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6.二人目の死

本日二話目です


 その夜の私の記憶は途中で途切れる。

 そして気が付いた今、私がいるのはベッドの中。窓の外は明るい。



「……?」



 起き上がると同時に部屋の扉がガチャリと開いた。



「――あ、リリアベル姉様、起きたのね」



 部屋へと入って来たのはローズマリーだ。



「ローズマリー…?」

「『ローズマリー?』じゃないわよ、姉様。 物凄く心配したんだからね」

「…心配?」



 心配されるようなことをしただろうか? と記憶を遡り、ゆっくりと、徐々に頭が覚醒するにつれ急激に起こる焦燥感。


 …ああそうだ、こんなことしてる場合でない。だって、()()()()()



 「――行かなきゃ…っ!」



 ベッドから降りようとして床に足を付ける――と、激痛が走った。



「……っ!」

「あっ、ダメだよ姉様! 足、捻挫してるから!」

「え?」

「姉様、昨日外に飛び出して行ったあと転けたりしたでしょ!」

「え、ああ…」



 でも、その後も平気だったけどと思ったが、私の表情を読んだローズマリーが顔をしかめて言う。



「気が張ってて気づいてなかっただけだから」

「…なるほど」

「それから、ウイリアムさんの件は夜明けと共に男性陣が捜索に出てるから。 もちろんエリック兄様も行ってるし、姉様のその足では邪魔になるだけだからね」



 至極もっともな意見だ。

 一夜明けて私も少し落ち着いた。ローズマリーが言うように、杖が必要だろうこの足では泥濘んだ道など歩けそうにもない。

 もどかしい気持ちが質問へと変わる。



「雨はまだ?」

「弱くはなってるけど降ってるよ」

「……大丈夫かな?」

「ええっと、それは…」



 気遣うように眉尻を下げるローズマリー。ああ、そうかと。どちらとも取れる言い方だった。



「エリックたちのこと。まだ雨が降ってるのなら川はもっと酷いことになってるかも」

「ああ。うん、大丈夫だと思うよ、夜とは違って明るいし。間違って足を踏み外さない限り…――あ、」



 ローズマリーはハッとしたように言葉を止める。その比較がもたらす()()の意味に気付いたから。


 きっと誰もが思っていても口にはしない。

 もう、お兄様は―――、



「――あ、姉様、そういえば昨日から何も食べてないでしょ? 何か持ってきましょうか?」



 パンッと両手を合わせローズマリーが言う。唐突な話しの変更はローズマリーなりの優しさだ。年下の彼女にまで気を遣わせてしまった。

 私は意識して口元を上げると小さく首を振る。



「じゃあ私も食堂に行くよ」

「――えっ、……流石に、それは…」

「ただの捻挫よ、杖さえあればいけるいける」

「ただのって…」

「ジッとしてると考え事ばかりしちゃうから」


 

 ね?と訴えるようにベッドの傍らに立つローズマリーを見上げると、「うーん…」と唸りながも諦めのため息をひとつ零す。こういう仕草はエリックとよく似ている。



「…リリアベル姉様って、時々突拍子もないくらい行動的だよね」

「あー…、そうかも?」

「そうだよ。 じゃあ、杖がないか誰かに聞いてくるから、姉様は取りあえずベッドから動かないないようにっ!」

「…はい」



 ビシと指をたて念を押されては頷くしかない。というよりこの足ではどうせ動けないし。


 杖を探しに部屋を出ようとローズマリーが扉に手を掛けると、その前に扉の方が先に開いた。



「――あ、」

「あれ、エリック兄様。戻ったんだ?」

「…あ…、…ああ、今…。 ………リリアベルは?」

「姉様? うん、もう起きてるよ」



 そう言ってローズマリーが退くと扉が大きく開かれエリックの顔が見えた。


 そして目が合う。




「………………エリック…?」



 長い付き合いだ。

 エリックが私に向けるその表情だけでわかった。


 わかりたくないのに理解して(わかって)しまった。




「………お兄様は……、」



 微かに震える私の声にエリックはぎゅっと眉を寄せ、僅かに視線を落とし答える。


 

「…うん…、見つかったよ…」



 見つかったというのに浮かない顔のその意味。



「……どこ…?」

「…うん」

「…お兄様は、どこに()()()…?」

「…今は…、会わない方がいいと思う…」

「会わない…」



 『会えない』でなく、『会わない方がいい』と言われる理由。



「……ああ――…」




 ……ああ…、ああ…、


 ――ああぁ…っ!!




