23.幸福のカタチ
ラスト!
「…ウィリアムさんが、見つかったよ」
一回目同様に、この言葉を私に伝えたのはエリックだ。
「沖で浮かんでいるところを見つけた」
「……そう」
「…驚かないね」
「だってエリックがボート小屋からボートがなくなってるって教えてくれたでしょ。だったらそれも必然かなって」
「そうだけど…」
女性陣を川の向こうに渡すためにとスティーブさんがボートを出してくれる手筈だった。
そのボートがなくなってることに気づき捜索の手が海へと伸びて半日。私はまだ最果館にいて、サロンにてエリックからこの話しを聞いている。
ローズマリーも先ほどまでは共にいたが、余りの怒涛の展開に気を遣ってか席を離れた。
エリックは緩く眉を寄せ私を見つめていたが、小さく息を吐くと視線を伏せた。
「もう逃げられないって思ったのかな…」
「………」
「それで最後はシャーロットさんに繋がるこの海でって」
「……二人は会えたのかな」と、エリックは零す。
川は流れて海に行き着く。彼女が身を投げた川も巡り巡っていつかこの海に繋がる。
シャーロットさんの件はエリックにも手短に話した。だからこその、いかにもエリックらしいロマンチックな発想だ。
だけどそんなちっぽけな魂を、この大海で見つけ出すなんて至難の技だろう。
それにだ、こちらの世界観では死の先に行き着く場所は天国か地獄。そして二人が向かう先はもう決まっている。
「水差すようで悪いけど、二人が会えるとしたら、そこは地獄だよ」
言った途端にエリックが顔をしかめる。
「なんで地獄? そこは天国とか…」
「人を殺めれば罪人、そして自分を殺めてもやっぱり罪人だからね。宗教観的にそうなるよ」
「救いがない」
「謂わば神が与える死を拒んだって前提だから」
「………」
何を言っても返されるとわかったのかエリックは一旦黙り、今度は違う話しを口にした。
「結局、泣かなかったね」
「え?」
「いや流石に泣けないか、解決の内容が内容だけに」
「ああ…」
それはウィルお兄様の命を理不尽に奪われたと信じていた時にエリックがくれた言葉だ。悲しければ大きな声で泣けばいいって。
それに対して私は解決出来てからだと言ったけど、お兄様は生きていて。
そして――、自ら命を断った。
「…内容じゃなくて納得した上でだからね。泣くのはまた別――」
ここまで話してハタと気づく。しまった…、と。
案の定エリックが半眼で私を見下ろしていて。
「やっぱり…、ウィリアムさんが逃げたんじゃないって知ってたんじゃないか…」
エリックの声に若干非難の色が籠もる。
「なんで見す見す行かせたの? どうして引き止めなかった?」
「………」
見す見すではないが引き止めなかったのは事実。至極真っ当な意見だ。大半の人間がそう思うだろう。
流石にここでとぼけることは出来ない。私は渋々口を開いた。
「…止めるなんて出来るわけないよ。私にそんな権利なんてないもの」
「権利って…、でもリリアベルは従妹だろ」
「従妹だよ。でも従妹でしかない」
もしそれがお兄様でなくエリックであったら、私は必死に止めてたかもしれない。
お兄様が言っていたように絶対に手を離さなかったかもしれない。
――いやでも…、むしろ逆に…。
私は緩く首を振る。仮定の話しをしだすときりが無い。
「道徳とか、正義とか、同情とか、そう言ったもので止めれるようなものであれば、お兄様は最初からこんなことをしでかそうとはしないよ」
つまりはそういうことだ。だれも入り込む隙のない、そんな余地のない、強い強い思い。
「止めれるのはその対象者、シャーロットさんだけで。それが故人でれば、それこそ余計に誰も止めれないもの」
だだしそこに、故人の思いは含まれない。
これがお兄様の一方的な思いであることが少しだけ悲しい。
それはお兄様もわかっていたと思う。あの時点でのシャーロットさんの気持ちはトレファスにあったことは。
だからこそ、彼女は命を絶った。
だからこそ、お兄様はトレファスに手を掛けるのを止めた。
とても単純な話しだ。
『もうすぐ会える』と呟いたトレファスの声を聞き、そうさせたくなかっただけのこと。
――それは嫉妬。
ここからはただの想像で正解などないけれど、お兄様は全ての罪をトレファスに押し付けて、彼自身も自殺という形で終わらすつもりだったのだろうと思う。
じゃなきゃわざわざ手間のかかる殺人を演出する必要はない。
だけど、無事に逃げ延びたお兄様が何をしようとしてたのかは、そこだけはやっぱりわからない。
捩れて拗れた、愛憎の果ての復讐劇。それが真相で結末。
ただどのみち、お兄様がトレファスを殺めてたとしても彼が行く先はまた別で。
トレファスやエリックのようなお人好しは地獄などにはいかない。
でも私は――?
