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未来を切り開く覚悟8

 立ち姿や低く響いた声音、その全てに威厳を感じ、ティアラはイヴォンヌに続いて緊張と共にお辞儀をした。

 室内もふかふかの絨毯で、頭上にはとびきり大きなシャンデリア。

 先程まで王が座っていた椅子も、座面や背もたれの部分に艶やかな赤い革が張られた以外は、全て金色の眩い輝きを放っている。

 すっかり部屋の豪華さにのまれていた間に、父と話をしていたエッルム王が自分の目の前まで歩み寄って来てことに気づき、ティアラは余計に緊張で体を固くする。


「本当なら、あなたとは三年前にこうして面と向かうはずだったのだが。まさかロナルドの花嫁として会うことになるとは」


 悲しげに語られた事実に、ティアラはハッと顔を上げる。さっきは力強く見えた瞳も今はただ寂しそうな色で満ちていた。


「アレフレッドのことでは悲しい思いをさせたようだね。だがこうして、新たな道を歩む決意をしたことを、きっとアレフレッドも喜んでいることだろう」

「……ありがとうございます」


 ティアラは改めて頭を垂れながら、まるで一ヶ月前の自分を見ているようで居た堪れない気持ちになっていく。

 口調と表情から、エッルム王はアレフレッドが生きていると知らないようだった。毅然と振る舞っていても、息子の死がいまだ心に暗い影を落としている。

 それに気付いても、勝手に真実を口にすることはできないティアラにはどうすることもできず、歯がゆさを覚えた。


 エッルム王との謁見を終えると、またイヴォンヌと共に侍従を追いかけ、来た道を戻っていく。

 城の外に出て庭園へと移動する。つい足を止めたくなるのを必死に我慢しつつ、美しく咲き乱れる花たちを熱く眺めていると、視界にガラス壁の小部屋が入って来た。

 ガラス越しに見えるソファーに座って仲睦まじい様子で語らうロナルドとエーリルの姿に、ティアラは思わず頬を引きつらせ、「ほら言っただろ」というような顔をしているイヴォンヌと視線を通わせる。

