5.濁流
「え!? フリスさんが亡くなった?」
部屋にはローズマリーの驚きの声が響く。
「えっ、何、どういう状況?」
「今はまだ亡くなったとしか言えない」
「でも兄様とリリアベル姉様の表情からしたら、普通じゃなくきっと不審死ってことだよね?」
私たちの表情からそこまで読むとは、流石ダンシェル家の人間。エリックは苦虫を噛み潰したよう顔になると渋い声で言う。
「…まあ、一応はそういうことだ」
「ふーん…。 ――で、リリアベル姉様、遺体はどんな状態だったの?」
「ん? あーえっと、外傷はないみたいで、」
「うおい、ローズマリー! それとリリアベルも説明しなくていいから!」
思わず普通に答えてしまっていた。
ローズマリーは頬を膨らます。
「兄様たちだけずるーい」
「『ずるーい』じゃないからな。 後、こういう時あまり個別に居てるのは良くないから、ロイデンさんがいるサロンに行こう」
「それよりねぇ、夕食はどうなるんだろう?」
「…お前…」
「だって大事なことじゃない」
「そうだね、ローズマリーは泳いでたしお腹はすくのは当たり前よ、エリック」
「あー、うーん…」
取りあえずサロンに行ってから誰かに聞いてみようと、ローズマリーを宥めて廊下へと出る。
真っ先に階段を下りるローズマリーの後に続き、斜め後ろにいるエリックをチラリと見た。
「さっき、こういう時って言ったね」
「え? …ああ、うん…」
「もしかして、まだ何かが起きると思ってる?」
その言葉はつまりはそういうこと。
レイチェルは他殺であり犯人がいると仮定した場合の最悪解。
エリックは眉を寄せるとローズマリーに聞こえないように声のトーンを落としてから言う。
「…可能性は高いと思ってる」
「どういったことから?」
「この場所と環境かな」
「ああ――」
「フリスさんの死が病気なら問題はなかったろうけど…」
確かに、おあつらえ向き過ぎる。
陸の孤島のような別荘。集まった人。微妙な人間関係。そして不審死。
まさに作られた舞台のようだ。
「職場の同僚ってことだけど、どういった経緯で集まることになったんだろうな」
「…うん、ウィルお兄様が戻ったら確認してみないといけないね」
話しながらで遅くなっていた歩みに、先に一階へとたどり着いたローズマリーがそんな二人を見上げて言う。
「おーい、兄様! リリアベル姉様もっ、遅いよ、早く!」
「あー、はいはい。 それとローズマリー、言っとくがレディーはそんな勢いよく階段を下りるもんじゃないぞ」
「聞こえなーい」
「なわけあるか」
妹に苦言を告げながら私を追い越し先に下りたエリックについで、私も一階の玄関ホールの床に足を付ける――と、
「!!」
「――えっ! 何!?」
「…何か、音がした…?」
足元を、空間を、微かに揺らした衝撃。そのあと直ぐに「ドンッ」と小さくこもった音が聞こえた。
それは少し離れた場所で打ち上げられた花火の音のような。
当然他の人にも届いたようで、慌てたようにトレファスがサロンから出て来た。
「今、何か…?」
「ああ、ロイデンさん。 …何、でしょうかね? 僕たちも今衝撃を感じたんですけど…」
皆で首を捻ってると、今度は不安げな様子でギブソン夫妻も玄関ホールへと顔を出した。理由はきっと同じだろう。
「多分だが…」とトレファスが口を開く。
「発破だと思うんだ。…あ、ダイナマイトの方が伝わるかな」
「え?」
「工事現場で使うから知っているが、あの衝撃と音はそうだと思う」
「ダイナマイト…の、爆発?」
「でもそんなもの、なんでこんな時間に…? それに一体何処で?」
「さあ…、それはわからない」
私の疑問にトレファスは首を振る。
まあそこは流石に答えが返るとは思ってはいなかったが。