「………あ…、そうだ…、忘れてた」
急にポツリと零した言葉に、同じ話しの流れだと思ったのか、エリックは渋い顔のまま「まだ何か続きがあるの?」と尋ねる。
「そうじゃなくて…」
私はじっとエリックを見上げる。
「な、何…?」
「泣いとけば良かったなぁって」
「え、何、急に…?」
「忘れたの? 胸貸してくれるって言ったじゃない」
「言ってない!」
「僕の胸で泣いていいって」
「言ってないから! 勝手に捏造しない!」
「ええ〜、そうだっけ?」
どさくさ紛れて作戦はダメだった。
ふてくされる私に呆れ顔のエリックがポケットからおもむろに何かを取り出す。
折りたたまれた紙だ。また手紙か?
「何これ?」
「正真正銘ウィリアムさんからの手紙、…謂わば遺書だね」
「――え」
□
夏の盛りを過ぎたからか、青い色ばかりを映していた空はここ数日薄い灰色に染まるようになり、太陽が隠れ少し肌寒い。
棺を埋めた墓の前から、疎らな葬列は教会へと移動し、その列から外れて私は墓の前に留まる。
少数の親族だけでひっそりと行われた葬儀。それは仕方ないことだ。埋葬されたのは私の従兄であっても世間的には犯罪者。非難を受ける対象だ。墓石にも小さく名が刻まれるだけ。
「――リリアベル」
と声を掛けられ、振り向く。エリックだ。
「来てたんだ」
「うん、まあ一応は」
親族だけで行うからとエリックには話していた。その身内でさえ参加者は少ない。
エリックは私の横に並ぶとお兄様の墓に向かい手を合わせる――合掌。
何度も世界観が違うと言ってるのに。
そこはもう前世から引き継ぐポリシーなのかも。
そのあと今度は隣にある墓の前で再びの合掌。そこに刻まれた名はイニシャルのみ。
『S.B』
シャーロット・ブラウン
エリックから渡された、防水の布に包まれてお兄様の遺体と共にあった本当の遺書には、ある墓地に自分の埋葬して欲しいと書かれていた。
謝罪も言い訳もないそれのみ。
その墓地が今のここで。横には既にこの墓があった。
一度暴いてみるかと捜査陣の中で話しがあがったようだが、それはエリックが阻止してくれたらしい。
ここにシャーロットさんがいてもいなくても、そう信じている気持ちだけでもういいと思う。
死んでまで罪を暴く必要はないんじゃないかと。
雨でも降るのか一瞬強く風が吹き、ブルリと震える。乱れた髪を耳に掛けていると、肩にあたかい温もり。
「着てなよ」
「…うん、ありがとう」
ここは正直有り難かったのでエリックが肩に掛けてくれたジャケットを素直に受け取る。そしてまた横に並んだエリックは「そういえば」と口を開く。
「リリアベル、さっきウィリアムさんの棺の中に花と一緒に何か入れたよね?」
「ああ…、見てたんだ。……あれは遺書だよ」
「えっ、また遺書!――て、誰の?」
「シャーロットさんがロイデンさんに宛てたものだよ」
「ええっ!? ……や、どうするの? もう取り戻せないけど…」
そりゃそうだ、それはもう土の中。
お兄様が破り捨てたと言っていたはずのシャーロットさんがトレファスに残した手紙。その手紙は私書箱に住所不定で保管されていて、お兄様が当たり前だけど取りに来ずに、元にと送り返された場所が何故か我が家だった。
お母様が取りあえず中を確認して、意味がわからないからと私にへと来た。あとは任せるわと。
「元々、渡すつもりはなかったからね」
「え? なんで?」
「……今のロイデンさんには必要なさそうだったから」
「や、どういう意味?」
「………」
私は怪訝に眉をひそめるエリックを見る。
トレファス同様、日向が似合うエリックにこの内容を伝えてもきっと困惑する。
お兄様もこれを読んで、そしてトレファスの呟きがあった上で、――の今だ。
人の中身と外見が必ずしも一致しないと、いうのは私自身で既に体現している。
恋や愛や執着を、今は少しだけ怖いと思う
( ……もう、これ以上の詮索は止めよう )
全ては終わった。
結果は結果何も変わらないし、誰も喜ばない。
私はフッと頬を緩めて、答えのないまま背を向ける。――と、慌てたようにエリックが追ってきた。
「え、ちょっと…、リリアベル!?」
「秘密だよ、エリックには教えない」
「なんで!?」
「それよりねえ、今度の休みにマーケットに行かない?」
「それこそなんで急に!?」
「約束したから」
「約束? …したっけ?」
「エリックとはしてないけど」
「はあ!?」
いや、ホント意味がわからないんだけど?と、やっぱり困惑するエリックに、私は声をたてて笑った。
いつかもう少し時が経って、もう少し大人になったら、再び最果館に訪れよう。
私が手を離さなければその時にはきっと。