未来を切り開く覚悟5
「もうひとりの男の方はジュード、元騎士団員だ。嫌な思いをさせられたから王族の顔も見たくなかっただろうに、今はこうして俺と共に歩んでくれている。あとのみんなとは、徐々に知り合って繋がっていった。みんないいやつばかりだ」
王族の顔を見たくない。その言葉だけで、ティアラの頭にロナルドの顔がはっきり浮かび、彼は騎士団員時代にロナルドの横暴さに耐えかね、衝突してしまったのかもしれないとまで想像できた。
再び馬を走らせ始めたアレフレッドへと、ティアラは静かに問いかける。
「これからどこで話をするつもりですか?」
「ストゥム。ティアラも向かっていた町だ。ひとまずそこに行く。ラディスとも合流の予定になってる」
さっき目にした様子から、この騒動にラディスが一役買っているのは明らかだ。
ラディスは騎士団に属する身であるというのに、裏で暗躍していたなどと知られたら、立場どころか命まで危うくなる。
「こんな事態を引き起こすなんて、アレフレッド様もお兄様もどうかしています」
思わず非難し、ティアラは背後を気にしながら「失礼しました」と慌てて追加する。
アレフレッドは首を横に振って、きゅっとティアラを抱き寄せた。
「ラディスはともかく、俺はどうかしていた。慎重になり過ぎて、なかなか動き出せずにいた。危うく、大切な女性に手の届かない場所へ行かれてしまう所だったよ」
「そ、それはどういう……ひゃっ!」
アレフレッドが馬の腹を蹴り、馬の速度が一気に上がる。ティアラは怯えに近い悲鳴を上げた。
白馬は木立から細道へと飛び出した。周りが馬車の中で目にした風景と重なり、きっとあの道の先へ出たのだろうと、ティアラは推測する。
軽快に進むにつれ、木々ばかりだった景色は、やがて町のそれへと移り変わっていった。
ストゥムは、芸術の町とも呼ばれているほど、劇場や美術館が数多く存在し、画家や役者、作家も好んでこの地に住居を置いている。
町を歩く人々もティアラが目眩を覚えるほど多く、髪型や服装などが個性的な人々も目についた。
「人酔いしてしまいそう」
「王都に次いで人口が多いからな。だからこそ、ここは他よりもうまく人の中に紛れ込める。……もちろん、注意を疎かにしてはいけないけど」
一際大きな建物の前でアレフレッドは馬を降り、続けてティアラも腰を支えてもらいながら地面に降り立つ。
ピンで布を留めて、アレフレッドが口元を隠すと同時に、店先にいた男性が小走りで駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ」
「このまま出かける、馬をよろしく頼む」
小声で短いやり取りをしたのち、男性は白馬の手綱をアレフレッドから受け取り、すぐに歩き出す。
彼もまたアレフレッドの仲間のひとりなのだろうとティアラは考えた。
遠ざかっていく背中を見つめていたティアラの手をアレフレッドは掴み取り、そのまま雑踏に紛れ込むように人の中を進み出した。
「アルフ……アラン様、あの場所でお兄様と待ち合わせでは?」
アレフレッドと言いそうになり、ティアラは慌ててアランと言い換える。
誰かの耳に届き、アレフレッドだと気付かれでもしたら大変だ。
ひやひやと周りに目を向けるティアラを振り返り見たアレフレッドの眼差しが優しさを帯びた。
「確かにそうだけれど、ラディスはまだ来ないよ。ひと芝居打たないといけないからね」
「ひと芝居?」
「あぁ。新米ふたりの動き次第で、臨機応変に立ち回らねばならないけれど、とりあえず、ラディスはティアラを攫ったならず者たちを追いかけて馬車から離れることになっている」
馬車という言葉にティアラは反応し、横からアレフレッドの目を見上げた。
「ボルメたちは今どうしているの?」
「彼らはもうしばらくあそこに留まったままだ。新米たちが戻ってきたら、その指示に従うように。けれど指示が出せないようなら、ラディスが戻るまでもう少し待つか、イヴォンヌ邸に戻るかを提案するようにとラディスから指示を受けたはずだ」
「きっとボルメたちがどちらか二択を迫っているような気がします。あの新米さんたちよりふたりの方が肝が据わっていますから」
「逃げ出すなんて情けない!」とボルメが新米ふたりを叱り付けているんじゃないかと考えながらのティアラの発言に、アレフレッドは苦笑いで同意する。
「まぁそうなるだろうね。騎士団に入ったばかりで右も左もわからないような若者をラディスに選ばせたから」
「そ、そこまで計画の内なのですね」
「いやその点は計画の変更を余儀なくされた所だ。最初、護衛はラディスひとりが任されるはずだったんだ。けれどロナルドに他にふたりつけろと言われてね。ベテランに出てこられたら、ティアラを攫う計画がすんなりとはいかなくなるから焦ったよ」
確かに、アレフレッドの仲間たちは新米たちを追い立てはしても、ある程度のところで引き返すだろう。今のところ誰も傷つかずに計画が進んでいるはずだ。
しかし、腕の立つ者が護衛についていたら、こんな風に簡単にはいかず、血も流れていただろう。
血生臭い光景を想像し、ティアラはぞくりと体を震わせる。そして、人混みの先を見つめるアレフレッドをちらりと横目で見て、胸を痛めた。
そんな血生臭い光景は、アレフレッドこそ見たくないはずだ。きっとどの選択が最良かを必死に考えたのではと思えた。
「あとのふたりは新人を連れて行くと言ったラディスに、ロナルドは相当不機嫌だったらしい。君が危ない目にあったらどう責任を取るつもりなんだってね」
明るかったアレフレッドの声音に、少しずつ陰りが混ざっていく。自分に向けられる悲哀の込められた眼差しに、ティアラは堪らず顔を逸らした。
ロナルドの元に嫁ぐという選択をしたことが、急に後ろめたくなったからだ。
気まずい空気に押し黙るも、ふわりと漂ってきた甘い香りにティアラはきょろきょろと周囲に視線を走らせる。
そして数軒先の店先に下がっている看板に“ベリースロー”の文字を発見し、思わずアレフレッドの手をぎゅっと握りしめた。
「美味しいですよね、ベリースロー!」
「食べるか?」
アレフレッドの提案を拒否する理由はなく、ティアラは瞳を輝かせて何度も頷き返した。
買ったベリースローをティアラが美味しく平らげた後、ふたりは手を繋いでストゥムの街を散策する。
自然豊かな公園へと足を踏み入れると、露天がいくつか並んでいて、木を削って作ったお洒落なブローチだったり、風景や人物の手描きのイラストを売っていたりと、さすが芸術の町だとティアラは感激する。
「似顔絵も描きますよ!」と声をかけられ、ふたりは逃げるように公園の奥へと移動する。
イーゼルにキャンパスを置いて絵を描いている人や、草原の上に敷いた布の上に座って読書をしたり、お喋りを楽しむ人々の姿を遠目で見つめたりしながら、アレフレッドとティアラは大きな切り株へと並んで腰を降ろした。
「ストゥムはとっても素敵な町ですね。きっとここなら自分の好きなものにのめり込んでいても、誰も後ろ指をさしたりしない」
花や植物と接するのが好きで、これまでずっとそれらに囲まれて生きてきた。
社交場にも行くよりも、温室に入り浸っている方が幸せだというティアラの気持ちを理解できない人からは、心ない言葉を受けたりもしたのだ。
「温室を片付けたんだってな」
不意にかけられた言葉に、緑がひとつもない自分の温室の光景がふっと脳裏に蘇ってきて、ティアラは急に寂しくなり肩を落とす。




