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光と影4

 何事かと目を向けて、ティアラは鼓動を高鳴らせる。天井の中心部には豪奢なシャンデリア。その真下へと移動したアルフレッドに客人たちの視線が一斉に集中し、同時に音楽も鳴り止んだ。


「本日は、私の誕生パーティーにお集まりくださり、ありがとうございます。二十歳を迎え、これからしきたりに従い生涯の伴侶となる女性を選ぶことになります。約束します。国に温かな光を差し込み、さらなる繁栄の追い風ともなり得る素敵な花嫁を、必ずや皆様にお披露目してみせます」


 人々がしんと静まり返る中、アルフレッドの力強い声が部屋の隅々まで響き渡る。そして彼は手に持っていたグラスを掲げた。


「デコルトハイムの素晴らしき未来に、乾杯」


 客人たちからワッと歓声が巻き起こり、雰囲気を盛り上げるかのごとく再び音楽が奏でられる。ティアラも持っていたグラスを軽く掲げてから、ほんの少し口に含んだ。

 人々の中心にいるアルフレッドの姿はとても凛々しくて、ティアラは頬を熱くさせながらぼうっと見つめる。

 恋心を募らせる一方で、彼の伴侶になれたらどんなに幸せだろうかと切なくなり、この先選ばれる花嫁への嫉妬で胸を痛めた。


「心配はいりません。アルフレッド様がお選びになる女性はエーリル様に決まっています」


 突然、斜め後ろから知っている名前が聞こえてきて、ティアラはどきりとする。

 まさかと肩越しに顔を向けて視界に映り込んだのは、やはり思い浮かべていた女性とその取り巻きの令嬢三人だった。

 彼女の姿は今日すでに目にしている。馬車の中からアルフレッドの姿を最初に見つけた時、その側にいた女性だ。


「そんなことわからないわ。私よりも素敵な女性はたくさんいるもの」


 謙遜していても、表情と声音は満更でもない様子。嬉しそうな彼女を周囲の女性たちがさらに囃し立てた。


「エーリル様は本当に謙虚でいらっしゃいますわ。それに今日はいつにも増してお美しいですし、ライバルたちは完全に引き立て役です」

「あの娘なんて特にそう。ドレスなんて同じ紫でもあっちはぼやけた色ですし、女性的な魅力も劣ってて、目を引くのはやっぱりエーリル様の方、……あっ」


 淀みなく褒め言葉を紡いでいた女性が何気なく視線を移動させ、ティアラと目が合い顔を青ざめさせた。

 残りの取り巻きたちも気まずそうに目線を泳がせるも、エーリルだけは違った。表情を歪めたのは見逃すほどにほんの一瞬で、すぐに華やかな笑顔を咲かせる。


「まぁ! ラディス様ではありませんか。ご機嫌いかが? ティアラさんもこんにちは。今日のドレス、とっても可愛らしいですわ」


 先ほどの会話などなかったように溌剌と話しかけてくる。ラディスは口元に軽く笑みをたたえて頭を下げたが、瞳の奥はどことなく冷ややかだった。

 ティアラも自分を悪く言われていたため面白くないが、それをぐっと飲み込んで「ありがとうございます」とエーリルに微笑みかけた。

 演奏が止み、周囲が再びざわめく。エーリルの取り巻きたちも、互いの間にある気まずさを吹き飛ばすがごとく、騒々しく喋り出す。


「エーリル様、そろそろじゃありませんか?」

「きっとそうですよ。すぐにお側に行けるよう、もう少し近くまで行きましょうよ」


「そうしましょうよ〜」と声を揃えて取り巻きから提案され、エーリルは顎に手をあて首を傾ける。そして「うーん」と悩みながら、ちらりとティアラを見た。


「そうね。ほんの僅かでも遅れをとるわけにはいかないもの。行きましょう」


 思わず息を詰めたティアラへと「失礼します」とにこやかに挨拶し、エーリルは兄妹の元から離れていく。

 最後に見せた眼差しはとても挑戦的だった。遠くに行ってしまったというのに、ティアラの鼓動は重々しく響き続けていて、たまらず大きなため息をつく。


「槍玉にあげられてしまうほど、私はなにか失礼な振る舞いをしてしまっていたのでしょうか?」


