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17.密会


 仕方ないなと手を解放すると、あからさまにホッとした顔を見せたエリック。

 それは流石にちょっと酷くない?


 私の物言いたげな視線に気づき、エリックは自分の対応の不味さを誤魔化すように早口で言う。



「それで、結局リリアベルはロイデンさんを犯人だと決めたのか?」

「………一番疑わしくはある、だよ」


 

 私はエリックを見つめたまま微かに首を傾ける。

 ここまで引っ張っておいて、それは明らかに核心を避ける発言。そんな私の態度と言葉にエリックは眉を寄せた。



「なんかさっきからリリアベルらしくないよな?」

「そう?」

「だってやたらと饒舌に意見を言う割にははっきりとした発言は避けるし。 …謂わば今特定しようとしているのはウィリアムさんを殺した犯人だよね?」

「……そうだよ」

「なのに全く熱意を感じられないんだけど」

「熱意って…」



 そんなものが必要な案件ではないと思うが。まあでもそう言われても仕方がないかもしれない。



「明日外部との連絡が取れるまでは下手に行動を起こさない方がいいかなって」

「え…、……本気で言ってる?」



 エリックはぱちぱちと目を瞬く。あり得ない言葉を聞いたというように。それもそれで酷いと思うけど、これに関しては私も思うとこがあるのでしょうがない。私はゆるりと眉尻を下げた。



「…トムの死の原因は、私のせいだと思うんだよね」

「はっ!? …え…?」

「ちょっ、姉様? 何言って…」

「ローズマリーが言ってたように、トムは見たんだと思う」

「いや…、見たって何を」

「私たちがやってた密室の解明の、その本番の方を」

「ああ…」



 エリックが呻くような小さな声を漏らす。


 要するにトムは犯人を見たのだ。そして私たちの行動を見てその意味を知った。

 その上で自分で何かを確かめようとしたんだろう。

 ――だから殺された。


 トムの殺人は犯人にとっても想定外のもので、だからこそ単純で衝動的な撲殺というカタチになったのだ。


 俯けた視界に映るのは空の手のひら。



「…もうこれ以上罪を増やして欲しくない」


 

 独り言のつもりでポツリと零した言葉をエリックが拾う。



「その言い方だと、やっぱり犯人を断定してるんじゃないか」



 視線を上げた私は答えないままただ緩く首を振る。エリックは不満げな顔だ。だけどこれ以上私が話すつもりがないと悟ったのか大きく息を吐いた。



「……でも…、ロイデンさんが…?」

「………」



 エリックが静かに零した自問の声に、私はやはり答えることなく。開いていた手をきゅっと閉じた。







 こうなっては皆んな揃っての食事もあれだろうと、各自部屋でとれるように携帯食をバスケットに用意してくれたようで。

 そのまま私の部屋で三人食事をとったあと、明日に備えて今日は取りあえずお開きとなった。


 エリックとローズマリーが出ていった部屋で、私は窓際まで椅子を持ち出すと暮れてゆく外の景色を眺める。

 雨は既に止んでいて星が瞬く。このままでいけば明日はきっと晴れるだろう。


 帳が降り窓ガラスに自分の顔が映り込んだ頃、ようやく目的の、階下の部屋に明かりが灯ったのが確認出来た。

 私は物音をたてないようにそっと部屋を出ると二階を目指す。そして目的の部屋の前に来ると、小さくノックをした。



「こんばんわ」


「……リリアベル嬢…?」



 扉に手を掛け、部屋の明かりを背にしたトレファスは驚いた顔で私を見下ろす。



「…どうして、…いや、何か用事が…?」

「ちょっとロイデンさんと話しがしたくて」

「話し?」

「はい、直ぐに終わる話しではないので部屋に入れてくれませんか?」

「いや、それは…。 というか一人かい?」

「ええ」

「じゃあ尚更それはどうかと…」



 私の返事にトレファスは困ったように眉を寄せる。

 だけど渋られることは想定内だ。だから決定打を。



「ウィルお兄様とシャーロットさんのことについての話しがしたいんです」



 その言葉にトレファスは一瞬大きく目を見開いて、次にぎゅっと細めた。急な痛みを受けたかのように。そして何か言おうと口を開けたが、零れ出たのはただの小さな息で、最終的には体をずらして私を部屋の中へと招き入れた。