レイチェルの死と謎の衝撃音。解けない疑問に玄関ホールには不穏が漂う。
また何かが起こるかもしれないと構える重苦しい雰囲気の中、玄関のドアがガチャリと開いた。
「ックソ! 濡れたじゃねーか、誰だ裏の戸のカギ閉めたの――って、……何だ? こんなところに集まって?」
濡れた服をはたきながら玄関ドアから入って来たマクファーソンは、ぐるりと並ぶ面々を怪訝な顔を眺めてから最後にトレファスを見た。
「マクファーソン、お前今までどこにっ?」
「あ? 裏の物置場の軒下で煙草を吸ってたんだよ。レイチェルが煙草を嫌がるだろ? うるさいからなぁアイツ」
マクファーソンが何気なく口にした名に、彼以外の皆はハッと息を飲み、トレファスが絞り出すように声を零す。
「…レイチェルは……」
「ああ、そういえば居ないな。リアナと…ウィリアムもか?」
夕方に出たまま今戻って来たとしたら先ほど起こった流れは知らなくて当然だ。
その同僚の死を伝える役目は、同じく同僚であるトレファスが担う。
「………レイチェルは……、……死んだ…」
「――は? ……お前何…」
言ってるんだ?
冗談だと思ったのだろう、呆れた顔で聞き返そうとしたマクファーソンの言葉は、再び玄関ドアが「――バン!」と大きな音をたて開かれたことで途切れる。
「――だっ、だれ…かっ!!」
声を枯らしずぶ濡れで飛び込んで来たのは馭者のジョンだ。
「…ジョン…? どうした、ウィリアム様は?」
ゼーハーと苦しそうに息を吐くジョンに管理人のスティーブが声を掛ける。
その声に弾かれるように上げられた顔は蒼白で、伝えたいことがあるようだが余程急いだのだろう、息があがってハクハクと口が動くだけ。
しかしジョンは先ほどウィリアムお兄様と街へと向かったはずだ。
それが何故今ここに?
( ……何だろう、とても嫌な予感がする… )
見兼ねたマイラがコップに水を汲んできて、それを一気に飲み干したジョンの口からやっと言葉が零れる。
「ウ、ウィリアム様が…っ!」
「ウィリアム様がどうした?」
「橋が、橋が急に爆発して、」
「橋が爆発? ――ああっ! さっきのか!」
「そ、それに、ウィリアム様が、馬車ごと巻き込まれて…っ!」
「……………は…」
……今、ジョンはなんと言った?
( …ウィル、お兄様が…? )
一瞬凍りついたように止まった空気をトレファスが破る。
「それでウィリアムは!」
「…わ、わかりませんっ、名を呼んだのですが返事はなく、暗くて何も…っ」
「クソッ! ……ギブソンさんっ、雨避けの外套とありったけの灯りを用意して下さい!」
「あ、はいっ!」
バタバタとした騒ぎを聞きつけたのかリアナが階段の踊り場へと顔を出した。
「え…、何? 今度は何なの…?」
「ああ、リアナ、今出るところだから説明は後だ」
「出るって何処に?」
「ウィリアムを探す」
「はっ?」
「おいっマクファーソン、それにエリック、ついて来てくれるか?」
「あ、ああ…」
「はいっ」
神妙な顔で頷く二人。「だから何なのよ!」とリアナがヒステリックに声を荒げるが、今はそれどころじゃない雰囲気を感じ取ったのかそのうち静かになった。
そしてスティーブがトムとジョアンナの手を借り、外套と灯りを抱えて戻る。
「トレファス様! これでいけますか!」
「ああ、ありがとう。 それと人手がいる、トム、君も一緒に」
テキパキとトレファスが指示を出してゆく中、私は――、
「………、……ベル、――リリアベル!」
自分を呼ぶ声にハッと目を瞬かせる。
「……エリック…?」
目の前で微かに眉を下げた見慣れた茶色の目が私を見ている。少しの間、思考が止まっていたようだ。
「リリアベル、大丈夫だよ、ウィリアムさんはきっと無事だから」
