気高き純愛は永遠に1
城に来て三日が経ち、ティアラは実家にいた時と同じように、部屋に引きこもり続けている。
部屋から出るのは食事や入浴など生活する上での最低限のみで、ロナルドから庭を散歩しようと誘われたり、話をしようと部屋に訪ねて来られても、体調が優れないと断っているのだ。
もちろん具合など悪くない。
ロナルドに迫られるのが嫌で、出来るだけ一緒の時間を持たないようにしているのもあるし、外に出るとよくエーリルと顔を合わせてその度睨み付けられるため、憂鬱な気分になりたくないのだ。
この部屋で、誰の目も気にしないでボルメとお喋りをしたり、飾られたティールの花を眺めている時が、今のティアラにはなによりの幸せだった。
椅子に座って、アレフレッドにもらった指輪を嬉しそうに見つめていたティアラへ、ボルメは先ほど町へ出て買ってきた焼き菓子の入った箱を戸棚にしまいながら話しかけた。
「本当に素敵ですよね。指につけておけないのが残念です」
「仕方ないわ。ロナルド様に見られて、取りあげられでもしたら大変ですもの」
ティアラもちょっぴり寂しそうに頷いてから椅子から立ち上がり、出窓へと向かう。
今、そこに飾られてある花瓶には、ティールの花が二輪。昨日、再びラディスが部屋を訪ねてきて、「アレフレッド様から」と一輪置いていったのだ。
ティールの花に愛おしい視線を注いでから、花瓶のそばに置いておいた細いシルバーのチェーンを摘み上げる。
それに指輪を通して、ティアラは自分の首から下げた。そして誰の目にも触れないように、服の中へ隠す。
続けて、花瓶の横に並べてあった髪飾りを手に取り、鏡台へと身を翻す。これはペピで仮面をつけてアレフレッドと踊った時にもらったものだ。
「明日、この髪飾りにはどんな髪型が似合うか研究しようかしら」
顔の角度を変えながら髪に髪飾りをあてて、ティアラが鏡に映る自分を見つめていると、すぐさまボルメが歩み寄ってくる。
「私もお手伝いします。アレフレッド様に可愛いと言ってもらえるように」
背後からの囁きにティアラが微笑んでいると、「そうそう」とボルメが思い出したように話を続けた。
「町はアレフレッド様の幽霊の話で持ちきりでした。でも怖がっている風ではなく、どちらかというとみんな恋しがっていて、中にはアレフレッド様が生きていてくれたら良かったのに嘆くものまで」
そこでさらにボルメはティアラへと身を寄せ、声を潜めた。
「決して言葉にはしませんが、民のロナルド王子への反感が募っているように思えます。先ほども、花屋の前を通りががりましたら店主が店先で項垂れていて、店の中はぐちゃぐちゃでした。そこに居合わせた女性に話を聞いたところ、ロナルド様が店の中で暴れたらしくて。相手が王子では文句は言えませんからね。泣き寝入りですよ」
「なんてことを」
ロナルドの品位を欠いた振る舞いが、王となったあとの暴政を連想させ、アレフレッドを惜しむ気持ちを大きくさせているのかもしれない。
それは城の中でも同じである。食事が気に入らないと皿を床へ落としたり、呼び出しに即座に対応できなかっただけで騎士団員を殴ったこともあった。
みんながロナルドに抱いているのは尊敬からではなく、恐怖による忠誠心だ。
このままロナルドが王になったら、この国はどうなるのだろうか。想像し身を震わせてから、ティアラはアレフレッドを思い浮かべる。
アレフレッドに本来の自分へ戻る気持ちはまったくないのだろうかと考えたところで、首を横に大きく振った。
アランとして生きていくと決めているアレフレッドに、過度な期待で負担をかけてはいけない。
なにより、アレフレッドに戻ったらまた命を狙われたっておかしくない。
