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18.夜中の告解


 浮気を見つかった人みたいな心情になるのが解せない。

 ――が、内緒で行動したことは事実である。だからこそやましさを覚えるのも。



「ええっと、エリック…?」

「…うん」

「なんか、ごめんね?」

「………何か謝るようなことがあったと?」



 眉間にシワを寄せたエリックに静かに問われて、首を傾げ考える。…うん、ないな。

 その私の反応に、エリックは小さな息を吐いて言う。



「取りあえず部屋に戻ろう」

「あ、…うん」



 エリックは私の横に来ると杖を持たない方の私の手を自らの腕に掛けさせて階段へと向かう。



「………」

「………」



 無言だ。先ほどのトレファスではないが、何も言われないことが居た堪れない。なので当たり障りのなさそうな話しを振る。



「にしても、よく私がここにいるってわかったね」

「まあ…、階段降りて行くとこから見てたから」

「――え」

 

  

 驚いてエリックを見上げる。そんなのほぼ最初からじゃないか。



「や、でも、なるべく静かにしたつもりなんだけど…」

「今のリリアベルの歩き方は特徴的だからね。杖の音って割と響くから」

「あー…、なるほど。 だったら声掛けてくれたら良かったのに」



 そう告げればエリックは何とも言えない顔で私を見下ろした。



「そんなの…、…もし声を掛けれてれば当初の目的とは変更するだろ?」



 呆れたような物言いだが、視線は少しだけ厳しい。だけど言われたことはたぶんその通りだ。

 結局話しの振る方向を間違えた。でも今は何を言ってもまずい方向にしか向かわないだろうと沈黙を選択して、足元を見ながら歩を進める。そして気づいたらもう部屋の前に着いていた。  

 私の部屋の扉の前で向かい合う。エリックは何か言いたげではあるが、零れ出たのはただのおやすみの挨拶だ。



「……じゃあ、今度は抜け出さないように。おやすみリリアベル」

「あ、うん……、――あ、ねえっエリック!」



 立ち去ろうとするエリックを呼び止める。



「……何?」

「…あ、あー…、ね…、何も聞かないの?」

「リリアベルは話したいの?」

「それは――、」



 私は言葉に詰まる。

 呼び止めてしまったのは咄嗟のこと。だからとてエリックに話せるのか? この抱えているものを全部さらけ出して?


 トレファスは()()()であるからこそ共有出来たものだ。ただの第三者でしかなく、常識的な倫理観を持つエリックはどう感じるか。それが怖い。

 

 私は、エリックに見限られることをたぶん一番恐れている。

 だからこそ、文句を言う割にはゲームのヒロインという立場を完全に降りることが出来ない。 


 まあそれは今関係ないことだけど。


 一度深く呼吸をして、改めるようにエリックを見上げる。



「話すよ、エリックにも聞いて欲しい」



 「でも、全部とはいかないかも…」と、言い切ったあとに急に弱腰になるのは我ながらどうかと思うが。

 けれどエリックは少しだけ眉を寄せると、わかったと小さく頷いた。






 部屋で、と言ったけどエリックは頑なに固辞し。(エリックらしい)

 それならばとバルコニーへと出ると自分が羽織っていた薄いシャツを私にへと掛ける。



「…寒くはないよ?」

「ん、でもまあ何となく」

「………」



 だからそういうとこだ。


 私は半眼になってしまった目を空へと向ける。先ほどよりも夜が更けて随分と星が瞬いている。



「…別に、無理に話す必要ないけど」



 空を見上げていた私にエリックが言う。私は視線をエリックへと戻すと緩く首を振った。



「無理にではなくて…」

「うんでも、リリアベルがロイデンさんと話さなきゃいけないと思ったなら、別に僕が口出しすることではないし」



 何だか突き放されたように感じて寂しく思えばエリックは「ただ――」と続ける。



「ただ?」

「……ただ、…ホント…、心配するから…」



 バルコニーには灯りがなく、廊下に据えられた弱い明かりが照らす中ではエリックが今どんな表情をしてるかはっきりとは見えない。

 けれど、それがエリックの本心だろう。

 さっきまで見せていた難しい顔も、険しい顔も、何か言いたげな顔も、全部その気持ちからだと知っている。


 そんなエリックだからこそ、私が多少行き過ぎた行為を行っても見限ることはないとわかってるのだけど。



「それは、…ごめん…」

「うん…」

「…あのね、明日――というかもうすぐ今日だけど。外と連絡が取れたら捜査官が乗り込んで来るじゃない?」

「ああ。父さんに直に連絡を取ってもらうつもりだから動きは早いと思う」



 身内の権利濫用だな、とエリックは言う。

 けれどそれは願ったりだ。



「そう…、じゃあついでに頼みたいことがあるの」

「頼み?」

「ええ、直ぐにロイデンさんを容疑者として引っ張って行ってもらえないかなって?」

「ロイデンさんを容疑者として……――えっ?」



 エリックの声が驚きで跳ねる。



「え、待って、そんなことをさっきロイデンさんと話してたのか?」

「ちょっとは違うけど大方そんな感じかな」

「いやいや待った待った! ロイデンさんに自首を勧めたってこと?」

「んー…、結果的にはそういうことになるのかな」

「えーっと、ロイデンさん自身は…、それについては…?」

「はっきりとした答えはなかったけど、積極的に否定はしないと思うよ、たぶん」



 さらりと告げた私の目の前でエリックは頭を抱えて「え…、何、どういうこと…?」と零す。その声は完全に困惑に満ちている。

 まあ、そりゃそうだろうと思う。だって肝心な本筋を私は話してはいないから。

 

