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歌姫への献身

作者: dede

多少は調べていますが多分に想像で書いてるため史実と異なっていたら申し訳ありません。


それは秋の事だった。

バイトの先輩から声掛けられた。

「なあ、ヒロユキ。お前ってパソコン持ってる?」

「あー、オレのじゃないですけどありますよ?親が仕事で使うんで」

「確かピアノとかも習ってたって言ってなかったか?」

「ええ、やってましたよ」

「そっか。なあ、これ買わない?」

そう言ってリュックから箱を取り出した。

「何ですこれ?」

「パソコンで女の子の声で歌を歌わせられるらしいんだよ」

「ほへー、最近じゃそんな事もできるんですね。でも先輩が買ったんじゃないですか?」

「いやー、箱のイラストが可愛いし、萌えーって思って買ったんだけど、実際やってみると全然分かんなくて使いこなせる自信なくてさ。

だから1万円で買わない?」

「たっか!?ちょっと流石にそんな出せませんよ」

「いや、でもさ、1万6千円ぐらいしたんだよ。ちょっとは元取りたいじゃん。……はぁ、ヤフオクにでも出すか」

箱を確認する。XPには対応だしスペック的にも大丈夫そうだな。

「……6千円で、次のバイト代が出た時でいいなら、いいですよ?」

「箱は貰っていいか?」

「どうぞ」

「よし、商談成立。なあ、景気づけにメイド喫茶寄ってかないか?」

「すいません、金がないのでお一人でどうぞ」

ちなみに先輩はまだメイド喫茶に行ったことがない事を知っている。シャイなのだ。


家に帰り、風呂入って、ご飯を食べて、テレビはそこそこに帰ってきた父親にパソコンを借りる許可を貰ってインストール作業を始めた。

(女の子に歌ってもらえたら作れる曲も広がるよな……)

先輩にピアノができる事は話していたが、話してない事もあった。

中学の頃は文化祭でバンド演奏をしたことがあった。結局間に合わずサンボマスターのカバーになったが、その時少し作詞作曲もやった。

(そういや、ボーカルお願いした女子に断られたり、文化祭終了後その子とギターが付き合いだしたり、あんまりイイ思い出じゃないな)

とはいえ、たくさんの人が自分の演奏を効いてるのは悪くなかった。

これが更にオレの作った曲だったら……と、思うと羞恥心と共にゾクゾクもした。

(これまではボーカルを探すハードルがあったけど、これがあるなら……)

やりたい事が好きなだけ出来る気がした。



できなかった。2時間試行錯誤したが、音と音程を合わせるだけだと思ったのに思ったように歌にならなかった。

「マジか。こんな難しいのか。っていうか、これ、どんだけ出来るんだ?」

どこまでやれるか分からなかったので、ネットで検索することにした。

(さすがに使ったことのある人が何か情報あげてるだろう……うん?ニコニコ動画ってサイトに動画が上がってるッポイ?)

とりあえず、アカウントを取って観てみる事にした。

(……え、すぐ取れないの?)

一週間待たされた。その間、悶々としながらソフトをこねくり回していた。


ようやくアカウントが取れたというメールが届いたので早速ログインした。

ソフトで作られた曲が幾つか引っかかったので手当たり次第見ていった。

(おお、コレちゃんと歌になってる。やり方次第じゃこれができるのか……あ、でもこっちぐらいだったらオレでもすぐできそうだな?)

そうして動画を見続ける。

(ってか、このコメント流れるのめっちゃ楽しんだけど!?)

その後ひたすらMAD動画やらを見続けていた。

と、突然画像が切り替わった。

(え!?なに!?)

時報だった。リコーダーの音に力が抜ける。時報に対する文句のコメントが一斉に流れる。

(……いつの間にか日付変わってたか。寝るか)

2時の時報で寝た。


「どうよ、最近あのソフト使ってる?」

「うう、恨みますよ先輩。おかげで買うだけ買ったラノベが読めてないです。シャナも!香辛料も!とらドラも!」

「……有効利用して貰えてるようで何より。でも、そんな面白いかアレ?正直思い通りにならなくて苛々したんだが?」

「最近ようやく歌らしくなってきたんですよ。そうなると一曲歌わせたくなるじゃないですか。今の目標は目指せ猫踏んじゃったですよ」

「夢中になってくれてるなら売った甲斐があるわ。給料日来週だから忘れんようにな」

「……やだなー忘れてなんかいませんよ?」

バイトが終わってうちに帰ると、最近の日課でニコニコ動画で作られた楽曲を漁っていた。

そうして、知らない音色を見つけては、その声を出すにはどうすればいいのかと考えるのが日課になっていた。

ADSLにしてくれてありがとうと、両親に感謝した。


「ふぁ~」

「眠そうですね、先輩」

「マリオギャラクシー面白過ぎ」

「ここではいいですけど、客の前じゃ欠伸止めてくださいよ?店長にドヤされますよ?」

「そうな。お前もこの間それでドヤされてたもんな?最近お前いっつも眠そうだもんなぁ」

「なかなか言う事聞いてくれないんですよ、あのソフト」

「売っといてなんだけど、他疎かにすんなよ?授業とか、友達とか」

「分かってますよ」

わかってなかった。

すっかり寒くなったので電気ストーブのスイッチを入れながら、今日も日課の巡回を始めたところ、衝撃が走った。

「こ、これは!?」

カバーでもなく冷やかしでもない、紛うことなき本気の曲だった。

ただただ打ち震えた。やられたと思った。先にしてやられたと思った。

猛烈に悔しかった。


とはいえ、やることは変わりなかった。中学の頃に作りかけた曲を完成させて、ソフトを使って歌わせる。日々変わりなかった。

「ヒロユキー、今年もクリスマス、シフト入ってんだな?」

「はい、特に予定ないですから。先輩はシフト入ってないんですね。さては、デートですか?」

「そ」

「あ、そうなんですか。おめでとうございます?」

「ありがと」

その夜、中学の時の曲なんてそっちのけで新しい曲を作った。

あっという間にできた。

とりあえずニコニコ動画にアップした。


アップしてみたものの、そんなに受けは良くなかった。

なんだったら、中学の時の2曲目より、なんか適当に手を抜いて作った3曲目の方がコメントも再生数も多かったぐらいだった。

それでも誰かが観れくれるまではドキドキしたし、コメントが初めて貰えた時は大変浮かれた。

『血が通ってる気がしました』

という言葉には不覚にも泣いてしまった。

とはいえ、才能はなかったのだろう底辺をウロウロしていただけのオレは結局4曲だけアップしただけで足を洗った。


そんなわけで、ヒャダインをテレビで見掛けたり、米津玄師が新曲を発表する度に少しモニョモニョしてしまう。

例えるなら、幕末志士がよく聞いた志士が政府で活躍するのを聞いたりだとか、学生運動の当時の映像を観るのと似ているのだろうか。

ちなみにニコ動にはまだアップした楽曲が残っている。そしてココにしか残っていない。

これは私の黒歴史であり、確かに私が爪痕を残した、痕跡であり誇りである。

嫁はこの楽曲の事を知らない。子供たちもだ。

今後知る機会はないだろうが、知られた時の事を考えると少し愉快だ。

もう作ることはないだろうが、今でもたまに新曲のことを考えてる事がある。

作らないんだろうとは分かっていても、新曲の事を考えている時は気恥ずかしくなるものの少しだけ気分がいい。

新曲の事を考えているうちは、もうパソコンの中に彼女が居なくても、まだまだ自分はPなんだと思えるのだ。

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