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他力本願のアラサーテイマー  作者: 雑木林
六章 聖女の墓標攻略編
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194話 聖女の墓標

 

 私はスラ丸の中から硝子のペンを取り出して、宙に魔法陣を描き、五号を召喚した。

 そして、スラ丸五号と二号の間に、【転移門】を繋いで貰って、聖女の墓標の第五階層へと直接足を踏み入れる。


 この階層は、ユラちゃんの濃霧によって満たされているので、一寸先すら見通せない。けど、ユラちゃんが霧の中を把握出来るので、私のスキル【感覚共有】を使えば、なんの問題もないよ。

 ユラちゃんが私を歓迎するように、霧状の身体を纏わり付かせて、スラ丸二号も擦り寄ってきた。


「ユラちゃん、スラ丸、ご苦労様。ありがとね」


 私は二匹を労ってから、【従魔召喚】を使って手透きのスラ丸たちを呼び出す。

 この場に集まったスラ丸は、一号、二号、五号、六号。

 その他の従魔は、ティラ、ブロ丸、ユラちゃん。

 この子たちと一緒に、第五階層の奥地へと向かう。


 道中、足元にはゾンビたちのドロップアイテムが、大量に転がっていた。

 ゾンビファーザーが召喚するゾンビたち。奴らのドロップアイテムは、色々とあるけど……目ぼしい代物は、鉄製の武具かな。

 通常のドロップだと、なんの効果も付与されていない普通の武具。レアドロップだと、マジックアイテムの武具になる。


 後者の武具に関しては、切れ味向上とか、自動修復とか、ランダムな効果が一つだけ付いているんだ。

 今まではスラ丸二号が、【浄化】を使いながら一つずつ拾っていたけど、回収には時間が掛かる。その作業は切り上げて、攻略を優先しよう。


 ちなみに、【浄化】を使わずに拾いまくれば、すぐに【収納】の空きスペースが埋まるはずだよ。

 ただ、どの武具も汚れているので、そのまま拾うのは躊躇われる。呪われた装備も、混ざっているかもしれないし……。


 ゾンビファーザーのドロップアイテムは、宝石があしらわれた冠と、ドス黒いオーラを垂れ流している権杖。後者がレアドロップだった。

 どちらも未鑑定で、スラ丸に拾わせるつもりはない。


 権杖は【浄化】を使っても、聖水を浴びせても、ドス黒いオーラが消えなかった。十中八九、とんでもない呪物だろうね。

 冠は呪われているように見えないけど、ゾンビファーザーのドロップアイテムというだけで、拾う勇気が湧かないよ。


 こうして、ドロップアイテムのことを考えていると──不意に、亡者の手が地面から飛び出して、私の足を掴んだ。

 すぐに聖なる霧に触れて、亡者の手は強酸を浴びたように溶けていく。


「汚いなぁ……。もしかして、今のがゾンビファーザー?」


 私がユラちゃんに問い掛けると、この子は触手を上下に動かして肯定した。

 ダンジョン内の魔物は、倒しても倒しても、何度だって再出現する。

 この階層では、再出現と同時に消滅するから、少しだけ憐れだね。



 ──しばらく歩いていると、白亜の石の台座が見えてきた。

 そこには、五つの丸い窪みがあって、魔物メダルを嵌められるようになっている。

 ゾンビ、ゾンビリーダー、シスターゴースト、アグリービショップ、ゾンビファーザー。それらの魔物メダルを一枚ずつ嵌めると、地面から巨大な白亜の門が出現した。


 大きさは百メートル以上もあって、軍勢が通ることを想定しているみたいだよ。

 黙って見守っていると、門が自動で開かれて、眩い光が向こう側から溢れ出した。

 私は目の前に手を翳して、従魔たちと一緒に光の中へ足を踏み入れる。






 ──壁も、床も、天井も、目が眩むほどの純白だった。

 そんな白亜の空間の中に、ぽつんと一匹、黒髪のゾンビが佇んでいる。

 女性のゾンビで、金糸によって彩られた白い法衣を身に纏っているよ。

 側頭部には、短剣と思しきモノが突き刺さっている。刃は見えないけど、赤黒くて禍々しい柄が見えているんだ。


 このゾンビは身体が大きい訳でもないし、威圧感がある訳でもない。

 お供のゾンビだっていないし、全然強くなさそう……。服装が襤褸だったら、第一階層に現れてもおかしくないような、普通のゾンビに見える。

 目玉がない眼孔を私に向けているけど、その場に佇んでいるだけで、何もしてこない。


