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14.三人目の被害者

 

 「エリック!」と声を上げ大きく手を振ると、気づいたエリックがこちらにやって来る。そして少し焦った様子の私に首を傾げた。

 


「何があった?」

「この向こうで人が倒れてるらしいのっ」

「え!?」

「今、先にロイデンさんが向ってる。だからエリックも先に行って。私はスティーブさんと後から追い掛けるから」



 エリックの後ろにはスティーブがいて、少し遅れて来たスティーブに一度視線をやりそう話す。

 何となく話しは聞こえていたのか、スティーブは驚いた表情だったが了解というように幾度も頷き、エリックは「…え、あ、じゃあ…」と多少戸惑った様子を見せながらも私が指し示した方へと走って行った。

 


「お嬢様…、倒れているのは一体…?」



 スティーブが不安を滲ませた声で尋ねる。



「私にもわからないんです。ボーデンハイトさんが部屋から見つけたらしくて。…でも」



 その言葉の先を言うことをはばかられて一度黙る。


 ――でも、それはたぶん。


 聞いた話しを繋げれば自ずとそれが誰かはわかる。スティーブもきっとわかったはずだ。だからこそ滲んだ不安。

 

 

「……ともかく急ぎましょう」


 

 向けられた揺れる視線に緩く首を振って、スティーブと共にエリックの後を追う。


 そして温室を回り込んだ先にその光景は見えた。



 しゃがむエリックと、その一歩後ろで佇むトレファス。そして地面に倒れた男。

 懸念した通りにそれはトムであることが遠目にもわかった。

 後は安否ではあるが、それもまたトムを見下ろすトレファスの表情を見れば直ぐにわかってしまった。


 スティーブが私を追い越しよろけるようにトムの元へと駆け寄る。


 この中では、当然スティーブが一番トムと親しい仲だ。そんなスティーブはエリックの傍らに跪き震える声でトムの名を呼んだ。



「…ト…ム…?」


  

 あり得ないというような唖然とした表情。今起こっている現実を受け入れられないその気持ちは私にも痛いほどわかる。

 いたたまれない思いに数歩手前で足を止めた私の元へとエリックが来る。



「トムだったよ。…それと、残念ながら亡くなってる」 

「…ええ」



 報告は思った通りのもので、私は小さく頷く。



「…それで死因は?」

「頭部に打撲の痕がある。出血も。たぶんだけど後ろから殴られたあと、振り向いたところをもう一度、というとこかな」

「そう…」



 所謂、撲殺というもの。これは間違いなく他殺だと言える。

 肩を落としたスティーブと、やはり立ち尽くしたままのトレファスを眺めながら私は口を開く。



「トムはなんでこんなとこにいたのかな。わざわざここを通る必要が? 玄関に回ろうとしたとか?」



 その疑問に「もしかして――、」とエリックが答える。



「そこに地下貯蔵庫があるんだよ。建物内からも行けるけど、外からだと直接地下に降りれるんだ」

「地下貯蔵庫って…」

「――あ…、…うん、今は遺体安置所になってる場…だね」



 グッと寄った私の眉を見てエリックの声が急に小さくなる。別に責めてるつもりはなかったのだけどエリックは気にしたようだ。だってそこにはお兄様の遺体もあるから。

 まだ一日と経っていないのに、まるでもう何日も過ぎたかのような感覚だ。かといって痛みが薄れたわけではない。



「じゃあ、トムは遺体の確認をしたかったってこと…?」

「それか潜む場所としては最適だと考えたか」

「それって…」



 エリックが言うのはボート小屋からの続きの話しだろう。

 だけど流石に豪胆すぎないか? 確かに人が近づくことはないだろうけど、潜んでた者が犯人だとして、自分が手に掛けた人間が安置された場所で過ごすなんて余っ程だ。

 私は小さく息を零す。エリックからの話しも聞かなくてはならないが、ポケットにしまった()の件もある。きちんと整理しないとならないことが沢山だ。

 でもまずは。



「…トムも地下へ?」

「そうだね、このままにはしておけないし」

「そう…。じゃあ私も地下に行くわ」

「――え」




 

 エリックは最後まで渋っていたけれどそれを一切無視して地下へと続く葬列に並ぶ。

 遺体の乗った、棒と布で作った簡易の担架が地下貯蔵庫に入ると、開いた扉からひんやりと漂う冷気に小さく震えた。



「やっぱり戻った方が…」



 私の震えを勘違いしたエリックが言う。その声に「今さらでしょ」と答え、もちろん棺などないので床に直接寝かされた、現在三体となった白い布の塊に視線を落とす。

 そのきっと一番奥が――…。

 どこからともなく漏れた深いため息は、私のものだったのか別の誰かものだったのか。



「……皆んなにも話さないといけないな」



 ポツリと呟かれたトレファスの言葉に、スティーブが弱々しい声で返す。



「ロイデン様、話すのは…、明日まで待ってみては如何でしょうか」

「黙っておくと?」

「…ええ。……私もですが、皆んな既にかなり参ってます。この閉じ込められた状況で更にトムの死を伝えることは…」



 得策ではないとスティーブは言う。

 


