す。



「…あ、あの時は割と雨が強くて…、慎重に進んでたんですが…」



 それが雨のせいかどうか、橋の手前で車輪が深い溝に取られたのだと言う。

 なのでウィリアムが御者台に乗り、ジョンは後ろに回り馬車を押すという形をとったらしい。



「何度目かの押しで車輪は轍から抜けたんですけど…、だけど勢いがついてたんで馬車はそのまま前に進み僕はその場に転けてしまったんです。……そ…、そうしたら…、橋が…」



 目の前で、馬車と共に吹き飛んだ――のだと言う。



「――っ…申し訳ありません!」



 その光景を思い出したのか、ジョンは再び突っ伏すように頭を下げる。

 ジョンが犯人であるならそれは彼のせいだが、犯人でないなら謝る必要などない。

 ただその証言は他に確かめようのないもので。


 私はひとつ息を吐くと口を開いた。



「ジョンは今朝も橋に行ったのよね?」


「――え…?」



 その質問が想定外だったのか、上がった顔には戸惑いが見えた。だけど気にせず続ける。



「その言ってた『轍』っていうのは明るい時に確認出来た?」

「えっ、…あ、いえ…、確認は…してないです。けど、雨の中で皆んな沢山歩き回っていたから…」

「あー…そっか、足跡でぐちゃぐちゃだよね…」

「えーっと、姉様?」



 どういうことだ?とローズマリーが袖を引く。



「うん、その轍が故意に作ったものだったのかなぁって」

「あ、なるほど」

「でもまあ、わからなくなったんならしょうがないね」



 そしてこれ以上ジョンから聞き出したいことはない。なんせ持ってる情報が少なすぎる。やはりレイチェルの部屋を調べないと。


 そう考えたところでサロンの扉が開き、エリックとロイデンが戻って来た。

 


「ジョン、ありがとう。 トムはスティーブさんに呼ばれて裏庭にいるよ。君も後で来て欲しいってさ」

「あ…、はい、わかりました! じゃ、じゃあ、お嬢様方、これにて失礼しますっ」



 目元と鼻の頭を赤くして、ホッとしたようにいそいそと立ち去るジョンを見てエリックが胡乱な目をこちらに向ける。



「……何かした?」

「兄様ってば失礼ー」

「そうだよ。ちょっと話してただけだから。 それより、」



 言葉を切りエリックの後ろにいるトレファスを見る。部屋に入って来てから言葉を発することもなく俯き気味で少し顔色が悪い。



「ロイデンさん大丈夫ですか?」

「え? …あ、いや…」

「顔色が良くないですよ」

「リリアベル…、そりゃあロイデンさんにとってフリスさんは親しい人物なんだから」

「でも」



 まるでデリカシーのない人のような言われようだ。

 抗議を口にしようとしたらトレファスが先に口を開く。



「…ちょっと、後悔をね…」

「え?」

「ん?」



 後悔、とは?

 取りあえず代表して尋ねる。



「……えっーと、後悔?」

「…ああ、彼女ときちんと向き合わなかったことへの」

「それは…、恋愛的な意味、ですよね?」



 たかだか一日ほどの付き合いでもわかったのだ、告白等があったかはわからないけど、同僚として長く付き合っていれば言わなくとも相手の好意は何となく察するだろう。だからこそトレファスは苦く笑う。



「自惚れと言われればそれまでだけど、間違ってはない…と思う」



 言う通りに間違ってはないと私も思う。けど。



「ロイデンさんには恋人がいるんですか? それか好きな人とか」

「おいリリアベル、あんまり不躾な質問は」

「だってフリスさんは綺麗な人でしょ? 見た目は」

「…何か含みがない?」



 エリックの怪訝な声はスルーして続ける。



「そんな人にアプローチされたら、普通はその気になるものじゃないですか? ――あ、もしかして好みではないから?」



 それならば仕方ないこと。

 私の疑問にトレファスは苦みを顔に浮べたまま答える。



「そうではなくて、ただ…、今は誰とも恋愛したいとは思わないんだ」

「へえ…」

「それでも向き合ってきちんと話すことは出来たはずだ。 面倒だなと放置した結果がこれだ、もう彼女と話すことは出来ない」

「………」



 そうだ、その通りだ。亡くなった人とは話すことは出来ない、もう二度と。

 つられて下がる視線。そして頭上から降った声は微かに震えていて。



「…結局、二度も同じ過ちを繰り返してしまった」



 小さく呟かれた言葉は誰かに向けてのものではなかっただろうけど、それを拾った私は視線を上げる。

 


「同じ過ち?」

「あ…、いや…、何でもないよ」



 しまった、というようにトレファスは首を振る。何だろうか? 他にも女性関連でのトラブルがあったのだろうか?

 だけど『()()』というのならその対象はレイチェルで、更に彼女が亡くなってるとくればあまりいい想像は出来ない。

 確かにこれだけ男前であれば女性とのトラブルも多そうではあるけれども。

 


「――にしても、兄様よかったわね」

「ん? 何が?」

「ロイデンさん、恋愛に興味ゼロだって」

「ちょっとニュアンスが違うだろ?」

「そこはいいの! じゃなくてっ、リリアベル姉様のこと」

「は? 何でそこから急にリリアベルが出てくる?」

「ええ……」


「………」



 ローズマリーが無言になるが私も無言になる。

 そして視線を合わせていたトレファスも同情からか眉尻を下げる。つまりエリック以外の全員はちゃんと意味を理解してるわけで。

 ……物凄くいたたまれない。



「……ねえ、エリック。そろそろフリスさんの部屋に行きたいんだけど?」



 話しを逸らすよう言うと、エリックは「ああ…」と頷きトレファスへと顔を向けた。



「ロイデンさんはどうしますか? 立ち会いますか?」

「いや、僕はマクファーソンの様子でも見て来るよ」

「お一人で大丈夫ですか?」

「はは、心配してくれてありがとう。 だけどこの屋敷の中では僕が一番腕っぷしはあると思うんだ」

「確かに」

 


 頷くエリックとは違い私にとっては複雑である。要するに彼が犯人であった場合は手こずるってことだから。

 ただ先ほどの顔色の悪さは演技では出来ないものだ。



「じゃあ君たちこそ、ちゃんと三人纏まって行動するんだよ」

 


 前にマクファーソンに言われた引率の先生如くのセリフを口にして、トレファスは先にサロンを出て行った。

 「――さて」とエリックが声を上げる。

 


「それじゃあ移動するけど、ローズマリー、お前どうする?」

「どうするって?」

「ついて来るか、部屋に戻って鍵閉めておくか」

「そんなの、もちろんついてくわよ。それに鍵閉めてたって無駄でしょ? だって今から行く部屋は密室だったんだから」

「あー…、…だな…」



 エリックはポリポリと頬を掻く。安全な逃げ場がどこにもない、それは完全に詰みだと言う事。

 話してる内容はなかなかなのに、それに伴うほどの緊張感がないのはいつものこと。



「だから、それを今から検証しに行くんでしょ?」

「「え?」」



 兄妹で同時に顔を向ける。私はピシッと指を立てた。



「あれが他殺ならば密室は作られたもの。それがどうやってかがわかれば警戒するべきとこもわかる――、でしょ? 」



 うんうんと頷くローズマリーとは違い、やっぱり妙に眉を寄せるエリック。

 けれど別に説教が始まるでもなく、私が立ち上がるための手を差し出し、それに掴まって席を立った。




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