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他力本願のアラサーテイマー  作者: 雑木林
七章 新生活の始まり
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214話 薬師と盗賊

 

 リリィが頑張ってくれたおかげで、私の分身であるウーシャが取得した新スキル。それを順番に確認していく。


 【成分抽出】とは、その名前の通り、素材から成分を抽出するスキルだった。

 ローズの花弁から薬効成分だけを抽出するとか、便利な使い方が出来るみたい。

 生物は対象に出来ないので、攻撃に転用することは不可能だよ。


 【他力本願】の影響によって、追加されている特殊効果は、マジックアイテムの効果を抽出すること。

 リリィが少しだけ試したらしいので、私は詳細を聞いてみる。


「──例えばだけど、私の光る延長の指輪に、【成分抽出】を使ったら、普通の指輪になるってこと?」


「いえっ、特殊効果が抽出されたマジックアイテムは、消滅してしまうんですの! わたくし、こんなことが出来るスキルなんて、初めて見ましたわ!」


 リリィは興奮気味にそう言って、スラ丸の中から一粒の結晶を取り出した。

 宝石とも魔石とも違う、無色で形が不揃いな結晶だよ。

 彼女曰く、これはニンジンの槍から抽出したもので、『スキル【牙突】の威力を二割増しにする』という成分らしい。


「へぇー、特殊効果を抽出すると、結晶になるんだね。……それで、この結晶は何に使えるの?」


「それはまだ、不明ですの。水に溶けないのは確認済みですが……」


 マジックアイテムが消滅しているので、元に戻すことも出来ない。

 とりあえず、この結晶をステホで撮影してみると、名前が『未登録』だった。

 リリィと相談して、『特殊結晶』と命名しておく。

 マジックアイテムの特殊な効果を抽出した結晶だから、簡単に文字ってみた。


「特殊結晶の検証は、リリィに任せるよ」


「分かりましたわ!! 必ずや、これを足掛かりにしてっ、新薬を開発してみせますの!!」


「う、うん……。まぁ、根を詰める必要はないから、のんびりやってね」


 熱が入っているリリィの様子に苦笑しながら、私は次のスキル【偽装】を確認する。

 こっちは盗賊の職業スキルで、自分の情報を表面上だけ書き換えられるみたい。

 例えば、ステホに表示される情報とかね。


 教会に行かないと転職出来なかった頃であれば、間違いなく重宝したスキルだよ。

 私には、他人に知られたくない特異性が、幾つかあるんだもの。

 今はもう、スキル【情報操作】があるし、なんならダンジョンコアも手元にあるので、他人に情報を見られる機会なんて、早々訪れない。


 【他力本願】の影響によって、追加されている特殊効果は、私がどんなスキルやマジックアイテムの影響下に置かれても、嘘を吐けるようになるというもの。

 つまり、審問官のスキルの影響を受けなくなるんだ。


 やっぱり、この【偽装】というスキルは、街で暮らしていたときに欲しかった。

 とは言え、今でもあって困るものじゃないから、本体に移しておこう。


「それでは、わたくしはポーション作りに戻りますわ!」


「うん、頑張ってね。それと、レベルを上げてくれて、ありがとう」


「ふぁっ!? アーシャさんがデレましたわ!? つ、遂にっ、わたくしにも春が到来しましたのねッ!?」


「いや、当たり前のお礼を言っただけだから」


 リリィが唇を窄めながら、私に抱き着こうとしたので、スラ丸を盾にして部屋から追い出す。


 こうして、一段落付いたところで──突然、スラ丸がプルプルと震え始めた。

 それも、過去に類を見ないほど、盛大にね。


「す、スラ丸……? もしかして、怒ってる……? リリィにチューされたこと、そんなに嫌だったの?」


「!!」


 スラ丸はブンブンと身体を左右に振って、それから【転移門】を使った。

 私の指示もなく、このスキルを勝手に使ったってことは、何かしらの緊急事態が発生したんだ。


 スラ丸一号が門を繋げた先は、帝国で情報収集を行っているスラ丸七号だった。

 七号は小高い山の上にいるみたいで、山道を見渡せる位置にて、門の形状になっている。


「──あっ! あれって、もしかして、そういうこと!?」


 私は山道で横転している豪奢な馬車を発見して、驚きの声を上げた。