「こっちから攻撃するまで、戦闘にならないの……?」


 だとすれば、有難いことだね。

 私はステホを取り出して、目の前のゾンビを撮影することにした。

 このタイミングで、自分のステホに罅が入っていることに気付く。しかも、その罅は徐々に広がっているよ。

 これを生成した神聖結晶が、壊されてしまったらしいので、そのせいかもしれない。

 とりあえず、問題なく撮影は出来たけど……いつ砕けても、おかしくなさそう。


『堕ちた聖女・ニラーシャ=アクアヘイム』──持っているスキルの数は、五つ。


 【浄化】【再生の祈り】【信仰布武】【聖戦】【絶望の呪禍】


 一つ目はスラ丸が持っているスキルで、二つ目は私が持っているスキルだった。

 【信仰布武】は人々から集めた信仰の分だけ、自分の身体能力が上がるという、常時発動型のスキルだった。

 アクアヘイム王国では、聖女信仰が根強いので、ニラーシャは物凄い身体能力を持っている可能性が高い。


 【聖戦】は勇者を選定するスキルだけど、この場には対象になる存在が見当たらない。

 【絶望の呪禍】は自分が抱く絶望の種類と大きさに応じて、効果が変化するスキルらしい。


 王族に掛けられた老化の呪いの原因は、【絶望の呪禍】にありそう。

 私は解呪出来るので、なんの問題もないかな。

 裏ボスと言えば、シャチしか知らなかったけど、あれよりも随分と弱そうだ。


「……そういえば、ニラーシャって建国の聖女だっけ?」


 私がスラ丸に確認を取ると、この子は身体を縦に伸縮させて肯定した。

 以前、教会で聖女のことを調べたときに、その名前が出たんだよね。

 建国の聖女がダンジョンの裏ボスだなんて、どんな経緯でそうなったのか、少し気になる。


「うーん……。まぁ、いいや。スラ丸、ユラちゃん、殺っちゃって」


 私が命令すると、スラ丸たちが聖水を放射して、ユラちゃんが【冷水弾】と【霧雨】を連発した。

 ユラちゃんが使う水属性のスキルは、【聖杯】によって聖なる力を宿す。

 ニラーシャがどんな魔物でも、所詮はゾンビなんだから、これには耐えられないはず……。


 早く片付けて、街から悪臭を取り除いて、それから──それから?

 

「……あれ? それから、私はどうすればいいの?」


 私が首を傾げている間に、聖水を浴びたニラーシャが炎上した。

 それは、普通の炎じゃなくて、熱が感じられない白い炎だよ。

 水を掛けたのに燃えるなんて、不思議な現象だなぁ……と思っていると、ニラーシャは緩慢な動作で手を動かして、頭に突き刺さっている短剣の柄を握り締め、それを引き抜いた。


 赤黒い血飛沫と共に、ゾッとするほど美しい銀色の刃が、私の目に映る。

 それは、私が聖女の墓標で入手して、ルークスにプレゼントしたマジックアイテムと、同じ代物──『渇きの短剣』かもしれない。


「その武器で、貴方に何が出来るの?」


 渇きの短剣の性能なら、知っているよ。突き刺した相手の血を吸って、刃の耐久度を回復させるだけだ。

 便利だけど、大して強くない。そんな武器で、私のスキルを凌駕出来るとは思えない。


 私はなんの感慨もなく、ニラーシャの観察を続けた。

 すると、彼女の側頭部の傷口から、夥しい量の汚泥が溢れてきたよ。

 見るからに、人体に収まる量じゃない。その汚泥は瞬く間に、白亜の空間を塗り潰していく。

 汚泥に聖水を掛けると相殺出来るけど、汚泥が広がる速度の方が上だ。


「ブロ丸、足場になって浮かんで」


 私の指示に従って、ブロ丸が四角形になり、私たちを乗せて宙に浮かぶ。

 汚泥を回避しながら、ニラーシャに対して聖水を浴びせ続け──空間全体が、汚泥で塗り潰された直後、奴の口が静かに動く。



『そ れ を 寄 こ せ』



 声はなかった。でも、何を言っているのか、分かってしまった。

 脳味噌の奥底に汚い手を差し込まれて、大切な何かを握られたような、悍ましい感覚が私を襲う。


 そして、ニラーシャの真っ暗な眼孔に、私の意識が吸い込まれて──その中には、聖女と謳われた一人の女性の、絶望が詰まっていた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 『そ れ を 寄 こ せ』 これはエーシャちゃんを差し出して受肉してもらって建国聖女やってもらうしかないですね('・ω・')満足するまで建国させようw
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