7.停滞と進展
ローズマリーが探して来てくれた杖と、エリックの介助を得て一階へと降りる。慣れれば何とかなりそうだ。
今、皆んなはこれからの行動を決める為にサロンに集まってるのだという。なので私たちも向かうと、サロン内は重苦しい雰囲気に満ちていた。
まあ当然と言えば当然だろう、なんせ二人も亡くなっているのだから。そして。
この中に、必ず犯人がいるはずだ。
サロンに入って来た私に目を止め、トレファスが沈痛な面持ちでこちらへと来る。
「リリアベル嬢、ウィリアムのことは…、」
「はい、エリックから聞きました」
「そうか…」
「それと、倒れた私を運んでくれたそうで、ご迷惑をお掛けしました」
「…ああ、いや」
あの夜、気を失った私を部屋まで運んでくれたのはトレファスだとエリックが教えてくれた。
「こちらこそ断りもなくレディの体に触れて申し訳ない」
「いえ、そんなのいらぬ気遣いです。それより――」
私はぐるりと室内に視線を巡らす。
化粧でも隠しきれない顔色の悪さで、ソファーに座り爪を噛むリアナ。マクファーソンは窓際の席で落ち着きなく煙草を吹かし、ギブソン夫妻と使用人の三人はそれぞれ部屋の隅で俯きがちに押し黙る。一応全員いるようだ。
巡らせた視線を戻す。一番まともに話しが出来るだろう相手に。
「ロイデンさん、どうしますか? もう一度街に?」
「そうしたいところだが、川はまだ渡れそうにないんだ」
「ああ…」
そうだった。唯一外界と繋ぐ橋は崩壊した。ならば川を自力で渡るしかない。
次に続ける言葉をなくした私にエリックが言う。
「ただ明日の早朝には荷を積んだ馬車が来る予定だってスティーブさんが。 だからその時に合わせて橋で待てば連絡も取れるだろうし、その頃には川も渡れるかもしれない」
「明日…」
「仕方ないよ、移動の手段がないからね」
「……じゃあ海からは? 海岸にボート小屋あったよね?」
「残念だけどそれも川と同じだ、リリアベル嬢。今は海も荒れてて船は出せない」
要するに、完全にお手上げ状態だ。
と、私の問いに答えたトレファスは軽く肩を竦めて小さく息を吐く。
そしてそのまま手近な椅子へと腰を下ろしたトレファスにならい、「姉様、座りましょう」とローズマリーに促され、私たち三人も同じテーブルについた。
つまり今は何も打つ手なしというわけだ。
なるほど、それでこの重苦しい空気か。
私が来るまでもこんな会話が繰り返され、そのどうにもならないことに対しての、苛立ちと諦めがこの場を支配していたのだろう。
だけどそれがとうとう破られる。
「もう嫌よっ、こんな辛気臭い雰囲気!」
拳を握り締めたリアナが声を荒げ立ち上がる。
対してトレファスは苦い声を零した。
「…おい、リアナ…」
「何よっ、辛気臭いから辛気臭いと言っただけでしょ! だから私は自分の部屋に戻るわっ」
「いや、こういう時はひとりにならない方がいい」
「は? ひとりって? …どういうことよ? 何かまだ起こるっていうの!?」
「あ…、いや…」
トレファスは言葉を濁す。だけど、それではまんま肯定だ。
でも――と、私は微かに首を傾げる。
トレファスは、何をもってしてそうだと思うのか?
