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15.行動と思考


 そこからの私の行動が躊躇いがなく、あまりにも素早かったためにエリックの反応が遅れた。



「――ちょっ、な…っ!! リリアベル!? 」



 バサッ――と勢いよく、目の前の布を捲った私にエリックが驚愕の声を上げる。



「……っ…!」



 覚悟はしていたがやはり息を飲む。

 捲った布の下から現れたのは、お兄様だとは絶対に思われない有り様のもので。土気色に変色した体には誰かが着せたのだろう、真っ白なローブやたらと眩しい。

 確かにぱっと見欠損は見あたらない。だけど。

 上半身の裂傷――特に頭部と顔が酷く、見覚えのある面影など皆無だ。唯一はごわごわと固まった髪色だけ。

 これが、ウィルお兄様…?


 布を握りしめたまま固まっていると、先に我に返ったエリックがベリッと私の手から布を奪い元へと掛け直す。

 詰まっていた喉の奥から「…は」と息が零れた。



「――なっ…にやってんだよっリリアベル!」

「……うん、…ごめん…」



 エリックの剣幕に素直に謝れば、勢いを削がれたのか一瞬声を詰まらせたあと腰に手を当て大きく息を吐いた。



「………で?」

「え?」

「どうせ何か確かめたかったんだろ?」

「…あ、ああ、うん…」



 険しい表情はもう鳴りを潜め、半分諦めたような顔でエリックは私を見る。



「…あの…」

「何?」

「……ごめん…」

「うん?」

「………気持ち悪い…」

「は?」

「…外…、連れてって…」

「―――はっ!?」







 外に出たら落ち着いたのか、乙女の矜持を損なわずに済んだ。

 


「エリックってば意外と力持ちなんだね」



 地下室からの速やかなる脱出には、結局エリックが私を抱える形となった。

 そう、まさかのお姫様抱っこを体験したわけだが。



「火事場のなんとやらだから…、出来るだけさせないで…」

「あー…、なんかごめんね」

「うん…」



 ちょっぴり浮つく私とは違い、エリックはゼーハーと肩で息をする。いや、ほんと、申し訳ない。

 


「…それで、結局なんだったわけ?」



 息を整えたエリックが言う。それはさっきの私が起こした暴挙の件の続き。



「僕もロイデンさんもあそこまで言ったんだからある程度は予想はしてただろ? 見ない方がいいって」

「まあ、…ね」

「なら、それでも確認しなきゃならなかったことって何?」


 

 言葉を変えエリックは同じ質問を繰り返し、私は先ほどまでいた地下室を見下ろし口を開く。



「ロイデンさんも、一緒に遺体を運んだんだよね?」

「え? …ああ、ウィリアムさんの? そうだよ、ジョンと…トム…もいたけど」



 その一人も今は地下室の住人で。エリックの声が微かに淀むのは仕方ない。



「じゃあ遺体を見た上で爆発に巻き込まれたんじゃないって言ったんだよね? 」

「まあ、だろうね。 ていうか、確認したかったのはウィリアムさんの遺体の状態? で、リリアベルは爆発自体に巻き込まれたと思ってる?」

「そういうことでもなくて。…でも、遺体の傷に意志を感じるんだよね」

「意志?」



 視線をエリックへと戻し、私は自分のこめかみあたりを指差す。



「頭と顔に集中してるよね?」

「ああ…。 でもそれはたまたまじゃ」

「例えば――、」



 エリックの言葉を遮り続ける。



「お兄様は泳ぎに長けていたのだから、無事に岸に泳ぎ着いたかもしれない――でも」

「……でも?」

「それを見つけた犯人がそこで致命傷を与えて再び川に流したとか」

「それは――、………ない、とは言えないか…」


 

