2.ウィリアムの同僚
胸元が広く開いたハイウエストドレスに、濃いブルネット色の巻き髪と真っ赤な口紅の女性は黒っぽい瞳を眇めてジロジロと私を見る。
「ああ、ウィリアムが言ってた新しい宿泊人ね。……貴女がその従妹かしら?」
「はい、リリアベル・グリーンフォスです」
「…ふーん」
ここは二階の階段踊り場、一階の食堂に向かう途中で捕まった。そして今は私一人で、エリックとローズマリーは先に食堂へと行ってしまっている。
「…あの、ウィルお兄様の同僚の方、ですよね?」
「ええそうよ。 ピンク髪のお嬢さん」
「………」
向けられる視線の居心地悪さに私からそう切り出せば、女性は上から下までゆっくりと私を眺めた後きゅっと口の端を上げた。
何だか感じが悪い。大体、こっちはちゃんと名乗ったのだから変な固有名詞はやめてもらいたい。
「ああそうそう、私はリアナ・ボーデンハイトって言うの。ウィリアムの設計助手をしてるわ。 ええっと、お嬢さんはまだ学生よねぇ」
「はい、そうですね」
「ふーん…」
「………」
またこの視線だ。今までにも何度か向けられたことがあるから知っている。
ようするにマウントを取ってきているのだ。今で言えば、それは大人の女性であることを、って感じか。
関わるだけ面倒くさい。もう食堂に行こう。
「では、お先に失礼します」
クルリと向けた背に声が掛かる。
「あ、ちょっと待ってよ、まだ話しがあるのよ」
「え…」
「どうせ向かうとこは同じなのだから一緒に行けばいいじゃない」
いや、一緒に行きたくないから先に行こうとしたんだけど。
「………話し、ですか?」
「そう、元々それを伝えようとしてたのよ」
「はあ…、伝える? 私にですか?」
「そうよ。今回、男の同僚も二人ほど来てるんだけどあまり近づかないことをお勧めするわ」
「…そりゃあ…、必要なければ近づきませんが?」
「そうね、その方がいいわ」
「はあ…」
「それだけよ」
「えっ」
物凄くどうでもいい話しだった。
だけど本当にそれだけを伝えたかったようで、言い終えた彼女――リアナはそれ以上絡むことなく、私を追い越し先に一階へと降りて行った。
少し時間をあけて食堂へと入るとエリックがこっちだと手招きする。
「リリアベル遅かったね」
「早くも色々と後悔してる…」
「え?」
繋がらない返答に首を傾げるエリックの隣に座る。反対側はローズマリー、「姉様何かあった?」と尋ねてくる兄と同じ色彩の可愛い幼馴染に「何でもないよ」笑顔で答えて正面を向く。
その目の前、縦長の机の対面には先ほどのリアナと、見知らぬ男女――男性二人、女性一人がいる。どうやら私が最後のようだ。
「ああ、皆んな揃ってるね」
ウィルお兄様が食事が乗ったワゴンを押して部屋へと入って来た。後ろには同じく食事を運ぶ初老の男女が続く。
「ごめんなさいお兄様、遅くなって」
「ん? いいや大丈夫だよリリアベル、ちょうど良いくらいだ。 ――あ、それからこちらが管理人のギブソン夫妻だよ」
「こんにちわ、お嬢様方とお坊ちゃん。 ここの管理を任されてるスティーブ・ギブソンです。そしてあっちで食事を並べてるのが妻のマイラ。 それと…、リリアベルお嬢様とは初めましてですな。マーガレットお嬢様はお元気ですか?」
「お母様ですか?」
急にお母様の名前が出て、しかも『お嬢様』という呼び方に一瞬驚くが、ここがお祖父様の持ち物だったと思い出し「ああそうか」と頷く。
「元気ですよ、今頃たぶん羽目を外してると思いますが。 でも、お母様はここには一度しか来たことないって…?」
「ハッハッハ、そうですね、前に来られた時は大層つまらなさそうな顔をしておられましたが、覚えてられないくらい小さな頃に何度も来られてはいたのですよ。よく砂浜で楽しそうに遊んでおられました」
「へえ…、そうなんですね」
スティーブは当時を思い出すように目を細める。下がった目尻。こちらの会話を聞いていたのだろう、妻マイラも同じような表情で配膳をしているところを見ると微笑ましい色々な思い出があったのだと推測される。
お父様を完全に尻に敷いてる今のお母様からは全然想像出来ないけど。
そこに、水を差すような声が飛ぶ。
「おおい、ウィリアム! 俺たちも早く紹介してくれよ! そのピンク頭の子がお前の従妹のお嬢様だろ?」
その声は向こうの席から。二人いる男性のうちの片方、ワイングラスを片手に顔を赤らめている。既に随分と出来上がってるようだ。
それより、ピンク頭だと…?