「…そう…、…だよね」
自分自身を納得させるように呟いた声は思ったより弱弱しく掠れていて。その動揺は下がってしまった視線の先にも見えた。
震えている指先をぎゅっと握り込む。それを、ふわっと、一回り大きな手のひらが包んだ。
「僕が必ず連れて帰るから」
「………」
手を介し伝わる温もり。
コクリと、頷いた私に「じゃあ行ってくる」とエリックの手が離れる。途端にひやりと感じる。
未だ心は自分から少し離れた場所にあるように頼りない。
残された皆んなで慌ただしく雨の帳へと出て行く男たちを見送る。
「…リリアベル姉様…」
出て行った兄に代わり今度は妹のローズマリーが私にそっと寄り添ってくれる。エリックと同じ面影で「大丈夫?」と眉を寄せるローズマリーに、少しでも安心させようと笑おうとした――、けど無理だった。
歪に固まってしまう表情。
( …だったら、 )
一度グッと口元を引き締めると直ぐに行動に出た。
男手が全員出てしまうのは危険だと判断したトレファスにより管理人のスティーブだけは屋敷に残った。そのスティーブが自分用にと持ってきた雨除けの外套に目をやる。
「スティーブさん、その外套私に貸して下さい」
「え?」
「私も現場に行きます」
「えっ!?」
スティーブが驚いている間に外套を奪い取るとサッと身に着ける。
「――あっ、リリアベルお嬢様! いけません! 外は暗くて路面も悪い!」
「大丈夫、何とかするわ!」
「ちょっ――、リリアベル姉様!?」
「ごめんっローズマリー! 戻る時はちゃんとエリックと帰ってくるから!」
引き止める手をすり抜け屋敷の外へと飛び出した。直ぐに雨粒が体に打ち付ける。そのせいでまともに目を開けてられない。
片手で顔を庇いながら、泥濘む道を懸命に進む。ランタンを持っては来なかったが、幸いなことに屋敷からの灯りがうっすらと道を照らしてくれている。
今日馬車で通った限り橋までは千ヤードくらいだったはずだ。私の足でも十五分くらいでたどり着くだろう。
前方で点のように見える灯りたちに向け進む。そして何度か転び自分の筋力と体力の無さに悪態をつくこと数回。
見知った人影を見つけて叫ぶ。
「――エリック!!」
その声を聞き付けこちらを振り返ったエリックは驚いた顔をしたあと直ぐに表情を険しくする。
「リリアベル何で来たっ!」
「――だって…っ! …待ってるだけなんてっ…、」
してられるはずがない。
負けず劣らず険しい表情をしてるだろう私を見てエリックはちょっとだけ息を詰める。そして「はぁ…」とため息と共に吐き出す。
「まあ、もう来ちゃったんだから今さらか。 …にしても、転けただろ。泥々じゃないか」
「いいよそんなの、どうせ雨で流れるし。 それよりウィルお兄様は!?」
「――っ、……ウィリアムさんは…、」
エリックが言い淀む。その理由は尋ねるまでもなく。
ここへたどり着いた時から理解していた。けど理解したくなかった。
私とエリックの会話はかなり大きな声で交わされている。それは雨が強く打ち付けているからでもある。だけどその会話を掻き消すほどの轟音は。
日中に見た光景とは激変した川の模様。
確かに、橋は途中で崩落しているが、その瓦礫さえも押し流す濁流。川幅いっぱいに広がる、黒ぐろとした強い流れ。こんなものに巻き込まれれば――。
「どうだ! 見つかったかっ!」
「ダメだ、何も見当たらない」
「この勢いじゃ海まで流されたのかもしれない」
「海か…」
その男たちの報告を聞き、濁流の先にのろのろと視線を向ける。
雨脚も強く何も見えない。あるのは全くの闇。
その声を発したのは誰だったか。
「今日はもう無理だ。…仕方ない、明るくなってから出直そう」