 でも実際この提案は()()()()()()()()()()()。ここまでの会話だけで望みが叶うのならそれでよかったのだけど、やはりそう上手くはいかないみたいだ。



「…でも、どう考えてもおかしいよな…」



 そう呟いて顔を上げたエリック。暗闇に慣れてきた目には、不審感をありありと浮かべるエリックの顔がよく見えた。



「おかしいって…、ロイデンさんが犯人であること?」

「いや、リリアベルが」

「私が…? ……何もおかしくはないと思うけど…」



 首を傾げる私にエリックはピシッと一本指を立てる。



「まずひとつは、さっきまで疑わしいだけだって言ってたくせに急に自首を勧めた、ってこと」

「それは…っ、ロイデンさんとの会話の中で彼が犯人だとわかったから?」

「…へえ、そうなんだ」



 ひとつも納得してない声で頷いたエリックは続けてもう一本指を立てた。



「もうひとつは、自首――ていうかたちもそうだけど、リリアベルの態度が凄く普通なとこ」

「普通って…、…そう見えるだけでしょ。 憤る気持ちもちゃんとあるし、自首だって、反省を促すことを考慮して――」

「それこそらしくない」

「………」



 そこで『らしくない』というのはどうなのか? ――と突っ込むには、互いの性格をよく知り過ぎている幼馴染の立場では、ただの掛け合いにしかならない。



「ましてやリリアベルにとってはウィリアムさんは初恋の相手だろ。そんな反省を促すだけなんてあり得ない。暴力に訴えることはなくても、心理的に立ち直れないほどに心を折ってくると思う」



 私は深くため息を吐いた。



「エリックの中にある私って、ヒロインというより…悪役令嬢の方じゃない?」

「え? あー…」

「…否定が出てこない」

「いや、でも見た目は――」

「見た目…」

「………」



 これ以上はドツボにはまると思ったのかエリックは黙る。

 私はもう一度大きく息を吐いた。

 エリックの指摘が間違いではないことは自分自身こそよくわかっている。どうしたって私がヒロインという柄ではないことは。

 でも見た目と言われるように私のこの姿かたちはヒロイン(リリアベル)なのだ。それもエリックが推す。

 ならばと、少し視線を伏せ傷ついた振りをする。

 


「…エリックが酷い…」

「あ、やっ、これは別にリリアベルを貶めたわけじゃなくて…っ」

「じゃあ本心ってこと? …尚さら酷い…」

「あっ、や、…あー…」



 アワアワと慌てるエリックを見てちょっとだけ胸がすく。大体私の性格をよく理解してるのだから、そんなことで傷つくはずないとわかるだろうに。

 けれどそれは私も同じだ。


 もし私が今話してないことを全部吐露したとしても、ダメ出しや苦言、もしくは引かれることはあるかもしれないけど、それでエリックが離れてゆくことはない。


 だったら、ここからどうすれば良いかをエリックに()()()みたい。ロイデンさんが私にそうしたように。



( …ロイデンさん、私ではダメなんですよ… )



 公平でも公正でもない私では()()()()()を選んでしまう。

 現に今がそうなように。   


 私は伏せていた視線を上げる。エリックはまだ困った顔のままではあったが、私の表情の変化に気づいたのか少しだけ改めてこちらを見下ろした。



「あのね、エリック――」



 エリックの背後で星が幾つも瞬き流れる。

 一際明るく輝き、そして燃え尽き消える流れ星。そんな儚い一瞬に願いを込めてしまうほどに人は弱く脆い。


 私とエリックの頭上に星が降り注ぐ。

 ()も、どこかでこれを見ているだろうか? 







 あの日見た、空を裂き流れた星が今、見上げた空に幾つも落ちる。

 それを自分は吉兆と捉えたが、国によってはそれを災いだと捉えるところもあるという。



( …いや、違うな… )



 自分は…、天啓だと思ったのだ。

 天が指し示した啓示。ならこれ程に落ちる星屑たちは何を示しているというのだろう。

 

 けれどもう、そういった啓示などは必要ない。既に動き出してしまったもの、それが止まるのは何もかもが終わった時だ。 



「あと一人…」



 見上げたまま呟いた声は、暗い海に寄せる波の音に紛れて消えた。




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