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12.マクファーソンの証言


 エレベーターやエスカレーターの偉大さが身に沁みる。



「階段きっつ…、…何? この試練…」

「姉様、大丈夫? ――もうっ、兄様がロイデンさんくらい力持ちなら抱えて降りれるのに!」

「いや、部屋でじっとしとけばいいだけの話しだろ。…まあ無理だろうけど…」



 うん、まあ無理だろう。じっとしていたら足は良くなるけど、事態は勝手には好転しない。

 それに、動機が全く見えない現状、これで終いだとは思えないのだ。

 レイチェルの死は本人を狙ったのだとわかるが、橋の崩落はお兄様を狙ったものかどうかの判断がつかない。

 あれでは誰もが犠牲になる可能性があった。


 結局レイチェルの部屋でわかったことは密室の謎だけで動機にまでは繋がらなかった。

 ふぅと大きく息を吐いて一階への到着に額の汗を拭う。

 

 まずはスティーブさんに鍵を返そうと、誰かいるだろうと厨房を覗く。そこではマイラとジョアンナが食事の準備をしていた。

 忙しそうで申し訳ないがコンコンと柱を叩く。



「まあっ、お嬢様こんなとこまで、足は大丈夫ですか!?」

「杖があるから大丈夫よ。貸してくれてありがとう。それよりスティーブさんは?」

「夫ですか…? 」

「スティーブさんならトムと海の方に行きましたよ。たぶんボート小屋じゃないでしょうか」



 ジョアンナが口を挟む。



「トムと?」

「ええ、少し前に窓から見ましたから」

「そう…」



 私の顔が若干曇ったのを見てマイラが不安そうな顔をする。なので鍵を返しに来ただけだと軽く告げ、そのまま代わりに鍵を預けて部屋を離れた。


 


 厨房を出て、裏庭に続く扉に向かおうと廊下を行く。



「うーん、トムはボート小屋かぁ…」

「姉様、流石にその足で砂浜を歩くのは無理だからね」

「だよね…」

「あ、だったらロイデンさんに頼んでみるとか?」

「おいおい、ちょっとそれはどうなんだ?」



 エリックの突っ込みは当然として、でもそれもありかと考えたところで、窓の外に海の方から歩いて来るスティーブの姿が見えた。




「――スティーブさん!」



 エリックの掛け声にスティーブがこちらに気づいた。



「ああ、坊っちゃんにお嬢様方…、どうしたんです?」

「トムと一緒では?」

「トムですか…、ええ、二人でボートの確認をしてたのですが、終わり次第慌てたように出て行ったんですよ。 こちらに戻って来ませんでしたか?」

「いえ、僕らも今ここに来たところで…、」



「トムってやつなら温室(コンサバトリー)の方に走ってたぞ」



 ――と、そんな声が割り込んだ。

 私たちがいる壁の向こう、マクファーソンが紫煙を燻らせながらフラリと出て来る。共にいると思ったトレファスは一緒ではないようだ。



「マクファーソン様、トムを見たのですか? 」

「声は掛けてないけどな。えらく難しい顔をしてたぞ」



 マクファーソンは大きく雲のような煙を吐き、煙草を地面に捨てると靴先で潰した。ローズマリーがしかめっ面で手を仰ぎながら一歩下がる。

 


「ところで――」



 と、マクファーソン。自分が上げた煙がしみたのか僅かに目を眇める。



「何、お前ら? 探偵ごっこか?」



 先ほどのリアナが口にしたセリフと同じ、軽く侮るような口調にエリックが頬をポリポリと掻く。



「あー…、いえ、ごっこじゃなくて、一応僕、捜査官なんです…よ」

「はあ?」

「それがダンシェル家(私たち)の家業ですからっ。 それから、兄様は一応じゃなくてちゃんと捜査官なんで!」

「――お、おう…」

 


 兄の控えめな答えを弾き飛ばす勢いでローズマリーの訂正が入り、マクファーソンが気圧される。うん、いい気味だ。この男からのピンク頭呼ばわりは忘れていない。

 けど、ここで会ったついでだ。



「ロイデンさんと一緒ではないんですね?」

「あ? …ああ、うるさいからまいてきた」

「……仲良く、ないんですか?」

「仲良く見えるか?」



 質問を質問で返しマクファーソンは片方の口元を歪める。

 まあ皮肉られるように、見えはしない。だけど。



「それならなんでこの旅行に参加したんです?」



 と、更に尋ねれば今度は苦虫を噛み潰したような顔でボソリと呟いた。



「そりゃー、レイチェルが参加したから…」

「フリスさん? 恋人だったんですか?」

「――は? なわけないだろ。あいつはトレファスに夢中だったからな」

「ですよね。 じゃあどういう?」



 引かない私にマクファーソンは「…チッ…」と舌打ちし、ボリボリと頭を掻くと投げやりに言葉を放つ。



「旅行先なら羽目を外すんじゃないかって」

「つまりは」

「おこぼれに預かれるかもと」

「……おこぼれ…」

 


 ……なるほど、やはりクズであるらしい。

 つまりは、ワンチャンあるかもと思ったわけだ。夏だし、バカンスだし、未婚でお年頃の男女だし、的な。

 ローズマリーが兄に「え、どういうこと?」と尋ねるが、エリックは耳をふさぎ遠い目をしている。

 