けれどリアナはそれについてはそれ以上触れることはせずに皮肉げに頬を歪めた。
「皆んなといた方がいいって? でもこの中にレイチェルやウィリアムを殺した犯人がいるかもしれないのに?」
「…まだ殺人だとは決まっては、」
「そんなのどっちでもいいのよ! ……ああ、それならトレファス、貴方がずっと側にいてくれたらいいじゃない」
「…それは出来ない」
「――っ! ……じゃあもういいわよ! ともかくっ、私は部屋に戻るから!」
羞恥か怒りか、青かった顔色を赤く染め、リアナはヒールの足音高くサロンを出て行った。
それに追随するように、次に口を開いたのはマクファーソンだ。
「冷たいな色男、ついててやればいいじゃねえか」
「そんな状況じゃないだろ」
「…ふん、リアナもレイチェルも結局は惨敗か…」
( 惨敗…? )
マクファーソンの零した言葉に反応を示したのか、トレファスは苦虫を噛み潰したよう顔をしかめたが何も言わず。それを眺めたマクファーソンは一度鼻を鳴らしたあと立ち上がる。
「…マクファーソン? お前も部屋に戻るのか?」
「俺は酒を探しに行くんだよ」
「また酒か…」
「…はっ、なんと言われようが飲まないとやってられねえ…。 それと、こいつらだって色々やる事があんだろ? いつまでこうやって顔を突き合わせてるつもりだ?」
こいつら、とマクファーソンが顎を向けたのは所在なさげに佇む最果館の人たち。
そこに気に掛けていたことに驚くが、ただ単にお酒を欲しくてのことかもしれない。
その言葉を受けたスティーブさんが「では貯蔵庫に取りに行きます」と言う。それにトレファスはやはり渋い顔をするがマクファーソンが言うことはお酒部分以外はもっともでもあり。
「では、自分の行動を他の人と共有したらいいんじゃないでしょうか?」
「リリアベル嬢?」
「なるべく一人にならないっていうのが一番の最善だけど、それが出来ないなら、一人での行動も誰かとの行動も他の第三者に知らせておけばいいんじゃないかなって。 牽制になるでしょう?」
公に周知されている行動であれば下手に手は出せない。だからこその牽制。
「…リリアベル」
急に割り込んだ私の言葉にエリックが眉を寄せる。エリックの心情的は多分トレファスと同じだ。最低限明日までは皆んなで一つに固まったままがいいと。
でもそれでは私の目的は果たせない。
渋面をほぐすように片手を目元にあて、「…そうだな」とトレファスが呟く。
「確かに、皆んなの行動を制限する権限は僕にはない」
「よし、じゃあ話しはこれで終わりだな。 ――おい、管理人さん、貯蔵庫とやらはどこだ? 俺も同行してやるよ」
「え、あ、…はい」
その提案はきっと私の意見を汲んだわけではなく、好みの酒を見繕うつもりだろう。「ついでに――」と酒のアテをも頼んでるくらいだから。けれどそれに便乗して、申し訳ないけど簡単な軽食もお願いする。何をするにも、やはり食わねばならない。
そして同じテーブルにつく私たち四人を残し、皆んなはサロンを出て行った。
「そういえば、足はどうだい?」
ふと思い出したようにトレファスが言う。
「…え、ああ、大丈夫です。杖があれば何とか」
「もし移動に支障があるなら運び手として使ってくれて構わないから」
「えっ、いえっ、大丈夫です、重いですし」
「いや、これっぽっちも重くはないぞ? 現場の荷運びに比べれば君は軽すぎるくらいだ」
「はあ…」
そう言われても。軽いと言われたことを喜ぶべきか、荷物と比べれられたことを悲しむべきか。物言いたげなダンシェル兄妹の視線にコホンと咳をつき話しを変える。
「そんなことより教えて欲しいことがあるんですが」
「僕に?」
「はい、ダイナマイトのことで」
「え?」
せっかくなのでと話しを振ってみる。どうせどこかの時点で尋ねようと思ってたことだ。
まず、私のイメージのダイナマイトといえば。
ローソクみたいな感じで、導火線に火を付ければそれが本体へと誘導され、着火してドカンとくる。
そう話せばトレファスは軽く頷きながらも訂正を入れる。
「まあ、概ね間違ってはいないけど。 ダイナマイトは火を付けただけでは爆発しないんだよ」
「え?」