 一度考えるように言葉を切ったあとエリックは息を吐くように零し、「…まあ、例えばの話しだけども」と私は小さく頷いた。


 やはり一度頭の中を整理しなくてはいけなさそうだ。()()()()()()()()()やポケットの紙の件も。



「ね、エリック、今からサロンに行くよね?」

「ああ、皆んないるだろうし」

「そう、じゃあ私サロンでなくてちょっとシガールームにいるよ」

「え? 何故?」

「ちょっと考えに集中したくて」

「……一人は危ないだろ…」

「ちゃんと鍵掛けるよ」



 渋るエリックを説き伏せて、表へと回り玄関から建物内へと入る。階段ホールの正面右手がシガールームだ。

 シガールームとはいってもビリアード台やボートゲームやカードなども置いてあるので娯楽室に近い。その扉の前で。



「じゃあ僕は行くから」

「うん後で」

「ちゃんと鍵閉めるように」

「はいはい」

「それと――」

「もう早く行きなよ」



 まだ何か言おうとするエリックをとっとと追い払い、私は扉の向こうに体を滑り込ませた。




「……あ」

「――あ?」



 そうしたら、まさかの先客がいた。

 しかもマクファーソンである。



「…何でここにいるんですか?」

「そりゃー煙草を吸うから」



 長椅子にダラリと座ったマクファーソンはぷかりと煙を吐く。シガールームの正しい活用だ。間違ってはいない。

 だけど外で吸うのが好きだと言ってなかったか。

 私の渋る顔を見てマクファーソンはニヤリと笑う。



「それじゃあ、お嬢様も煙草を嗜みに?」

「わけないです。私、まだ成人前ですし」

「だよな。何しに来たかしらねえけど、俺の方が先にいたわけだしここは名前の通りシガールームだ」

「わかってますけど」

「では俺は存分に煙草を吸わせてもらうので、お嬢様もご自由に。あ、別に他の部屋に行ってもらっても構わないけどな」

「………」



 言われてこのまま出て行けばなんか負けた気がする。かといってまだ犯人が誰であるかはっきりと掴めていないのにこの男と二人きりで部屋にいるのもどうだ?

 ムムと眉を寄せていると、後ろで再び扉が開いた。



「……あら」



 新しき訪問者――リアナも誰もいないと思っていたのだろう、少し驚いた顔をしたあと目を瞬かせる。



「…面白い組み合わせね。示し合わせたの?」

「そんなわけあるか。俺が煙草を吸っていたらそのお嬢さんが入って来たんだよ」

「へえ、貴方煙草吸うの?」

「吸いませんよ、ちょっと考え事をしようかと」



 私の言葉に「あー、なるほどねぇ」と、リアナは訳知り顔で頷く。



「トムの()()も同じ犯人だと思ってるわけね」

「――は? 何、トムってやつもやられたのか?」



 驚いたようにマクファーソンが尋ねる。サロンの集まりには参加していなかったようだ。



「頭から血を流して倒れてたのよ。事故か事件かはわからないって言ってるけど、きっと殴られたのね」

「死んだのか?」

「生きてるけど意識はないらしいわ」



 どうやら上手く話しは誤魔化せたようだ。



「だとしても、もう無茶苦茶だな…」



 マクファーソンはそう零してまだ随分と残っていた煙草を灰皿に押し付ける。

 太々しい態度を取っていたとしても疲弊はやはり平等に見受けられる。明日解放されるまではと、皆が皆そう思って持ち堪えているのだろう。


 新しい煙草に火を付けてマクファーソンが言う。



「ところでリアナは何しに来たんだ?」

「あら、シガールームなんだから煙草を吸いにきたに決まってるでしょ」

「まあそうだよな」

「………」



 マクファーソンの視線がこちらに流れる。

 その当てこすり的な声に思わず無言になる私を追い越し、リアナはマクファーソンの斜向かいの一人掛けのソファーに座り、テーブルの上にあるシガレットケースから煙草を取り出し火を付ける。ならばと、私はこのまま立ってるのもなんだと、入り口近くのボートゲームが置かれた席に座った。


