気高き純愛は永遠に3
「ティアラが眠るまでそばにいようか?」
「無理です。わずかにあった眠気も吹き飛びましたもの」
「それじゃあ、もう少し話をしよう」
「賛成です」
膝枕が嬉しくて笑みを堪えきれないでいるティアラの髪を優しく撫でながら、アレフレッドがぽつりぽつりと話を始める。
城の生活はどうだというアレフレッドの問いに、引きこもって自由気ままに過ごしているため概ね快適だとティアラは答え、そして時々温室での日々が恋しくなるとも付け加えた。
到着した日に、料理長が準備していてくれたケーキをエーリルにすべて持っていかれてしまったが、翌日に改めて作り直してこっそりと部屋まで届けに来てくれたと言ったティアラに、料理長はデザート系が得意だから美味しかっただろとアレフレッドが笑った。
アレフレッドからも襲撃から生き延びた後、デコルトハイム国内をあちこちを見て回った話をティアラに聞かせた。
地名は聞いたことがあってもアズミル以外の町にあまり興味を持たずに生きてきたティアラだったが、アレフレッドから聞かされる話はとても面白く、物珍しい植物の話になったときには目を輝かせたほどだった。
アレフレッドと一緒に国内を巡り歩いたら、どんなに楽しいだろうかとティアラが想像を膨らませていると、話は王都に入ってからのことへと移り変わっていった。
「昨晩、イヴォンヌと会ったよ。懲りずにまたティアラを攫うつもりだと宣言しておいた。そしたら……」
声が暗く途切れたため、ティアラは慌てて体を起こそうとしたが、アレフレッドの手によって膝の上へと戻される。
「なにか父が無礼な発言でもしましたか?」
「いや。そうじゃない。イヴォンヌの言葉が胸に響いたんだ。救いを待っているのはティアラだけじゃない。アランからアレフレッドに戻る気持ちは少しもないのかって」
それはティアラにとっても何度も頭に浮かべては消していた思いでもあった。
彼自身はどう考えているのだろうか。ティアラからの真剣な眼差しを受け、アレフレッドは迷うように視線を揺らした。
「王都にはずっと戻って来なかった。久しぶりに見た城下町はひどく沈んで見えたよ。不満が鬱積しているような様子が多く見られて気になっていたから、イヴォンヌの言葉でハッとさせられた。俺は民を置き去りにして責任を放棄し、自分だけ逃げたのかもしれないなって」
何から逃げたのか。とある人物の顔が脳裏を過り、ティアラは唇を微かに震わせた。
「それは、ロナルド様からですか?」
「……あぁ」
返された声音は緊張で張り詰めたものだった。
アレフレッド襲撃にロナルドが関わっていると示唆されたかのようで、ティアラの胸に重苦しさが広がっていく。
「私もロナルド様が国王になるのを不安に感じました。アレフレッド様ならきっとと、比べずにはいられなくなるほど。きっと民も同じなんだと思います」
民だけでない、きっと一番国の未来を憂いているのはエッルム王ではないだろうかと、ティアラは想像する。
自分の後継として申し分のない存在を失ってしまったのだから。
「けれど、あの時は命を繋ぐためにそうするしかなかったのです。アレフレッド様は何も悪くない。だから、決して自分を責めてはなりません」
「ティアラ、ありがとう。……愛している」
熱っぽく囁き掛けられた甘い響きに、ティアラはぴくりと体を反応させた。
ロナルドのことで憤りすら抱いていた心が、そのひと言によって幸せに満ち溢れていく。
顔を赤らめながら手を伸ばしてアレフレッドの手に触れると、そっと指を絡めとられ、軽く握りしめられた。
愛しているという言葉の高揚感。こうして寄り添えることへの幸福感。
ふふっとティアラが小さく笑うと、アレフレッドからも同じように笑い声が返ってくる。
このまま手を離さずに部屋から連れ出してくれたら良いのにと、ストゥムの町を一緒に駆け抜けたあの感情が蘇った時、ふっとロナルドとのやりとりまで思い出した。
ティアラはむくりと体を起こす。
「実はストゥムで追いかけられたあの騎士団長からロナルド様へ報告が行ったようで、男と会っていたんだろと言われました。私の隣にいたのがアレフレッド様だとまでは気が付いていない様子でしたけれど。少し不安です」
町で飛び交っているアレフレッド王子の亡霊の話とストゥムで共にいた男性が、ロナルドの中でふとした拍子に繋がってしまうのではと不安になる。
「確かにあの時、俺ではなくティアラを気にかけている様子だったからな。ラディスの妹だから余計だろう。ロナルドのおかげで騎士団長になれたようだが、実力はラディスより下。団員からの信頼も薄い。前からずっと、ラディスに対して劣等感を抱いていたよ」
騎士団でのラディスを取り巻く環境はティアラにとって初耳だ。高圧的な態度をとる相手から目の敵にされているのかとラディスが気の毒に思っていると、アレフレッドが不満げに息を吐いた。
「しかし、そうか男か。嫉妬心に駆られてティアラに手荒なことをしないか心配だ。しかも、ロナルドはイヴォンヌに話を持ちかけてまでティアラを正妃にしようと躍起になっているようだし」
「えぇ。その話もしました。けれど私は正妃にはなれないと、そもそもロナルド様の妻になる資格すらないと改めて伝えました」
アレフレッドの眼差しに理由を問われ、ティアラは真剣に続ける。
「ロナルド様がアズミルにやってきて私を娶りたいとおっしゃったときに、言ったのです。私の心にはまだアレフレッド様がいると。それはこれからもずっと変わらないとも。……アレフレッド様、お慕いしております。どうか私を、貴方のお側に置いてください」
切なる思いと共に言い切った瞬間、ティアラはアレフレッドにきつく抱き締められた。
「嬉しい。夢のようだ」
唇がゆったりと重なり合う。触れては離れてを繰り返すうちに、徐々に口づけの熱量が増していった。
ティアラもアレフレッドの背中へと手を回す。「アレフレッド様」と囁いた声はひどく色っぽく、アレフレッドはわずかに目を細めて、濡れた小ぶりの唇を味わい尽くす。
唇が離れ、互いの乱れた呼吸音が絡み合う。そして再び、アレフレッドはティアラの体を抱き寄せた。
「参ったな。このまま連れ去ってしまいたいが、流石にティアラに足場の悪い屋根を歩かせるわけにはいかない。それに、連れ出すときはティアラだけじゃなくて、ボルメも同時にと考えていたんだ。ひとりにはさせられないからね。その時はラディスに動いてもらう予定なのだがあいつは今、騎士団の仕事で王都を離れていて、遅くとも明日には戻ると聞いている。あと少し待っていてもらえるか?」
「もちろんです。私もボルメと心の準備をしておきます。そうしたらもう、私はアレフレッド様から離れません」
ティアラはアレフレッドの胸板に頬をすり寄せたあと、視線をのぼらせる。
目が合い、どちらからともなく顔が近づく。啄むように口づけをかわしながら、ゆっくりとアレフレッドがティアラの体を押し倒していく。
「ティアラ」
アレフレッドはそっとティアラの頬に両手で触れる。甘く響いた声と、自分を見つめる優しい眼差しにティアラも笑みを浮かべて、キスを受け止めた。