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光と影6

 翌朝、目が覚めて、普段着の簡素なドレスに着替え、朝食のテーブルについてもまだ、ティアラはまだ昨日のパーティの余韻から抜けきれずにいた。

 馬車の中や、踊って言葉も交わしたひと時。アルフレッドと接触を持てたのはほんの僅かであっても、ティアラにとっては十分すぎるくらい濃密な時間だった。

 しかも今日もまたアルフレッドに会えるのだから、胸の高鳴りを止められる訳がない。


「なんでそんなに上機嫌なんだ?」


 一緒に食事をしていたラディスからの突然の質問に、口に運ぼうとしていたパンをティアラはうっかり落とす。


「そ、そう見えますか? 私はいつも通りですけど」

「いや、いつもだったらアルフレッドが王都に戻ってしまうと泣きべそをかいてるだろ」


 それを言われてしまうと、ティアラはなにも言い返せない。


「アルフレッドは明日には帰るぞ。先に行っておくが、今日は謁見がいくつも入っているようだから、会える可能性は低い。駄々をこねるなよ」

「そっ、そうなの?」


 彼の予定を聞き、ティアラは動揺する。アルフレッドは絶対に会いに来ると信じたいのに、その時間は取れるのだろうかと不安で気持ちが沈んでいく。


「せめて父さんが家にいるなら、うちも食事に誘えたのに」


 アルフレッドがちらりと目を向けた戸口から、イヴォンヌがちょうど室内に入ってきた。

 学識は抜群でも、騎士団の副長をつとめるラディスと比べると、イヴォンヌは全体的に線が細い。剣よりも本を小脇に抱えている姿の方が断然しっくりくるほどに。

 その父がすっかり支度を整えた格好で目の前に現れた。ティアラは思わず椅子から立ち上がり、イヴォンヌに歩み寄る。


「お父様、もう出発されますの?」

「あぁ。昨日のパーティにどうしても顔を出したくて無理に戻ってきたからな。今一度王都に戻らねば」


 イヴォンヌが王に呼ばれ王都に赴いたのが一週間前のこと。

 祝いの場としてアズミルを選んでもらったのに、自分が顔を出さない訳にはいかないと、ぶつぶつ言いながら王都へと向かい、やはり我慢できずに昨日戻ってきたのだ。

 愛娘を軽く抱きしめてから、イヴォンヌはわずかに顔に疲れを滲ませた。


「まだ話が済んでいないものもあるんだ。申し訳ないが、また数日家を開けさせてもらうよ」

「お父様、お気をつけていってらっしゃいませ」


 ティアラの背をぽんぽんと叩いてからイヴォンヌはのんびり紅茶を飲む息子へと向き直る。


「ラディス、お前は王子と共に城に戻るのか?」

「はい。その予定です」

「そうか。お前も道中気を引き締めて」

「しかと心得ております」


 カップをソーサーに置き、真剣な表情で答えたラディスに対し、イヴォンヌは満足げに微笑んでから、改めてティアラを見下ろす。


「そう言えば、最後に言葉をかけられていたようだが、……アルフレッド様はなんて?」

「えっ。あ、あの時は確か……パーティを楽しんでくれと言われたような」

「それだけか?」

「はいっ、もちろんそれだけです」


 アルフレッドが「こっそり会いに行く」と言った以上、たとえ父であっても簡単に口外するわけにいかない。

 堂々と断言してみせたものの、イヴォンヌだけでなくラディスにまで疑いの眼差しを向けられ、ティアラは無意識に後退りする。


「あっ、そうだった。そろそろお水をあげないと。私はこれで失礼します」


 勢いよく身を翻すと同時に「ティアラ?」とイヴォンヌに呼びかけられたが、ティアラは聞こえなかった振りをする。

 部屋を飛び出す直前、入ってきた母クラリサにぶつかりそうになり機敏にステップを踏み、その横をすり抜ける。

「もう食べ終えたの?」との問いかけに、肩越しに振り返って「ごちそうさまでした」と言葉を返し、廊下を駆けて行く。

 仕事に取り掛かろうとしていた庭師に挨拶しつつ、ティアラはイヴォンヌ邸の西側に位置する庭を奥へ奥へと進んでいく。

 やがて、暖かな陽射しが降り注ぐ場所に建てられた温室の前に辿り着き、ティアラは慣れた様子で戸を開けて室内に入って行く。

 室内は中央に丸テーブルと椅子が二脚、壁際には背の高い書棚と踏み台。所狭しと並べられた花や植物の鉢植え。その中でも目を引くのは、デコルトハイム国内でも特にアズミルにのみ布分が見られるティールという青い花。

