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22.片道切符の船出

四話目!


 耳を澄ますかのように少しだけ遠くを見つめたお兄様は、そのあと視線を下ろし「――ロイデン」と名を呼んだ。

 膝をついたトレファスの、憔悴仕切った顔がゆるゆると上がる。



「僕はもういく」

「…いく…?」

「ああ、シャーロットの元へ」

「――!?」



 シャーロットの元、それはすなわち。



「………」



 お兄様がその選択をすることはわかっていた。

 大切な人の手を離すなと言ったくせに、そこに自分が含まれると思わないのはある意味傲慢だ。

 だとしても、もう私が口を挟むことはない。私はお兄様の謝罪を受け入れたのだから。

 だから私は結末を見届けるだけの傍観者となる。



 トレファスは藁にも縋る勢いでウィリアムに腕を伸ばした。



「ウィリアムっ! 僕も――」

「無理だ」

「何故!?」

「お前は後悔を抱えたまま生きるしかない」

「どうしてだ!?」

「シャーロットがそう望んだから」

「…は…っ」



 切羽詰まった衝動が呼吸として吐き出され、トレファスは目を瞬く。ウィリアムの言葉の意味を咀嚼するかのように。

 そんなトレファスを眺めながらウィリアムはゆっくりと手すりの側へ移動して。薄い笑みを浮かべ言う。



「シャーロットはお前にも手紙を残していたんだよ。そこにそう書かれていた」

「その手紙は…っ!」

「破り捨てた」

「――っ!?」



 笑みが深まった。憐れむように慈悲深く。

 だけど吐き出された声はひとつも慈悲深くはない。


 

「だからお前は共にはいけない」




 笑顔のままに言い切ったお兄様は躊躇うことなく手すりの向こう側へと身を翻した。



「――は…っ!?」



 私とトレファスの驚く声が重なる。


 余りにも咄嗟のことで動けずに、膝をついてたトレファスの方が先に手すりへと駆け寄り、私もその後に続く。


 見下ろした先、お兄様の姿は二階部分の壁にあった。

 非常用の壁梯子、それを伝い一階の下屋に降り立つ。慣れた様子を見るに何度か使っていたのだろう。

 思わずホッとした息が漏れるが、お兄様が求める場所が今ここでなかっただけで、安堵の息は結局のところ意味を持たないものだ。

 

 並び立つトレファスの、手すりを握り締める手が白く震える。

 お兄様の姿を追っているのかと思ったが、首が動く気配がないので違うのだろう。

 耐えるように虚空を見つめるトレファス、彼が受けた衝撃は私では計り知れない。


 


「――リリアベル!」



 と、新たな声が私を呼んだ。エリックだ。

 エリックはバルコニーを一度見渡したあと私の元へと駆け寄る。



「ウィリアムさんは?」



 エリックとの予定では、私はここでお兄様を()()()()()()になっていた。

 私は困ったように眉を下げる。



「ごめんなさいエリック…、お兄様は逃げてしまったわ」

「は…? …え…? 逃げるったって建物内はもう押さえたし、僕は階段を上がって来たんだけど…?」



 いつの間にかこちらを向いていたトレファスの視線が何か言いたげだが、今は黙っていて欲しい。



「ここから降りれる梯子があったの」

「えっ!」



 エリックが私の指差す場所を覗き込み唸る。



「マジか…」



 当然お兄様の姿はもうない。それとわかっていて話したのだから。



「とにかく追わなきゃ。ウィリアムさんはどっちに?」

「ここからでは途中までしか見えなかったから…。でもエリックたちが来たのはお兄様も聞いていたし、川がもう渡れることはわかったと思う。 …馬は、大丈夫?」

「――え、あっ、」



 人目を()()()()()()()為に、馬を奪われるのではと暗に込めてみた。

 エリックは慌てたように共に来た捜査官に何事を指示して、再び振り向いたエリックの顔は少しだけ険しい。何か失敗しただろうか?