 足が重くなった親娘(おやこ)とは違い、侍従は表情を変えぬまま一気に歩を進めていく。

 小部屋の扉を押し開けて侍従がなにかを話しかけた瞬間、だらけた格好で座っていたロナルドの体がソファーの上でわずかに跳ねた。

 すぐにロナルドの目はティアラを捕らえる。もう目に入っていないかのようにエーリルを押し退け、素早く立ち上がった。


「ティアラ! 待ちくたびれたぞ!」


 ロナルドはあっという間にティアラの目の前までやってくる。強引に抱き締められ、ティアラは瞬時に体を強張らせた。

 気持ち悪さに必死に耐える中、小部屋の外に出てきたエーリルの嫉妬で歪んだ顔を視界に捉え、ティアラはロナルドの体を押し返す。


「エーリルさんとお話をされていたのに、邪魔をしてしまったようです。ご挨拶だけさせてもらってすぐに退散しますので」


 しかし無理やり引き寄せられ、再びティアラはロナルドの腕の中に。


「気に病むことはない。あいつは所詮二番目。俺にとって一番大切なのはお前だ」


 囁きの後に耳を甘噛みされ、ティアラは震え上がる。


「やめてくださいっ!」


 私に触れないで欲しい。その一心で、気がつけばティアラは力いっぱいロナルドを突き飛ばしていた。


「慣れない移動でものすごく疲れましたの。しばらくそっとしておいてください」


 唖然としていたロナルドだったが、ティアラに素っ気なく告げられムッと睨みつけた。

 ほんの一瞬怯みはしても、大きく膨らんでいく嫌悪感をティアラはどうしても抑えることができなかった。

 真顔で拳を握りしめたティアラの隣に、朗らかな笑みを浮かべたイヴォンヌが並ぶ。


「失礼ながらロナルド様、娘は生活が変わることへの強い不安もあり、心身共に疲れ切っております。どうか今日のところは娘のわがままを聞き入れていただけたらと」


 イヴォンヌは頭を下げたあと、面白くなさそうに鼻を鳴らしたロナルドをじっと見つめた。


「それにストゥムでおかしな噂も耳にしてしまったからなおさら」

「噂?」


 ロナルドが食いついた瞬間、かすかにイヴォンヌは口角を上げ、静々と続けた。


「日が落ちた後、お亡くなりになったアレフレッド様が町を彷徨い歩いていると」

「……に、兄さんが? そんな馬鹿なことがあるか!」

「えぇ。所詮は馬鹿げた噂ですよ。なんでも、恐ろしい形相で、自分を死に追いやり大切なものを奪おうとした相手を呪い殺そうと、探し歩いているらしいです」


 ロナルドは表情を強張らせたあと、不機嫌なため息を吐きつつ、手で払うような仕草をした。


「気味の悪い話はもう良い。食事の時間になったら迎えにいくから、それまで部屋で休んでいろ」


 すぐさま「失礼します」とそれぞれにお辞儀をし、ティアラはイヴォンヌと共にその場を離れた。

 庭園を出て、馬車を止めたあの円形の広場まで戻って来たところで、ティアラはイヴォンヌの腕を掴んで引き止める。

 周囲に人がいないことを確認してから、小声でぽつりと問いかける。


「さっきのはどういうことですか?」

「アレフレッド様からの指示だ。そう言っておけば、あいつの性格上、ティアラに触れようとするたびに俺の顔がチラつくはずだと」


 はっきりと告げられた事実に、ティアラは衝撃で固まる。


「お、お父様も、生きていると知っていらしたの?」

「前に、真夜中に家の前でティアラと鉢合わせした時があっただろう。あの時、実はラディスに連れられアレフレッド様に会いに行っていたんだ」


 お酒を飲みに行っていたと言ったふたりの姿を思い出し、「そうだったんですか」とティアラは動揺する。


「ひどく驚いたが、まだ望んでくれるならティアラと共に生きていきたいとアレフレッド様が仰って下さり、これでやっとお前が幸せになれると安心したんだ。それがこんなことに」


 イヴォンヌがティアラの両肩に手を乗せる。父の力強く輝く瞳に、ティアラは息を飲んだ。


「よく聞きなさい。ティアラが私たち家族を思ってここに来る選択をしたのはわかっている。しかし、私と母さんは何よりも娘の幸せを願っているのを忘れないで欲しい。ティアラの犠牲の元でしか保てない地位など、喜んで手放そう」

「お父様」


 目に涙を浮かべたティアラに、イヴォンヌは優しく笑いかける。


「ラディスに関しても心配無用だ。あいつは王の代替わりと共に、騎士団を離れるつもりでいるからな。自分が命を賭してまで守りたいと思える相手はアレフレッド様だけだとはっきり言ったよ。だからティアラも自分の気持ちに正直になりなさい」


 イヴォンヌは労わるように、ティアラの華奢な肩をそっと摩る。


「後に残された者のことは心配はいらない。アレフレッド様もしっかり考えておられるし、私とラディスでうまく立ち回ってみせよう」


 私はアレフレッド様と共に生きていきたい。ティアラの中でその思いが強く膨れ上がっていく。こくりと頷くと共に、頬を涙が伝い落ちていった。

 イヴォンヌと並んで城内に戻ると、「お嬢様!」とボルメの声が頭上で響き、思わず足を止める。

 螺旋階段の途中にいた彼女と目を合わせてティアラが微笑みかけると、驚きから一転して表情を綻ばせた。

 慌ててボルメが階段を降ようとした瞬間、「邪魔だ」と威圧的な声が響き、一瞬で場の空気が悪くなった。

 ボルメの隣に現れた男の姿に、ティアラはぎくりと表情を強張らせ、顔を俯かせる。

「すみません」と体を小さくさせたボルメを睨みつけているのは、ストゥムでアレフレッドとティアラを追いかけた背が高く口髭のあるあの男だった。



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