 エーリルを幼いころから知っていても親しく言葉を交わしたことは一度もなく、ティアラにとっては顔見知りという認識しかない。

 アルフレッドの誕生日を心から祝福したいのに、彼がエーリルを花嫁に選んだらと考えただけで、やりきれなさでいっぱいになり、どうしても表情が曇ってしまう。

 気分を変えるべく、手にしていた甘く味付けされた果実のジュースを一気飲みしたところで、ラディスに唖然と見つめられていたのにティアラは気が付く。


「本気で言ってるんだよな?」


 彼女にした無礼を自分だけが気付いてないのかとひどく動揺しながらも、ティアラは頷く。


「未来の王妃の座を得るのに、一番邪魔な相手がティアラだからだろう」


 真剣にラディスの口から語られた理由に、ティアラはそんなまさかと目を丸くする。


「わ、私がですか? いったいどうして」

「王都では、アルフレッドの花嫁はイヴォンヌ伯爵かオークス伯爵の娘のどちらかだろうって盛り上がってる。アズミルで物言わぬ植物ばかり相手にしているお前の耳には届かなくても、頻繁に王都に繰り出し遊び呆けているエーリル嬢が知らないはずがない」


 兄に自分の趣味を揶揄されたようで面白くない一方、自分も候補のひとりと予想されていたことに驚き言葉が出ない。


「当然の流れだろう。エッルム王が信頼を置いているとされる伯爵は四人いるが、そのうち花嫁としてちょうど良い年頃の娘がいるのは父とオークス伯爵だからな。イヴォンヌとオークスの戦いって、みんな楽しそうに話のネタにしている」


 父絡みの予想だと言うなら納得せざるを得なく、「そうだったんですね」とティアラは呟く。


「でもその予想だと、肝心のアルフレッド様のお気持ちが抜けています。アルフレッド様からなにか聞いて……。いえ、なんでもありません」


 兄ならアルフレッドが誰を選ぶつもりか聞いているのではないかと考え、思わず問いかけようとしたが、やっぱり真実を知るのは怖かった。

 ティアラはそれ以上言葉にしないようにひき結んだ口元に笑みを乗せる。

 ラディスは妹の思いを察し、優しく囁きかけた。


「アルフレッド様が誰を選ぶのか気になるよな。お前は子供の頃から一途に慕っているから」


 心の内をはっきり言われて、ティアラは恥ずかしさから顔を俯ける。けれど意地は張らずに、きつく閉じていた口をゆっくり開く。


「はい、とっても気になります。最初は選ばれた花嫁に嫉妬もするでしょうし切なくて堪らなくもなるでしょうけど、アルフレッド様の結婚式では必ず私も一国民として心からお祝いします。今日みたいに、アルフレッド様がこれからも幸せであるようにと」


 王子に恋をした時から、いずれ諦めなくてはいけない日が来るとティアラは覚悟していた。自分は王妃の器ではないと思っているからだ。

 そして、乗り越えなくてはいけないその日が、目の前に迫ってきている。

 今にでも泣き出しそうな声で思いを告げた妹にラディスは小さく息を吐き、互いの間にある二歩ぶんの距離を埋めてから、妹にしか聞こえないくらいの声で低く囁く。


「俺が言えるのは、アルフレッド様は今日の日をずっと心待ちにしていたってことだ。愛しい人を抱き締めたくても、ずっと我慢してこられた。自分の想い人だと気づかれたら、なにか良からぬ企みに巻き込まれる可能性が高まり、しかし二十歳になるまで結婚できない自分では、彼女を傍に置いて守れないと」


 聞かされた内容に、ティアラはラディスを見上げる。アルフレッドの心はすでに決まっていた。その事実にティアラは心が押し潰されそうになり、ぎゅっと拳を握りしめた。


「たとえ相手が自分に好意を持ってくれていると知っていても、彼女を危険な目に遭わせるくらいなら、二十歳まで想いは告げないって」


 そんなにも相手の女性を想っているのかと、ティアラの目に涙がじわり浮かんだ時、ラディスの口調が一転して軽くなる。



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