 でもそれは杞憂に終わる。

 エリックは口を開けて閉じてと繰り返したあと、躊躇いがちにもう一度開く。



「……あ、えっと…、ウィリアムさんと、話しは出来たのか?」



 険しいわけではなくて、どう話しを切り出せばいいかを迷ったみたいだ。



「話せたよ、ちゃんと。だから大丈夫」

「…うん。 でもこの後の展開はリリアベルにとって辛いかも知れないから、先にローズマリーとマーガレットさんのとこに戻った方がいいかも」



 マーガレットとはお母様のこと。ウィルお兄様は父方の従兄だが、私たちがここに滞在する話しをお兄様としたのはお母様だ。

 そしてこの後の展開とエリックは言った。それはお兄様が捕まった場合のこと。

 けれど、そうなることはない。



「…辛いのはどっちなんだろうね」

「え? 何か言った?」

「うんん、なんでもない。 …そうだね、お母様とお父様にも話さないと」

「その方がいいよ。じゃあ僕は捜索に加わらないといけないからもう行くけど…」



 「部屋まで送るよ」と話すエリック。それに緩く首を振る。



「いいよ、ロイデンさんに送ってもらうから」

「え」

「エリックは早くお兄様を探して」

「え…、あ、うん…」



 エリックは少し戸惑ったように私とトレファスを眺めて、もう一度私に視線を止める。



「……じゃあ行くよ」



 どこか悟ったような諦めたような表情でエリックは言い、捜査官と共にバルコニーから立ち去っていった。




「いいのかい?」



 エリックを見送る私に向けトレファスが言う。



「構いませんよ。私がロイデンさんと話したいことがあるって、エリックにはバレてるみたいですし」

「僕に、話し…?」


 

 トレファスは微かに目を瞬かせたあと頬を歪めた。

 


「……まだ、これ以上何か話しがあるって?」



 そう言いたくなる気持ちもわかる。トレファスの許容量はもういっぱいいっぱいなのだろう。シャーロットさんのこと、ウィルお兄様のこと、そして自分自身のこと。だけど私はただ確認したいだけだ。

 


「話しというか、聞きたいことがあるんです」

「聞きたいこと?」

「ええ。 私がバルコニーに来た時、その前に、ロイデンさん何か呟きましたか?」

「呟く…?」



 その前――、それはウィリアムがトレファスの背後に立っていた時。お兄様は何かに気を取られたように、突然にピタリと足を止めたのだ。

 私がいることに気づいたわけではない、私が現れたのはその後だから。

 だからトレファスが何か言ったのだと思った。そしてトレファスもお兄様に気づいていないのだとしたら、それは独り言、ただの呟き。


 何か思い当たったのかトレファスは「ああ…」と声を零し、だけど話すことへの躊躇いをみせる。

 何か言い難いことなのだろうか。


 無言で待つ私の前、暫くして深く息が吐かれ口が開いた。

 


「……ウィリアムと同じだよ」

「お兄様と同じ?」

「この件が、どんな結果であれ決着がついたら、僕もシャーロットの側に逝こうとしたんだよ。だから、『もうすぐ会えるから』と」



 そうトレファスは呟いた。その言葉を拾ったお兄様は――。

 


「だから貴方に手を掛けるのを止めたんですね…」

「それはどういう…」



 怪訝な表情を浮かべたトレファスに苦く笑って言う。


 

「いいえ、なんでもありません。聞きたかったはそれだけです」



 今のは私のただの納得の呟きで、トレファスに説明する必要はない。彼はもう()()の後を追うことはないだろうから。

 トレファスは、ある意味、お兄様が残した遺言を違えない。

 憔悴の跡は見えても、後悔を抱えたままでも、トレファスは正しく生きれる人だ。そこらへんは何となくエリックに似ている。 

 過ちを過ちとして、悲しみを悲しみとして、真っ当に昇華出来る人。


 お兄様はそれが出来なかった。

 いや…、敢えてしなかったのか。


 今となってはもうわからない。

 


 私は再び手すりの外へと視線をやる。視界に映るのは沖へと向かう一艘のボート。

 それを飽きることなくただ見つめる。


 その姿が海原に消えるまで、ずっと。




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