もう二度と、彼を失いたくない。
強い気持ちと共に髪飾りを胸の前でぎゅっと握りしめた時、ドンドンと手荒に戸が叩かれた。
ティアラが返事をするよりも先に扉が開けられ、自室に入るかのような気軽さでロナルドが姿を現す。
彼に続いて、侍従が十人ほど列をなしてぞろぞろと入ってくる。彼らはそれぞれに、花の鉢植え、大きな花束、花瓶などを手にしていた。
ティアラは慌てて鏡台の引き出しの中に髪飾りをしまい、ロナルドに体を向けるように立ち上がる。
「……な、何事ですか?」
「花が好きだったな。すべて俺からのプレゼントだ」
戸惑うティアラをよそに、ロナルドの指示のもと侍従たちが部屋に花を飾り始める。
花束を抱え持っていた一人が、自分が持っているそれを生けるために二輪のティールを掴み取ろうとするのを目にし、ティアラは駆け寄る。
「やめて!」
ティアラの叫びに侍従はすぐさま手を引っ込める。「失礼しました」と申し訳なさそうな顔をされ、ティアラも気まずさからぎこちなく微笑む。
「一番好きな花なの。だから……」
これはそのままにしておいて欲しい。そう説明しようとした瞬間、侍従の手から花束が奪い取られ、そのまま床へと落ちていった。
「お前が花ならなんでも喜んで受け取ると言ったから我慢したのに、やっぱりその青いのじゃないと喜ばないじゃないか」
ロナルドからぎろりと睨み付けられた侍従の顔が一瞬で青ざめ、「申し訳ございません!」とその場に崩れ落ちるように平伏する。
それを見たティアラは、すぐさま床に落ちた花束を拾い上げた。
「私は突然のことで驚いていただけです。ティール以外のお花ももちろん好きですし、下さると言うのなら喜んで戴きます。……とっても良い香り」
花に顔を近づけて漂ってきた香りにティアラが微笑むと、不機嫌だったロナルドが、一転して得意げな顔をしてみせた。
「だったら良い。花屋にはその青い花が一本もなかったが、次までにかき集めておくよう言っておいた。期待して待っていろ。さ、ここは侍従たちに任せて、共に夕食をとろうじゃないか」
そう言って、ロナルドがティアラへ手を差し出した。
思わず身を強張らせたティアラだったが、ロナルドの足元で平伏したままの侍従の姿や、室内にいる他の者たちからも怯えた様子で見つめられ、諦めと共に自分の手を重ねおいた。
上機嫌なロナルドにしっかりと手を掴み取られ、ティアラはそのまま廊下へと引っ張り出された。
横からなにか楽しそうに話しかけられても、ティアラの耳にはまったく入ってこなかった。
先ほどの一件で、ボルメとの会話を思い出し、心に重苦しさが広がっていたからだ。
花屋でロナルドが暴れたのは、ティールの花がなかったから。まさか自分がその原因だとは思っていなかったため、泣きたくなる。
早く食事を済ませて、部屋に戻りたい。そんなことを考えながらぼんやり歩いていると、耳元へと顔が近づいた気配を感じ取り、ティアラは体を竦ませた。
「明日、仕立て屋を呼んでおいた。俺の誕生日を祝うためのお前のドレスを作らせる。同時に結婚式の衣装の作成にも入らせるつもりだ」
「それは私も同様にですよね?」
突然廊下前方からかけられた言葉にロナルドは小さく呻いて、ティアラから体を離す。
俊敏に顔を上げたティアラも、一歩下がってロナルドから距離を置き、声をかけてきた相手へとお辞儀をする。
廊下の真ん中で冷ややかな顔をして立っていたエーリルは、我慢ならない様子でティアラたちに向かって歩き出した。
「まさか、ティアラさんにだけ? 納得いきませんわ! それと、先ほど大量の花を抱えて歩いているのを見ました。あれはいったいなんですの?」




