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10.検証実験とリアナの証言


「おーい、じゃあ落とすぞー」



 エリックが窓から顔を出してそう声を掛けると、下から小さく「了解ー」とローズマリーの声がする。

 今、エリックと私は三階の空き部屋、そしてローズマリーと丁度よいからと巻き込んだリアナがそのまま二階に留まり、上と下に分かれて作業している。もしリアナが犯人かその共犯だとしても、この状況では滅多なことはしないだろうの判断と、何気にローズマリーの方がエリックよりも護身術が上手なのだ。どんまい(エリック)よ。

 そのローズマリーの声を受けてエリックは二本の糸、一本は棒のついたものを窓から下へと投げた。

 後は少しの間、下での作業待ちだ。


 それを背後で眺めていた私は、今ふと思い浮かんだことを、態勢を戻したエリックに伝えた。



「ウィルお兄様は、もしかしてこの隣の部屋で行われたことを気づいたか見ちゃったのかな?」

「え?」

「んー…、所謂目撃者ってやつ。 ボーデンハイトさんも言ってたでしょ? 何かしらの気配や物音を感じたのかも」

「ああ…、目撃者であったから殺されたと」

「………」



 ――殺された、


 ……そう…、殺された…。




「………ベル、――おい、リリアベルっ」



 気づくと、エリックが直ぐ側で私を覗き込んでいる。



「………、大丈夫か?」

「…え…? ……何が…?」



 なんだか、毎回エリックからその言葉を投げかけられてる気がする。私が大丈夫じゃなさそうにでも見えるのか?

 でもエリックは答えずに眉尻を下げるだけ。


 確かに、少しボーッとはしていたし、多少は無理をしてると思う。今は足もこんなだし。

 けれどそれはしょうがないことだから。


 エリックはまだ眉を落としたままで。だから大丈夫だと言おうとしたのに、何故かその言葉は喉に詰まって出てこない。



( ……なんで…? )



 私のそんな困惑にエリックが深く息を吐き、そして口を開く。



「あのさ、リリアベル、ちゃんと泣いた?」

「…泣く…?」



 何だろう、急に?



「そう、大声で、悲しんで、泣く。 大人であれば、それを押し込めることが分別かもしれないけど、幸いなことに僕らはまだ()()だ」



 なんせ今は十代だしね。とエリックは軽く肩を竦める。


 泣く…、とは、お兄様の死に対しての話しだろう。

 私は泣いた――、…いや…、言うように押し込めた。

 今度は私が眉尻を下げる。

 それが、だから何だ? とは言えない。エリックの言いたいことが何となくわかったから。

 


「感情を露わにしても誰からも咎められはしないさ」

「…でも、貴族としてはダメじゃない?」

「それはそうだけど…」

「泣かないよ。 ――あ、貴族とかじゃなくて、今はまだ泣けない。泣くのは、解決してからじゃないと」



 やることは変わらない。ただ少し、ピンッと張っていたものがほぐれたような気がする。 それは決して悪いことではなく。



「…ねえ、エリック」

「ん?」

「じゃあその時は胸貸してね」

「――えっ」

「だってエリックが言い出しっぺなんだから」

「ええぇ…、あー…、うーん…」



 動揺しながらも渋面というエリックの挙動不審に僅かに頬を緩めていれば、窓の向こうからローズマリーの声がする。



「兄様ー、準備出来たよー」

「――あっ、 うん、ほら呼ばれたっ! うんうん、じゃあほらさっそく」



 今度は言葉が挙動不審なエリックはここぞとばかりに窓辺へと戻る。というか逃げた。

 まあともかくはこの検証実験が成功しないと話しにはならない。



 エリックが落とした糸、棒がついた片方は私が先ほど使った本の代わりに窓のつっかえ棒となり。もう一方の糸はサイドチェストの上、先端は並んだ本の下に挟んでいる。その糸に上から鍵を通す。



「始めるぞ」



 エリックの掛け声と共に、窓から顔を出し見下ろす中、抵抗なくストンと落ちた鍵は階下の窓枠の下桟にコツンと乗る。そこから糸を慎重に引き上げると鍵はスルスルと部屋の中へと入り、視界に捉えることは出来なくなった。

 


「…上手くいったかな?」

「さあどうだろう? まあでも仕上げるか」



 エリックは鍵を通した方の糸を更に引く――、と、少しの抵抗があったけれどそれはスッと引かれ。回収した後、今度は窓のつっかえ棒に繋がっていた方の糸を引っ張って、それも全部回収した。

 予定通り覗き込んだ下の窓はきちんと閉まっている。部屋の中の様子までは見れないけど。


 じゃあ下に確認に行くかと姿勢を戻そうとして、こちらを見上げる三人が視界に入った。

 慌てたように大きく手を振るのはスティーブで、驚いた様子のトムとジョンもいる。


 ああ…、これは多分誤解された。

 なのでエリックを窓へと引っ張っり出す。



「え、うわっ、何!?」

「エリック、下、多分私が落ちると思ったんじゃないかな」

「え? …あ」

 


 直ぐに状況を理解してエリックが下に向かって大きな声で誤解だ、大丈夫だからと説明すると、スティーブとジョンはホッした顔をする。だけど一人、トムだけが眉を寄せ考えるような顔付きで。