思わぬ衝撃で唖然としてるうちにも話しは進む。
「おいおい、全然似てないな。めちゃくちゃ可愛いじゃないか。――なぁ!」
「うんそう、可愛いだろ僕の従妹は。 でもそうやって絡んでくるなら、ついでにそのままそっちから自己紹介したらどうだい?」
「あ?」
「いや、凄く乗り気みたいだし、そうしたいのかなって」
「…おい」
「ははっ! 確かにウィリアムの言う通りだな。いいじゃないか、それで。 ――じゃあまずは僕からいこう」
そう言って立ち上がったのは、先に割込できた方とは別のもう一人。スラリと背の高い金髪碧眼の男。余程捻くれた者でない限り全員が認めるだろう男前だ。……そう、男前過ぎる。
「僕はトレファス・ロイデン。聞いてるとは思うけど、ウィリアムの同僚だ。 とは言っても僕は現場が多いから見ての通り…」
「力仕事が得意だ」と腕を持ち上げムキッと力こぶを作ってみせる。
わざとらしいパフォーマンスは場の雰囲気を紛らす為か?
「ということで、頭を使う方の仕事はウィリアムが適任だから僕には振らないでくれよ」
「おい、よく言うよロイデン、お前どっちも得意だろ」
「ウィリアム、人には向き不向きってのがあるんだ」
苦笑を浮かべるお兄様に、トレファスと名乗った男性は闊達な笑顔で答える。
私はコソッとエリックの脇腹を突いた。
「……ね、エリック」
「ん?」
「あの人、トレファスって人、攻略対象ってことないよね…?」
「えっ! ないないっ! 確かにイケメンだけど、あのゲームは学園だけでのことだから」
「そ、ならいいよ」
取りあえず、浮かんだ懸念は解消した。
どうもイケメンを見ると変な警戒心を抱くようになってしまっている。
ただまあ別に警戒して困ることではないけど。
そして次に自己紹介となったのは、私を『ピンク頭』とのたまったヤツだ。
トレファスに肩を叩かれ「はぁ…」とこれみよがしにため息を吐きながら立ち上がる
「俺の名前はテッド・マクファーソンだ。…以上」
それだけ言って直ぐに座った男。トレファスが呆れた顔をする。
「……おい、それだけか?」
「これ以上別に話すことなんてないだろ。 それより、酒が切れたんだけど酒ー」
「少し飲み過ぎだぞ」
「いいだろ別に。おい、お酒!」
トレファスは呆れた顔のままお兄様と顔を見合わせて、お手上げという感じで二人して肩を竦める。
そのやり取りを見たダンシェル家の兄と妹。
「いいかローズマリー、酒は飲んでも飲まれるなって格言がある。ああいう大人になっちゃ駄目だぞ」
「は? それはどちらかと言えばエリック兄様の方でしょ? 兄様こそ気をつけないと、リリアベル姉様に嫌われちゃうから」
「僕は昔(前世)から酒は飲まないぞ。それにどうしてそこでリリアベルが出てくるんだ?」
「え…っ、そこ!?」
ローズマリーが眉を下げソロリと私を見る。
うん、大丈夫、何も言わなくていいよ。
兄妹に挟まれスン顔になっている、そんな私の元に楽しげな声が届いた。
「――あらっ、うふふ、 そう、そういうことね」
タイミング的に私たちの会話を聞いた上でのそれ。しかも先ほど聞いた声だ。
赤い唇がニンマリと弧を描く。
「そりゃあそんな必要ないわよねぇ。 むしろそんな場合じゃないか」
「………」
「リリアベル、知り合い?」
「……さっき階段の踊り場で挨拶したの」
「ふーん?」
少しだけ苦い表情でエリックの問いに答え、視線の先ではリアナがゆったりと笑う。