 四頭立てで、かなり大きな馬車だよ。その側面には、白銀の剣と漆黒の鴉の意匠が、紋章としてあしらわれている。

 スラ丸の調べによると、あれは帝国に存在する公爵家の一つ、レイヴンソード家の紋章だ。


 ルークスを連れ戻す作戦の第一段階として、私はイーシャを帝国貴族のもとへ送り込みたい。

 だから、まずは恩を売って信頼を得るために、窮地に陥っている帝国貴族を探していたんだ。


 山道の状況を見た感じ、レイヴンソード公爵家の人間が、窮地に陥っているのかな。

 ここで颯爽と、イーシャが彼らを助ければ、『是非とも我が家のメイドになってくれ!』と、言って貰えるはず……。

 希望的観測かもしれないけど、やるだけやってみよう。


「──という訳で、イーシャ! 出撃!!」


 私はイーシャに必要なスキルを渡して、【転移門】を潜らせた。

 ここから先は、イーシャの視点だよ。



 イーシャ 結界師(11) 音楽家(1)

 スキル 【他力本願】【対物結界】【偽装】


 取得したばかりのスキル【偽装】を追加してみた。

 これで、王国出身であることを疑われても、誤魔化せるよね。審問官だって怖くない。

 ただ、冷静に考えてみると、ちょっと強さが足りないかも……。


 【他力本願】があるので、結界は強化されている。自動で発動もするし、大抵の物理攻撃なら難なく弾けるよ。

 でも、防御力を無視するスキルとか、魔法攻撃とか、明確な弱点が存在するんだ。


「うーん……。まぁ、強すぎると貴族に警戒されるかもだし、将来有望なくらいが丁度いいよね……? 一応、スラ丸七号は付いて来て」


「!!」


 私は現地のスラ丸を従えて、山を駆け下りる。

 私の手に負えない状況だったら、『偶然現れた強いスライムが、敵を殺してくれた!』という体で、スラ丸に助けて貰おう。


 道端で横転している馬車に駆け寄ると、六つの遺体が転がっていた。騎士と思しき人物が二人と、刺客と思しき人物が四人だよ。

 多分だけど、後者はただの盗賊じゃない。暗器を沢山持っているからね。

 状況証拠から察するに、彼らは激闘を繰り広げて、殺し合いをしたみたい。


「これは、一足遅かった……? いや、まだ諦めるのは早いかも……」


 貴族っぽい人の遺体は、どこにも見当たらない。

 そして、木々が鬱蒼としている山の中に、誰かが入って行った痕跡を見つけた。

 私はスラ丸と一緒に、唯一の手掛かりである痕跡を辿って、山の中を探索する。


 ──道中、一つ、また一つと、騎士と刺客の遺体を発見してしまう。

 イーシャが殺されても、本体には悪影響がないから、あんまり怖いとは思わない。

 それでも、遺体を見るのは、当然のように気分が悪くなる。損壊が激しい遺体も多々あるので、余計にね。


 しばらくして、私は少し開けた場所で、木に寄り掛かっている一人の女性を発見した。

 騎士でも刺客でもなく、容姿や服装には気品があるので、恐らく貴族だよ。


「…………死んでる」


 彼女は二十代前半くらいで、結構なぽっちゃりさんだ。

 濡羽色の美しい長髪が印象的で、黒い瞳は生気を失っており、流血が原因で肌は青白い。

 腹部と胸部には、鋭利な剣が突き刺さっている。間違いなく、これが死因だね。


 周辺を見渡してみたけど、敵味方の気配は全く感じられない。本当にもう、全部終わった後みたい。

 がくっと肩を落として、私が帰ろうとしたら──女性のロングスカートの中が、もぞもぞと動いた。


「え……? な、なんだろう……?」


 この女性の衣服は、紫色のマタニティドレスだよ。

 ぽっちゃりさんなので、不自然には思わなかったけど……私はハッとなる。


「ま、まさか……っ!?」


 ごくりと固唾を吞んで、恐る恐るロングスカートの中を確認してみた。

 すると、そこには──へその緒が繋がったままの、一人の赤ちゃんがいたよ。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 結構ダークな展開が多いこの作品。コミカライズしたら硬派な作画が映えるかも
[良い点] バロメッツ羊ミルクがここに繋がるとは [一言] レイヴンソード公爵家が手配するであろう本来嘘が付けない筈の審問官によって子供の身分とイーシャの正当性が保証されて帝国貴族へと入り込む展開が万…
[一言] 地味に怖い展開
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