「明日になれば取りあえずは外と連絡が取れます。そうなれば気持ち的にも少し余裕が取れると思うんです」



 活路を、退路を、持ちうることは心の安寧にも繋がる。スティーブのその気持ちはわからないこともない。

 「だけど――」と、トレファス。



「…確かに、それはその通りだと思う。が、話すことで警戒を喚起する意味にもなるんじゃないかな」

「それは…、…そうですが」



 どちらの意見も間違いではなく。だけどこれ以上の精神的疲弊と、それからくる要らぬ猜疑心が蔓延するのはよろしくないと私も思う。

 そんな中、横で聞いていたエリックが口を開く。



「だったら重い怪我で面会謝絶でいいのでは? どうせトムの姿が見えないことは隠せませんし、ボーデンハイトさんが見ているので全く問題ないとも言えないですから」

「事故だということにでもするつもりかい?」

「あー…うーん、そこは何となく濁す必要がありますけど…」



 微妙である。しかも丸投げ感。でも『死』という言葉が持つ強い負のイメージは少しは和らげられるだろう。真実を知るまでの、いっときの気休めにしかならないけど。

 このメンバー内でその報告を担える人間はトレファスだろうと本人も、それ以外も思っている。

 その本人であるトレファスは軽く息を吐き言う。



「…じゃあ取りあえずはその方向でいくとするか。ではスティーブさんもそういうことで」

「はい…」



 スティーブも異論はないようで小さく頷くと、白い布に包まれたトムの体を労うようにひと撫でしたあと目を瞑り黙祷を捧げる。

 それは決別で、最後の別れの儀式。

 暫くして、スティーブは名残りを振り切るようにスッと立ち上がり、先に外へと向かったトレファスに続いた。

 そしてそれを眺めていた私は、僅かに顔を出し始めた太陽の光と、地下の暗闇をはっきりと分つ扉の境で足を止める。



「…リリアベル?」



 急に立ち止まった私に直ぐ後ろにいたエリックが怪訝の声を投げるがそれを無視して、地上に出る階段の途中にいるトレファスとスティーブを見上げた。



「あの…っ、すみませんが、先に行っててもらえますか?」



 私の声に二人が振り返る。



「リリアベル嬢?」

「お嬢様、何か忘れものが?」

「いえ、そうではなくて。 ………私も、お兄様に…」

「ああ…」

 


 途端沈痛な面持ちとなった二人から納得の息が漏れる。ただしエリックからはその反対の声が。

 


「駄目だよ、リリアベル。止めておいた方がいい」

「私、もう落ち着いてるから大丈夫だよ。それにお兄様にお別れを言いたいだけだし」

「それでも――、」


「いいじゃないか。『別れ』というけじめをきちんとつけることは大切なことだから」



 そう言って、助けの船をくれたのはトレファスだ。「ただし――」と付け加える。



「その体を覆う布を取ることはお勧めはしない。 君の頭の中にあるウィリアムの姿こそ、ウィリアム本人も望むと思うから」

「………、…わかりました」

「ああ。…じゃあ僕らは先に戻っておくよ」

「あの、ローズマリーには直ぐに戻るからと伝えておいてもらえますか」

「わかった。 でも直ぐかどうかは君の説得したいじゃないかな?」



 少しだけ口の端を緩め私の後ろへと視線をやったトレファスはそんなことを言い残して去っていった。私は振り返る。

 …なるほど、納得していない顔がそこにある。



「……ロイデンさんと約束した通り布はめくらないよ」

「それは当然」

「じゃあ問題なくない?」

「それはそうだけどっ」



 エリックが「はあー…」と大げさなため息を吐く。



「僕の知ってるヒロイン(リリアベル)がどんどん違うジャンルに走っていく…」

「え、今さら」

「ふわふわで甘々な世界観が」

「そんな要素初めからなかったけど」

「でも、見た目はそのまんまヒロイン(リリアベル)なのに…」

「………」



 本当に今さらだし、その言い方はどうなんだ? リリアベル()を全否定じゃない?

 ムッとした顔でエリックを見やる。


 

「じゃあもういっそのこと学校辞めてエリック父(おじ様)のとこに就職しようかしら」

「えっ! それはだめだ、困る!」

「私は困らないけど」



 むしろせいせいする。そうすれば乙女ゲームの攻略対象者とも関わることはない。



「だってそんなことになったらスチル回収が…」

「それこそ困らないけど」



 例えふわふわ甘々なゲーム設定だろうが、それをきちんとした現実のものとして過ごすのなら、そんな偏った世界観(ジャンル)だけで済むはずがないのは当たり前だ。

 まだスチルだなんだとぶつぶつ呟いてるエリックに半眼を向けて奥へと引き返すと、「――あ、ちょっ!」と我に返ったエリックが追ってくる。私は一番奥にある白い布の側にしゃがんだ。



 人の形に盛り上がった白い布。この下にお兄様がいるなんて全く想像出来ない。

 トレファスが言ったように私が思い浮かべるのは、在りし日の、ヘーゼル色の目を細め柔らかく笑うお兄様だ。目の前に横たわる、この()()とはどうしたって結びつかない。

 そう感じることが、ある意味寂しく悲しい。


 私は唯一僅かに布からはみ出しているウィルお兄様の右手に視線を落とす。

 薄暗い明かりの下ではあったが極端に短く切られた爪の中には濁流の中で藻掻いたのかうすっらとした汚れが見えた。




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