「……っ!」




 急にベッドへと突っ伏した私に「リリアベル姉様!?」とローズマリーの驚く声が上がる。そして駆け寄ろうとする気配。

 その行動をエリックが阻む。



「何で止めるの!?」

「ウィリアムさんが…っ、……亡くなったんだよ、…遺体が見つかった…」

「え…っ」


 

 妹の抗議に答えたエリックの声は痛みに満ちた絞り出すようなものだった。



 ――ウィリアムお兄様が亡くなった、


 そう、お兄様は死んだ。



 約束したのに。

 今度の休みは一緒に過ごすって、

 約束したのに。


 もう、二度と叶わない。




 兄妹二人のやり取りが幾度か続けられ、そして気配が遠ざかる。パタンと扉が閉まる音の後に迎える静寂。そこに響くのは押し殺した私の嗚咽だけ。



「――ふ…ぅっ……」



 身近な人の死。大切な人の死。


 人の「死」を近くに感じることは幾度もあったけれど、()()()()()()、それを感じていたわけではなかったのだと今日知った。



 心臓が、ぎゅっと締め付けられたように痛い。


 もっと、強く言ってでもお兄様を引き止めておけば良かった。

 空気なんて読まずに我儘を言って引き止めておけば良かった。

 そうしたら、お兄様は今もここにいたはずだ。


  私の横にいて、足を痛めた私を見て、「また無茶をして」と顔をしかめ、でも直ぐ労うように優しく頭を撫でてくれただろう。


 それが今更であることはわかっているけれど。

 


 亡くなった者はどれだけ嘆こうとも願おうとも戻らない。でも。



 それを与えた者は――?



 お兄様を死へと追いやった者がいる。

 それは確実に。


 不審な振動と音を、トレファスはダイナマイトではないかと言った。そしてジョンは橋が爆発したと言った。 合わせれば橋はダイナマイトで爆破され、お兄様はそれに巻き込まれたと言うこと。

 いや…、巻き込まれたのでなく()()()()()()のか?

 

 レイチェルを他殺だとして、多分この爆破も同じ犯人であるだろう。

 お兄様を狙ったのか無差別か。状況からしたら無差別の可能性が高そうだけど、目的は何か?

 

 悲しみに満ちていた思考はいつの間にか切り替わっている。

 その原動はきっと怒りだ。理不尽でない当然の、犯人に向けての。


 だって、お兄様は殺されたのだから。


 

 俯けていた顔を上げ、噛み締めた口から「はあ」と息を吐く。そして――、



「エリック、そこにいる?」



 扉へ向けて声を掛けると、ひと呼吸あけてガチャリと扉が開き、神妙な面持ちのエリックが躊躇いがちに顔を出す。



「……ごめん…、リリアベル」

「…なんで、謝るの?」

「…絶対に連れて帰るって言ったのに…」

「ああ…、」



 それは動揺する私にエリックがくれた言葉だ。



「でも、()()()()()()()()()()くれたんだよね? …うん…、大丈夫だから、もう。 ――それで、今お兄様はどこに?」



 同じ質問を繰り返す。だけどそこに宿るのはさっきとは全く別の意志だ。

 それはエリックも感じ取ったのだろう。眉尻を下げ小さく息を零す。やはり兄妹、よく似ている。



「……どれだけ頼まれても、会わせることは出来ないよ」

 


 ドレッサーの前に置いてある小さな椅子をベッド脇に持って来て、そこに腰掛けたエリックは渋い声で言う。

 

 爆破とあの川の流れだ、遺体が綺麗なままであるはずがない。エリックが頑なにそう言うのは私を慮ってのこと。

 


「…そう、それならそれで仕方ないね」



 仕方ない。エリックの手前そう言わざるを得ないことに憤りを覚える。その原因であり元凶に。



「…ごめん」

「エリックが謝ることじゃないでしょ?」

「…でも…、……いや、うん、そうだね。…ウィリアムさんは、やっぱり海で見つかったよ」


 