 部屋に入るとトレファスは私をソファーへと促す。



「それにしても。今のこんな状況でしかも一人で、なんの躊躇いもなく部屋に入ってくるのは流石に無謀なんじゃないかな」



 まあ招き入れた僕が言うのもなんだが。とのトレファスのため息まじりの小言に、ソファーに腰を落ち着けた私はサラリと返す。



「ロイデンさんも確認もせずにノックだけで扉をあけましたよね? それこそ不用心ですから」

「それは…、…まあそうだが、君よりは僕の方が色々とアドバンテージがある」

「でもそれは()()()()()だった場合なのでは?」

「………」



 私の言いたいことに気づいたのかトレファスは黙る。

 そうだ、その襲ってくる相手がそういった存在であればトレファスの言ってる事もわかる。だけども、その相手に一瞬でも躊躇を覚えればアドバンテージなどないに等しい。

 わずかに視線を伏せたトレファス。彼はまだ向かいのソファーには座らずにその横に立っていて。



「ロイデンさんも座りませんか? 見上げて話すはしんどいので」

「あ…、…ああ」

「なんなら、お酒――、続けていただいてもいいですけど」



 私がそう話すのには目の前のローテーブルに茶色い液体の入ったボトルと飲みかけのグラスがあったから。スコッチウィスキーだろうか。

 その提案にトレファスは苦笑を浮かべながらソファーに座った。



「嗜んでたとかじゃなくて、ただの寝酒だよ」

「寝酒…」

「じゃないと寝れないんだ」

「それは――、」



 一度言葉を切ってから、ひと呼吸おいて続ける。



「シャーロットさんが亡くなったから…?」



 不躾で直球な質問に、だけどトレファスは怒るでもなく緩く目を細め眉を下げた。



「段々と寝つきが悪くなってね。…君に話すのもなんだが…、…責める声が聞こえるんだ」

「シャーロットさんの、ですか?」



 いいや。とトレファスは首を振る。



「誰というわけではなく、むしろ誰でもない」

「ウィルお兄様でもないと?」



 トレファスにまた沈黙が落ちた。けれど気にせず続ける。



「ロイデンさんはシャーロットさんがウィルお兄様の婚約者だったことは知ってますよね?」

「………知っていた、…いや、知った、シャーロットが亡くなった後に。 …シャーロットの墓の前で一人静かに泣いていた男がいた。 その男が…ウィリアムが、いつの間にか同じ会社にいた時はちょっと驚いたよ」

 


 調べて直ぐに誰かはわかったけど。とトレファスは苦く笑う。



「二人がどういった状況で別れたのかまではわからないけど、婚約までしていたんだ、シャーロットの死について責められるのだと思った。けれどウィリアムは結局、最後まで何も言ってはこなかった」

「…お兄様は何も?」

「ああ、何も。だけどそれが余計責められてる気がしてね、何度こちらから切り出そうとしたか。けど、それも何か違うだろ?」

「………」



 今度は私が黙る番だ。


 

( それではお兄様は――… )

 


「君にとって、ウィリアムは大切な従兄なのだろう」



 眉を寄せ沈黙を落とす私に、トレファスは軽く確認するように問う。

 唐突な話しの振りだけれど、そんなの、答えなんてひとつしかない。



「ええ、もちろん」

「そうか」



 これまた直ぐに返された納得の声、本当にただの確認だったのだろう。


 トレファスと私の会話は、エリックやローズマリーが聞いていればハテナが飛び交っているだろうと思う。決定的なことを完全に避けた会話、でもそれは互いに了承しているのだ。私が抱えるジレンマとトレファスが抱く自責と憐憫でもってして。



「…明日になれば捜査官が介入してくると思います」

「だろうな」

「捕まるかもしれませんよ」

「僕が?」

「動機と()()()()()()によっては貴方が一番疑わしい人物ですもの」

「…だろうね」

「認めるんですか、犯人だと」



 あえてなんの感情を込めずに告げれば、トレファスは曖昧な、どちらかといえば自嘲に近い笑みを浮かべて「…どうだろう」と零す。

 完全なる否定ではないその答え。

 やはり、彼は後悔を捨てることを出来ない人だ。



「貴方は――っ、」



 不意な憤りが私の口を開かせたが、それ以上言葉を続けることなく私は強く唇を噛む。


 言ってどうなるというのだ。むしろ言わないくていい。


 そんな私を見てトレファスは緩く目を細める。それは委ねるような労うような、そして諦観にも似たもの。

 だから私は、更にぎゅっと唇を噛んだ。

 

 

「…リリアベル嬢、そろそろ部屋に戻った方がいい。 もし君が部屋に居ないことがわかれば二人が心配する」

「………、……ええ、そうします」



 小さな息と共に、固く結んだ唇を解き応える。


 部屋に入って来た時と同じくトレファスは扉の所までを送り、私は振り返って彼を見上げる。

 話しというほどの話しはしていないが、トレファスの意向は何となく理解した。それで十分だ。 

 だけどひとつ。



「今度扉を開ける時はちゃんと確認して下さいね」

「……了解した」



 真面目な顔で返すと同じ顔で返されて。



「では、夜分にお邪魔しました」

「部屋まで送ろう」

「その必要はありませ――」

「――あ」



 トレファスの声に断りをいれて扉を開ければ――、二人同時にに言葉を飲む。


 廊下にはとても難しい表情をたたえた()()がいた。



「………」


「………」


「………うん、送る必要はなさそうだね。それじゃあ良い夢を、リリアベル嬢、()()()()


「…あ――、」



 無情にも、にこやかな表情のトレファスによってパタンと扉が閉められた。



 ……いや、酷くない?(二回目)




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