 ただもし、そのワンチャンを断られたとしたら、マクファーソンがレイチェルを殺すという強行に走ることはあるかもしれない…――が、密室を作るまでの考えに至るとは思えないな、と瞬時に思い直す。あれは完全に計画されたものだ。


 目の前の男は決まり悪そうに新しい煙草に火をつけ、私は軽いため息を吐く。



「…じゃあ、フリスさんが殺された動機は何が考えられると思います?」

「さあな。 あいつ顔に似合わず中々強かな性格だったし、恨んでる奴はいただろうな」

「それは、()()()()()()もですか?」



 その限定にマクファーソンは嫌そうな顔をする。


 

「俺にはあいつを殺す理由はねえ、もちろんウィリアムもだ」

「じゃあ残り二人は?」

「それこそ知らねえよ。それよりもっ、この中でと限定するが、レイチェルとウィリアムに恨みを持つ人間がこの機会にって潜んでたとかもあるんじゃねえか? それにだ、大体俺はウィリアムとの接点なんてトレファスを介してくらいしかないからな、恨むもなにもない」



 私は小さく唸る。確かに、マクファーソンの言うことは一理ある。だけどそうなると私の捜索範囲外で、()()()()()()の手に委ねることになってしまう。


 そこに「――あっ!」とスティーブが声を上げた。



「そういえば…、さっきボート小屋でトムが…」

「トムが?」

「『ここに潜んでたのか』とか、何かそんなことを…」

「――え?」

「小さな声だったし後は黙ってしまったので気のせいかと」

「………」



 無言のまま振り返ると、少し上にある茶色な目と視線が合う。エリックは小さく頷き口を開いた。



「スティーブさん、もう一度僕とボート小屋まで行ってもらえますか?」

「え? …あ、ああ、構いませんが」

「じゃあ、ちょっと行ってくるから、ローズマリーとリリアベルはサロンにでも移動していてくれ。――じゃ、スティーブさん行きましょう」

「えっ、ちょっと兄様? ……え?」



 言い残しスティーブと海の方へと向かうエリック。その兄から視線をずらし、ローズマリーがこちらを見た。


 

「姉様?」

「私も行きたいんだけどこの足じゃあね」

「じゃなくて…」



 明らかな見当違いの答えに、ローズマリーは小さく息を吐く。



「……うーん、まあいっか…。 それじゃあサロンに移動します?」

「そうだね。 ――マクファーソンさんは?」



 どうします?と、煙草を吹かす男に尋ねれば首を振られる。



「外での一服の方が好きなんだよ。ここは屋根もあるしな」



 傘を差すほどでない細かく霧のような雨はまだ降っている。だけど厨房から続くここは外ではあるが洗濯場を兼ねていて屋根だけはある。

 もともと別に一緒に過ごしたいと思う相手ではない。なので「それでは」とあっさりその場を後にした。


 洗濯場にあったケープを拝借して頭から被り、近道だと中庭を横切る。



「……ねえ、姉様、さっきの話しだけど…」



 私のスピードに合わせ、ゆっくりと歩を進めるローズマリーが呟くように尋ねる。



「犯人が、この館ではなく外から来た人かもしれない、ってこと?」

「………、……可能性はあるだろうね」



 そうだ、そういった可能性はあるのだ。

 お兄様のことで、やはり随分と視野を狭めていたんだろう。

 嵐のような天候だったとしてもそれより以前から計画を練っていたのならあらゆる想定はしていたはずだ。それこそボート小屋に潜むことも―――、


 ……いや…、だけど本当に誰にも見られずにそんなこと出来るものだろうか?


 ここはほぼ閉じられた土地だ、最果館の人間か滞在客であれば見られたとしても何かしているんだなとしか思われないが、流石に全く知らない人がいたら不審すぎやしないか。


 じゃあそれがフェイクだとしたら?

 外部からの侵入者がいると見せかけるためだとしたら?


 どうだろうか。それはそれで、いまいちしっくりとはこない。

 まだ、根本的な何かを見落としてる気がする。


 そんな思考に囚われて歩いていれば、いつの間にかサロンの外扉にたどり着いた。――けど。



「…姉様、閉まってる…」

「あ…」



 その可能性も忘れていた。

 ただ幸いなことにサロン内に人影が見える。トレファスだ。



「ロイデンさーん」

「すみませんっ、ここ、開けてくれませんか」



 ローズマリーと二人して声を上げるとトレファスは直ぐに気付いてくれ、彼の手で扉は無事に開かれた。



「ありがとうございます」

「いや…、タオルとか何かいるかい?」

「いいえ、そんなには濡れてはいないので大丈夫です」

「それにしても…、なんでこんなとこから?」



 サロン内に入り、濡れたケープをコートラックに掛けてからトレファスを見る。



「えーっと、色々とありまして。ロイデンさんはお一人で?」

「ちょっと前まではマクファーソンと共にいたんだけど、トイレだと言って席をたったまま行方をくらまされてね」

「ああそれ、『うるさいからまいた』って言ってましたよ、あの人」

「ん? …ああ、だろうな、煙たそうな顔してたから」 



 ローズマリーのストレートな報告にトレファスが苦笑を浮かべる。

 兄はオブラートに包み過ぎるけど妹は包む素振りもない。私もあまり言えた義理ではないけれど、取りあえずはとっとと話しを変えよう。

 



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