 ティアラは新しい苗を買いに出たりする以外は、土をいじったり、あるいは読書や紅茶を飲んだりと、日中のほとんどの時間をここで過ごしている。花や植物を育てるのが趣味なこともあり、ここが一番落ち着く場所なのである。

 温室のすぐ外には井戸もある。今日も水やりから始めようと踵を返した時、キイッと温室の扉が開かれた。

 咄嗟に思い浮かべたのは、もちろんアルフレッドの顔。こんなに早く訪ねてくるとは思っていなく、心の準備が整わずに狼狽える。


「おはよう、ティアラ」


 しかし、顔を見せたのはアルフレッドではなく従姉妹で二歳年上のモナだった。


「あまり時間はないけれど、帰る前に少しくらい会っておきたくて来ちゃった。庭師からここにいると聞いて、……あなたは本当に花が好きよね。変わらない。でも人の目を気にせず話したかったからちょうどよかったわ」

「き、来てくれてありがとう、モナ」


 彼女は三年前にミリャード伯爵の元に嫁ぎ、今はアズミルから南へ馬車を走らせ三日ほどかかる町に住んでいる。

 しかし半年に一度は実家で羽を伸ばしにアズミルに帰ってきて、どれだけ短い滞在だったとしても必ず手土産と共にティアラを訪ねてくるのだ。

 今回は夫婦で誕生日パーティへの招待を受けたため、アズミルへと帰ってきていた。そしてダンスが終わり会場で顔を合わせた後からずっと、ティアラはモナと一緒にいたのだ。

 それくらい仲良しだからこそ、アルフレッドでなかったことを少しばかり残念に思うもそれを顔や声に出さないよう努めたティアラを、モナはあっさりと見破る。


「なによ。嬉しそうじゃないわね。しかもそんなに戸口ばかり気にして、誰か来るの? まさかアルフレッド様だったりして」


 顎をそらして不満を漏らしたあとの鋭い予想に、ティアラはぎくりとし言葉を失う。


「そう言えば、アルフレッド様は明日王都に戻ると聞いたわ。私みたいに帰る前に顔を出したっておかしくないものね。いろいろ聞きたかったけれど、邪魔しちゃ悪いからまた今度にする。これ焼き菓子なの。よかったらふたりで仲良く召し上がって」


「い、いつもありがとう」というティアラのお礼はモナの耳に入らなかった。

 モナは持っていた箱の包みをテーブルに置いたあと、「それにしても」とどこか遠くをぼんやり見つめてふわりと笑みを広げる。


「何度思い出してもうっとりしちゃう。昨日のアルフレッド様とティアラの踊る姿、とっても素敵だったもの。そしてエーリルのあの悔しそうな顔。胸がスッとするわ」


 言いながら不敵な微笑みへと変えたモナにティアラは苦笑いする。

 彼と踊ったあの瞬間が周りにどう見えていたかなど恥ずかしくて想像したくないし、エーリルに関しても笑顔でアルフレッドの周りをうろうろしている姿しか見ていないため、何とも言い難い。


「王太子妃に選ばれてアズミルを離れる前に、必ず連絡をちょうだいね。会いにくるから」

「お、王太子妃だなんて。そんな大それたことは」

「アルフレッド様から頬にキスされておいて何言ってるのよ。ティアラを見る眼差しだって愛が溢れてた。みんなも言ってるわ、アルフレッド王子の花嫁はイヴォンヌの娘で決まりだなって」


 頬にキス。何を言っているのかと戸惑うも、不意に蘇ってきた記憶がモナの言葉と繋がった。

 緊張でガチガチになっていたティアラに「俺を見つめて」とアルフレッドが囁きかける前、何か柔らかで温かな感触が頬を掠めたあの瞬間だ。

 その正体がアルフレッドの唇だったと分かった今、恥ずかしさで一気に顔が熱くなり、ティアラはふらりとよろける。

「また来るわね」と繰り返しつつ、モナは本当にわずかな滞在で温室を後にした。

 それからしばらく、アルフレッドはいつやって来るかそわそわと気持ちが落ち着かなかったが、ティアラは必死にいつも通りでいることを努めた。



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