その勝ち誇ったような笑みを保ったままリアナの視線が今度はエリックとローズマリーにずれた。
「あ、そうそう、他の子たちにも挨拶しなきゃね。 リアナ・ボーデンハイトよ、よろしく」
「はあ…、どうも、エリック・ダンシェルです。こっちは妹の――、」
「………」
「…おいほらっ、ローズマリーも」
「感じ悪いから無理」
「ちょっ、ローズマリー!?」
「……何か言ったかしら」
「感じ悪いなって言いました」
「うおぉぃ! ローズマリー!?」
流石の私も焦る。
「ローズマリー、たとえ思っててもそういうことは面と向かって口にしちゃダメよ」
「リリアベル姉様も思ってたけど口にしなかったってこと?」
「………」
「え、そこで黙るとか駄目だろリリアベル」
エリックが突っ込むけど、まさかローズマリーからそんな切り返しがくるとは思わなかった。不可抗力だから仕方ないよね。
「――ちょっと! 貴方たちっ!」
「まあまあまあ! ね、リアナさん! 子供たちの言動にいちいち突っ掛かるのはよしましょう?」
そう言って、目を吊り上げたリアナを止めたのはもう一人の女性。柔らかい雰囲気を持つ淡い金髪の綺麗な人だ。
「みっともないし大人気ないですよ」
「――なっ!?」
「それに、…トレファスも見てますよ?」
「っ……」
( ……なるほど… )
わざと声を落としての忠告に、中々の辛辣な言葉。そして私たちへの子供たち呼ばわり。
「さて、じゃあ私が最後ね。 私はレイチェル・フリス、皆んなと同じくウィリアムの同僚です。それと、数日間とはいえ同じ屋根の下で暮らすのだから仲良くしましょう?」
レイチェルは緩やかな笑みを浮べ、私たちと未だ憤懣やる方ないようすのリアナに視線をやる。
見た目と違い割としたたかなのかも知れない。
そして私たちの紹介はウィルお兄様がさらりと済ませて食事が始まる。
「ロイデン、この前の資材の件だがやはり変更した方がいいと思う」
「何でだ? 強度計算では問題ないはずだろ? それに今更の変更は工期に支障が出る」
「それでも後で何かあっては――」
「うおぉい、待った待った。仕事の話しはよせよ、酒が不味くなる」
「味は変わらんだろ。…まあでも確かにマクファーソンの言う通りだ。折角のバカンスだし仕事の話しはよそうウィリアム」
「そうよ、バカンスってのは楽しむものよ。 ウィリアム、大体アンタ傷心なんでしょ? こういう時こそパァーッとやらないと」
「レアナさん!」
「何よ、だって事実でしょ? 婚約破棄されたって聞いたわよ」
「だからっていちいちそんなこと言わなくても…」
「フリス嬢、大丈夫だよ、その通りだし気にしてないから」
「でも、」
「レイチェル、ウィリアムもそう言ってることだし、面白くない話しは終わろう。 ――おいマクファーソン、こっちにもお酒回せよ」
「ふふ、点取り失敗ね、ご愁傷様」
「…っ、そんなんじゃないわよ」
「………」
「さっきからなんか大人しくないか?」
「…うーん…」
「?」
「色々面倒くさそうだなぁと思って」
「面倒くさい?」
「…うんん、何でもない」
緩く首を振って、私はホウレンソウ草のキッシュを口に放り込んだ。
【登場人物】
トレファス・ロイデン·····ウィリアムの同僚
テッド・マクファーソン·····同僚
リアナ・ボーデンハイト·····同僚
レイチェル・フリス·····同僚
スティーブ・ギブソン·····最果館の管理人
マイラ・ギブソン·····スティーブの妻