「……?」

「よしじゃあ下の部屋に戻ろうか……て、リリアベル? どうかした?」

「え…、あ、ううん別に――」





 結果として、検証実験は成功だった。


 窓は閉まり、鍵は思った通りにチェストの上に鎮座していた。

 それともう一つ窓の施錠の件。

 見つけたゴムはもう一度縛って使い、氷の用意は急には無理だったので厚みのあった本を隙間に挟んで試した結果、そちらの方もきちんと施錠は出来た。密室の出来上がりだ。



「他殺であると決定なわけね…」

「他殺に見せかけた自殺という手もありますけどね」

「は、そんなの、あるわけないじゃない」

「………」



 意味がわかんないわよと、リアナからの返しはスルーして「フリスさんのことなんですけど」と私は尋ねる。



「恨んでました?」

「――は!? 私が!? ……ちょっと、流石にそんなどストレートに聞く?」

「効率化です」

「ちょ…、リリアベル」



 エリックは焦った顔をするけど、それを告げられたリアナは可笑しそうに口角を上げた。



「効率化! 合理的で結構じゃない。でも残念、恨んではいないわ、嫌いだったけど」

「嫌いですか…?」

「だってあの子やり方が陰湿なんだもの。私は何もしてませんって顔で、実際には裏で色々と手を回してたり。…まあ、亡くなった相手にこういうことを言うのもアレだけど…」



 今度は口角を下げて言う。だけど私が聞きたいことはそういうとこなのだ。

 


「じゃあ他の二人やウィルお兄様とも、実は仲が良くなかったとか?」

「なわけないわ。 男の前ではボロは出さないでしょうから」

「あー、なるほど。 女性受けだけが最悪なんですね」

「そうよ、ここ最近でも誰か酷く追い詰めたみたいで、それで相手は病んだとも亡くなったとも聞いたわ。まあ…、あくまでも噂だけど」

「こっわ…、え、あのフリスさんが? うわ、こわっ」

「兄様は直ぐに騙されそうだよね…」



 ドン引くエリックにローズマリーが残念な目を向ける。



「でもそんな人がいるのに、今回はよく参加しましたね?」

「だって、私そんなのに負けないもの。それにトレファスが参加するって聞いたし」

「ああ、なるほど…」



 それは間違いないと頷ける理由だ。だからもう一つ聞いてみた。



「この避暑地への旅行は誰が提案したんですか?」

「え? あー…提案と言うか、トレファスとウィリアムが旅行の話しをしていて、そこにたまたまいたレイチェルとマクファーソンが乗っかったって感じかしら。私は丁度その時席を外していて、後でウィリアムから聞いて参加を決めたのよ」

「…そうですか」



 誰が誰と言うわけではないということか。


 ただ何にせよ密室の謎は解けたわけで。


 「それじゃあ、きちんと施錠してる限り部屋は安全ね」と、リアナは隣の自室へと戻って行き。

 そして私たちはレイチェルの部屋を出て、一旦エリックの部屋に向かう階段の途中で。



「…でも良かったの? 姉様。敵に手の内を見せて」

「おい、敵ってお前…」

「だって犯人はイコール敵でしょ。それが誰かわからない以上全員が敵じゃない」

「犯人は犯人だろ。それに完全に犯人と確定するまでは被疑者だ」

「兄様は甘いね」



 大分慣れてきた杖を使いゆっくりと階段を上がりながらローズマリーの質問に答える。



「別に密室を解いたってだけで、それだけでしかないから大丈夫だよ、ローズマリー」

「まあそうだけどー」

「それよりもここからどう繋げるか問題よね…」



 まず、犯人が密室を作った理由は?


 例えばアリバイの確保。

 レイチェルが海から戻って以降として、私たち三人とトレファス以外は皆んな犯行は可能だろう。じゃあトレファスは違うかと言えば、共犯がいればやはり可能で。それに彼はダイナマイトに詳しいという要素を抱えている。

 つまり全員が怪しいままで。細かい時間が絞り込めればまた変わるだろうけど、今の状態ではアリバイの確保という点では理由が弱い。


 では他に何か。


 例えば時間稼ぎ。

 エリックや私が介入しなければこのレイチェルの死は自殺であるとなったかもしれない。ただそれはきちんとした捜査が入れば直ぐに違うと発覚することだが、それでもそのタイミングを遅らすことは出来る。

 そこで得られるのは心理的な安心。何故なら自殺であれば犯人はいないということだから。


 最初の例えよりこっちの方がまだしっくりくる。

 ただ、次に起こった件についてはどう考えても自殺というには難しい。



( ……いや、もしかして )



 お兄様の件も()()だとするつもりか?



 私は三階につくと直ぐ、廊下を右側へと進む。



「リリアベル?」

「姉様どうしたの? 兄様の部屋はこっちよ?」



 左側に体を向けた二人の声を無視してウィリアムの部屋の前に立ち扉に手を掛ける。

 主の居なくなった部屋は施錠されていると思ったがそれは抵抗なくカチャリと開き、部屋の中には――、



「……トム、何をしてるの…?」


「――っ!! …お嬢様…っ!」



 ウィルお兄様の部屋にいたのは使用人のトムだ。驚いた顔でこちらを見る。



「…ここ、お兄様の部屋だけど?」

「いえ、あの…」

「え、あれ、トム? 何してるんだ、こんなとこで」



 扉を開け佇む私の後ろから、エリックが覗き込んでトムへと声を掛ける。



「…あの、スティーブさんに、ウィリアム様の荷物を纏めておくように頼まれまして…」

「ああ、それで鍵も」



 私は一つ深く息を吐いた。


 

「……荷物は、私が纏めておくわ」

「いえ、それはっ」

「……聞けないの? 従妹である私が纏めておくと言ってるのよ。貴方は必要ない、そうスティーブさんに伝えて」

「……あの」

「さっさと出ていって」



 とりつく島もない冷たい声。エリックが驚いた顔でこちらを見ているが、私は顎を上げトムから視線を外すことなく一歩部屋の中に入り出入口を開ける。早く出て行けというように。

 トムはもう一度何か言おうとして口を開き、でも私の変わりそうにない態度に諦めて部屋を出て行った。




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