 エリックも一旦気持ちを切り替えたようだ。



「ウィリアムさんの…遺体は、浜辺に馬の死体と共に打ち上げられていた。それで今は使ってない地下貯蔵庫に安置してる。 後でフリスさんの遺体も移動するつもりだ」



 もちろんこの屋敷に安置室なんてない。それにエアコンなんてものも。だけど時期は夏で、腐敗を防ぐ為にも一定の温度を保てる地下は丁度よい。

 ただそれにしても、大切な人の存在を『遺体』と表現しなければならないなんて。


 やはり沸々とした感情が私を煽る。



「死因は、溺死なの?」

「……損傷が酷いからね、それは解剖しない限りわからない」

「損傷…」



 浮かびそうになる想像を振り払うように緩く首を振る。

 


「…ダイナマイトが原因?」

「損傷のことなら多分違うだろうって。それが直接の原因ならもっと酷いことになってるってロイデンさんが言ってた。体の大きな欠損も見受けられないから、瓦礫と共に濁流に飲み込まれたのが原因だろうって――あ…、…ごめん…」



 私の眉がぎゅーっと寄ってることに気づいたエリックが慌てて言葉を繕う。

 いつもと勝手が違うのか、どうしても感情が顕著に表に出てしまう。なので一度大きく息を吐く。

 


「…ロイデンさんは詳しいんだ」

「職場で稀に爆発事故があるらしいよ」

「ああ、仕事で使うって言ってたね」



 ならば詳しくても頷けるが、それは同時にもう一つの可能性を含むことにもなる。


 そんな私の思考を読んだのかエリックが言う。  



「………もしかして…、疑ってる?」



 その言葉にパチリと目を瞬く。



「…うん、『当然じゃない』って顔だね…」



 私を見て直ぐに、複雑な表情でエリックが自ら答えを出す。

 そんなの、ダンシェル兄妹以外全員を疑うのは当たり前だ。特に今回は思い入れも強い。 

 だとしても、あまり強い感情は物事を見る目を曇らすことも知っている。程度に引く必要性があることも。



「…そう言えばローズマリーは?」

「杖、頼んだだろ。探してくるって」

「あ、…そうだった」

「でも慣れない杖での階段の上り下りは危ないと思うけど?」

「うん、だから介助の方よろしくね」



 しれっと言えば、「だよね…」と嘆息混じりの了承が返る。私はもう一度、今度は慎重にベッドから床へと足を下ろした。



「さて、じゃあまずは着替えて――」

「えっ!?」

「………流石に、着替えに介助は頼まないよ」

「………ですよね」



 籠絡色仕掛け大作戦は最後の手段で今ではない。勘違いに微妙に頬を染めたエリックにトランク()をベッドまで運んでもらい、ついでにお湯が入った大きなボウルとタオルも持って来てもらった。

 昨日は雨にも濡れ転んだりもした。ベッドへと入れられる際に誰かが簡単に身綺麗にしてくれたのだとは思うがそれでも気になる。

 本当はシャワーを浴びたいところだがちょっと無理そうなので取りあえずは体が拭えればいい。


 扉に手を掛けエリックが言う。



「外にいるから」

「ええ、着替え終えたら声を掛けるわ。少し時間掛かるかもだけど」

「ああ。 もしその前にローズマリーが戻ったら手伝うよう言うよ」

「別にこれくらい大丈夫だよ」

「……うん…、そう…」

「…?」



 急に歯切れの悪くなったエリックを怪訝に見上げると、エリックは何か言いたげな顔で私を見つめている。



「…エリック?」



 だから首を傾げ促す。

 エリックは小さな息を吐くと共に言葉を口にした。



「………リリアベルは、大丈夫かい?」



( 大丈夫? )



 たかが捻挫だ、座ったままでも体は拭けるし、時間は掛かろうとも着替えだって何とかなる。だからそう言ってるのに。

 私は心配性なエリックに向けて口角を上げる。



「何? 大丈夫だよ。今は痛みもないし」



 私の返事にエリックはやはり何か言いたそうで、でも結局何も言わず。緩く首を振ると「…わかった」と呟いて扉を閉めた。



 

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