未来を切り開く覚悟9
距離はあったが、姿を見られている。ティアラは顔も隠していなかった。
徐々に近づいてくる足音に緊張を募らせながら、気づかれませんようにと心の中で祈りを捧げるが願い虚しく、男はイヴォンヌの前で立ち止まった。
しかし、敬礼を終えると再び男の足は動き出したため、ティアラはホッと肩の力を抜いたのだが、ゆっくり顔をあげて息をのむ。
脇を通り過ぎるその瞬間、痛みを感じるほどの冷ややかな視線で射抜いてきたからだ。
去っていく後ろ姿を、ティアラは震えながら見つめる。
「……今のは、騎士団長ですか?」
「あぁ」
イヴォンヌにあっさり認められ、ティアラはやっぱりと唇を噛む。
彼は自分に気が付いた。嫌な予感で体の中がざわめき出したティアラの元へボルメが駆け寄ってきた。
イヴォンヌとはそこで別れ、ティアラはボルメに案内されて城の西側の位置する自分にあてがわれた部屋へと向かう。
二階の角部屋ということもあって、大きな窓から陽射しがたっぷりと差し込んだ、暖かな室内をティアラは進む。
天蓋付きのベッド、丸テーブルに椅子、机、クローゼット、小さな出窓とひとつひとつ見て回っていると、ボルメの不満たっぷりなため息が響いた。
「もうひどいんですよ! 今日はおやつに苺のタルトを作ってくださったと聞いて、さっそく厨房へ行ってきたのですが、ユーリル様の侍女がお嬢様の分まで全て持っていってしまったとか。止めたけれど聞く耳持たなかったらしいですよ」
自分のことを思って腹を立ててくれているボルメを見ていると、徐々に気持ちが落ち着きを取り戻していく。
そして鏡台の前に置かれたぺピでアレフレッドにもらったあの髪飾りが置かれているのに気が付き、ふわりと笑みを浮かべた。
続けて、机の上にあるしっかりと結ばれたままの緑の包みに手を伸ばす。
「それは悔しいわね。これからも同じことをされる可能性があるし、ボルメには街に行っておやつを買い込んできてもらわなくちゃね」
それほど気にしていない、むしろ楽しそうにも見えるティアラの様子に、ボルメの表情からも毒気が抜けていく。
「あらあら。王様との謁見の後にロナルド様に会われると聞いて心配しておりましたが、なにか嬉しいことでもございましたか?」
あっという間にそばまでやってきて、こそこそと話しかけてきたボルメだったが、包みの中から出てきた見覚えのない小箱に首を傾げた。
「なにか入っているとは思っておりましたが、お嬢様それは?」
言葉で答える代わりにティアラはそれを開いて見せた。中に入っていた指輪が青い輝きを放ち、ボルメは眩しそうに目を細める。
「お願いがあるの、今は指につけられないけれど、肌身離さず持っていたい。首から下げられるように紐状のものも一緒に買ってきてくれないかしら」
指輪が誰からの贈りものなのかもすぐに判断がついたらしく、ボルメは「お安い御用です」と大きく頷いた。
その時、コンコンと扉が叩かれた。ティアラが慌てて閉じた木箱を包みで隠す同時に「俺だ、開けてくれ」と声がかけられ、知っている声にホッと息をつく。
ボルメが素早く扉を開けると、細い花瓶と一輪の花を手にラディスが室内に入ってきた。
「お、お兄様。それは」
言いながら鼓動が高鳴っていく。ラディスが持っている花がティールだったからだ。ラディスは部屋を見回した後一直線に向かった出窓へと花瓶を置き、ティールを生けた。
「少しでも癒しになればと、アレフレッド様がティアラに」
ティアラはすぐさま駆け寄り、涙目でティールに熱い視線を送る。
「お前、ロナルド様を突き飛ばしたんだってな。初っ端でそれならこんな生活続かないぞ。早く覚悟を決めろ。決めたなら、ボルメにもしっかり話をしておけよ」
妹の頭をポンポンと撫でた後、ラディスは長居をする気はないらしく戸口に引き返していく。
しかし扉の前で振り返り、「その時が来たら、俺と一緒に逃げような」とボルメにウィンクしてみせた。
ラディスが部屋をあとにすると、「あらやだ、坊ちゃんったら。どうしましょう」と楽しそうに笑うボルメの手をティアラは両手で握りしめ、真剣に囁きかける。
「私はアレフレッド様と生きる道を選びたいと思っています。だからボルメにも迷惑をかけてしまうでしょう。物事が動き始めたと感じたら、お兄様を必ず頼ってください」
ボルメはじっとティアラの目を見つめ返した後、察したように微笑む。
「えぇ。わかりました。ティアラお嬢様が幸せでいることが、私の幸せです」
もう片方の手をボルメも添える。どちらからともなく、重なり合う手へとまるで誓いを立てるかのように力が込められた。