「ダイナマイトを爆発させる為には雷管っていう、所謂起爆装置が必要なんだ。 導火線の先にそれはあって、雷管の爆発がダイナマイトの爆発を促すんだ」
「へえ…」
そうなんだと、目を瞬かす。
だけど本当に知りたいことはその先にある。
「じゃあその雷管の爆発を狙ったタイミングで、意図的に起こすことは出来るんですか?」
「リリアベルっ」
エリックが咎めるように声を上げるが無視する。
「それは…」
「例えば、ある人がそこを通った時に遠隔で爆発させるってことは? それはかなり離れた場所からでも可能ですか?」
「………」
私が何を聞きたいのかわかったのだろう、トレファスは眉を寄せて視線を伏せると深く息を吐く。
「…そうだな、導火線を延々と引いたとしても、あの雨では火はつかないだろうね。後、電気信号を送れば爆発する電気式の雷管というのも最近出だしたが、やはり雨には適さない」
「無理…、ですか?」
「……いや、仕掛けを施せば可能だと思う」
「仕掛け?」
問い返せば、ぎゅっと顔をしかめたトレファスが私を見下ろして口を開く。
「そう例えば、例えばだが。 橋を通過時に着火する仕組みは組もうと思えば組める。 糸を張っていて切れると点火するとか、振動で化学反応を起こさせ発火させるとか。多分色々あると思うが、けれどそれは推測の域をでない」
「それは証拠が、ってことですか」
「ああ。調べようにも肝心の証拠は崩壊してしまっているからね」
「確かに…」
言われてみればその通りだ。
ならば、もう一方の現場から証拠を集め、それを足がかりとすればいい。
そう思い付いてエリックをチラリと見る。その現場に入るための鍵はエリックが持っているから。
目が合うと、途端に顔をしかめたエリック。大げさに「はぁ…」とため息をつく。
「…後で、フリスさんの遺体を移動するからその時なら」
そして仕方ないというように言う。どうやら私の考えてることに気付いたみたいだ。流石と言おうか。
「――は? 急に何言ってんの兄様?」
それにローズマリーから鋭い突っ込みがはいる。まあ随分と話しが飛んだからね。
「ローズマリー、エリックの言葉は私にだから」
「え、でも姉様別に何も言って……、――うん…、まあいいわ」
そこもまた兄妹、みなまで言わずとも何か悟ったらしい。だけどトレファスには通じない。
「ええっと…、レイチェルが…?」
「ああそうだ、ロイデンさんにもお願いしようと思ってたんですよ。あの、申し訳ないですがフリスさんの遺体の移動手伝ってもらえますか?」
「や、それは構わないが…、…じゃなくてその時とは?」
「あー…、ああ…」
エリックが言い淀むので私が代わりに答える。
「フリスさんの部屋を調べるんです。橋が無理でもあちらは大丈夫のはずなので」
「調べる? 」
「ええ、フリスさんとお兄様をあんな目にあわせた犯人は同じ人物のはずですから」
「君も、あれを殺人だと?」
「ええ。貴方だってそう思ってますよね?」
今では多分全員がそう思っているだろう。口には出さないだけで。
トレファスは押し黙ったまま私を見つめる。その顔は彫刻のように整っていて、最近見慣れていた美形の中でも年齢が上な分、大人の男性らしい色気がある。だからといって別に見惚れているわけではないけど。
横からのじりじりとしたローズマリーの視線を受けながらその端正な顔を見返していると、ふいと視線が逸らされた。そして零された言葉。
「……出来ればあまり人を疑いたくない」
「…は…?」
エリックみたいなことを言う。
「でも、どうみても自然死とは言い難いですよね?」
「………」
「なら犯人がいるのが当然ですが?」
この地で通りすがりの殺人者などは考えづらい。だから当然に、犯人は身近にいる者だ。
そこら辺はわかっているのかトレファスは苦い顔をする。だけどそれを認めたくないということか。
世の中の人全てが聖人君子であるはずなどない。それにトレファスだってまだ何かが起こると思っていたはずだ。
だからトレファスの言うことはそれこそ矛盾している。
なので更にもう一声踏み込もうとしたが、丁度頼んでいた軽食が届けられ、話しは一旦ここまでとなった。