 にしても、これでは考え事など出来ないだろうなと、半分諦めた気持ちで喫煙中の二人に何となく視線をやる。

 きちんと化粧を施されたリアナの赤い唇からは細い煙が吐き出され、ついでのように言葉が零れた。



「ねえマクファーソン、実はあんたが犯人だったりしないわよね」

「は? 馬鹿言うな。 それこそお前はどうなんだ? 女同士の確執ってやつとか。それにウィリアムだってお前が仕事柄一番近くにいただろうが」

「女の細腕で殺しなんて無理よ」

「そんなの今時はどうかと思うぞ。それに誰かと結託すれば何とでもなるだろ。ほら、そこのお嬢さんとかどうだ? 見かけによらず割とシビアな性格だしな」



 急にこっちに話しを振らないで欲しい。それと見かけに関しては余計なお世話だ。側と中身があってないことは本人も百も承知である。

 私はマクファーソンの声をまるっと無視してポケットにいれたままの紙を確認するように弄ぶ。今見るか、後で見るか。



「いえ、犯人は絶対に男よ」

「その根拠は? 適当に言うなよ。大体それなら一番怪しいのはトレファスだろ」

「どうしてよ?」

「あいつ自身が気づいてるかどうかは知らないけど、トレファスの恋人が亡くなったのは間接的とは言えレイチェルのせいだからな」

「――は? 何よ、それ」


「…どういうことです?」



 気になる言葉に、傍観を決め込もうとした私も思わず口を挟んでしまった。


 マクファーソンは私をちらりと見てから視線をリアナに戻す。



「お前なら何か聞いてんじゃないか? レイチェルがちょっと前に誰かを追い詰めて、それで相手が自殺したって…」

「え、まさか! …でもそれって噂じゃないの?」

「いいや本当だ。その相手がトレファスの恋人だったんだよ」

「ええっ! …でも、そんな気配なかったわよ」

「お前がトレファスに接近したのはここ最近だろ。その恋人が亡くなったのは半年以上も前だし、その頃のあいつは随分と塞ぎこんでたぞ」



 というか、今も引き摺ってるなとマクファーソンは言う。

 私は「なるほど…」と思う。トレファスが零した微妙な吐露はここに繋がっているのかと。

 だけどそれが本当ならとても重い動機となる。



「…それでフリスさんは具体的に何をしたんです?」

「あー、まあ、噂を流したとか広めたとか」

「噂?」

「ああ、何となくわかったわ。要するに別れさせるために悪意あるデマを流したのね。レイチェルのやりそうな事ではあるわね」

「…デマ…」



 それくらいで自殺を?と思ったのが顔に出てしまったのか、リアナが私を見て「貴方もこっち側ね」と口の端を上げる。とっても心外だ。



「だとしても、ロイデンさんとフリスさんは険悪そうには見えませんでしたけど」

「だから気づいてないんじゃねえかって。レイチェルが話すわけないからな」

「でもあんたの説でいけば気づいたから復讐したってことでしょ?」

「あ…、…だな」

「ガバガバね、それにウィリアムはどう関わってくるって言うのよ」

「それをお前が言うか?」



 二人のやり取りをぼんやりと眺めながら思いに耽る。


 トレファスは馬鹿ではない人種だ。そんな彼が恋人が自殺した理由を追及もせずに、ましてやその原因に気づかないなんてことがあるだろうか。

 たぶん知っていたはずだ。レイチェルの遺体を運んだ後に零した、向き合うことをしなかったと言った言葉はそこら辺も含んでいたのではないかと思う。


 心を隠して、感情を押し込めて、復讐という目的を遂行する。

 それが動機だとして、それで彼を重要容疑者とするには言うようにお兄様の件が引っかかる。



「…シャーロットもリアナくらい図太い神経をしていたら自殺なんてしなかったろうに」



 閉ざしていた思考がふいに音を拾った。

 マクファーソンとリアナの会話はまだ続いている。



「シャーロットって誰よ?」

「ああ、トレファスの恋人の名前だ」

「シャーロット…? どっかで聞いた名前ね?」

「あー…と、姓はなんだったっけな?」



 私は微かに目を見開いた。

 そんな、偶然があるのだろうか?

 


「……シャーロット、…ブラウン…」



 私の口から無意識に声が零れる。



「あ、そうそう、そんな名だったな。…て、何で知ってんだ?」



 だってそれは。



「シャーロット…シャーロット…、……あら、それって、ウィリアムの別れた相手の名前じゃなかった?」

「――は…?」



 言う通りに、ウィルお兄様の婚約者であった人の名前だから。




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